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西海の素浪人 (5)

 小太郎(こたろう)の看病と、夜の警戒のため、自分達は焚き火の側に暫く残ると伝え、兵衞(ひようえ)は千々石与三郎(ちぢわよさぶろう)をその息子と供に宛がった天幕に帰し、そこから、兵衛等三人の話しは始まった。

 「(ともえ)、小太郎の容態はどうなんだ。」

 紅蓮坊(ぐれんぼう)が寝息を立てている小太郎の顔を覗き込みながら尋ねた。

 「それ程心配しなくとても、死にはしないよ。」

 巴は軽く答えた。

 「死にはしない・・ってそんなに悪いのか。」

 「確かに傷は深かったが、それは縫い合わせて血は止まった。問題はない。」

 「本当に大丈夫なんだな。」

 紅蓮坊の念押しに巴はにこっと笑って見せた。

 「ところで兵衛・・・」

 巴の表情に安心したのか、紅蓮坊は話しを変えた。

 「あの侍はどうなんだ。」

 珍しく紅蓮坊はちいさな声を出を出した。

 「うーん。」

 その問いに兵衞は困惑したように首を傾げた。

 その事に関しては巴も興味があった。

 なぜ、あのすばしっこい小太郎があんな大怪我を負ったのか、側にいた与三郎はどうしていたのか、それが気になっていた。

 「使えないのか。」

 「腕がないことはないと思うが、・・・

 何というのか・・・」

 兵衞の言葉はどうにも歯切れが悪かった。

 「お前も見たんだろう。」

 紅蓮坊は友江にも目を向けた。

 その瞬間。巴は目の前で手を振った。

 「そんなに酷いのか。」

 巴は目を丸くした。

 「酷いなんてものじゃあなかったよ。

 唯々、刀を振り回すだけだった。技も何もなかったよ。」

 「そうでも無いかも知れません。」

 巴の言に兵衛が異を唱えた。

 「普通、あんな振り回し方だと隙を突かれるものですが、それが無かった。

 つまり、剣先が活きていた証拠でしょう。現に本人及び児は何の傷も得ていません。」

 「では、結構な手練れだというのか。」

 「そうとは限りませんが・・・」

 兵衞の口調はまた重くなった。

 「それはそうと、あれは何だったんだ。」

 紅蓮坊がまた話しを変えた。

 「蟷螂だろう。」

 すぐに巴が言った。

 「蟷螂って・・確かにそうかもは知れんが、あんな化け者がこの世に居る訳がなかろう。」

 紅蓮坊は大げさな身振りで言った。

 「鬼の仕業でしょう。」

 兵衞の言葉に頷いてみたものの、紅蓮坊は納得しかねていた。

 「鬼はあんなものが創れるのか。聞いたことがないぞ。」

 連坊は尚も言った。

 「それは私には解りません。しかし現に現れた以上、そう考えるしかありますまい。自然とあんなものが生まれたとは、考えられませんから。」

 とにかくそれで納得するしかなかった。

 「あいつらの所へは・・・」

 「それも解りません。

 ですが、もしこちらに全力を注いでいるのであれば、それはそれでいいことではないかと思います。」

 「向こうは安全という事だよね。」

 巴がそう言って笑った。


 翌日からは小太郎の養生を兼ねて旅はゆっくりと進んだ。

 その合間に色々と話しはしたが、与三郎は自分のことは殆ど話さなかった。

 それに小太郎も浮かない顔をしている。

 「よう、小便でもしに行かないか。」

 紅蓮坊は小太郎の腕をむんずと掴んだ。

 今小便がしたいとは思わなかったが小太郎はそれに付き合った。

 「傷が痛むのか。それとも何かあったのか。」

 皆から遠ざかると紅蓮坊はすぐに小太郎に尋ねた。

 「傷は何ともない。これくらいの痛みは堪えられる、だがそれよりも俺は間違っていたのかも知らないと思った。」

 「何がだ。」

 「無理してあの児を見てもらった事がだよ。そのせいであの小父さんまで、仲間に引き入れてしまった。

 でもあの小父さんと来たら・・・」

 「ろくに戦えないんだろう。その事は兵衞に聞いた。」

 「知って居たのなら良い。」

 「兵衞が何かいい方法を考えてくれるよ。」

 「それならいいけど・・・」

 小太郎はそこから浮かない顔で皆の所に帰っていった。

 それから暫く、一行は小さな村に入った。

 すると与三郎がこれからは行けないと言い出した。

 その為、与三郎とまだ傷の癒えぬ小太郎を残して、兵衛達三人は日野江の城下に向かった、

 たどり着いたその城下は小さな町だった。

 兵衞と巴は人探しに、紅蓮坊は与三郎の素性を知るために、町を歩き回った。

 三日ほど経って三人はそれぞれの情報を持ち寄った。

 「何か収穫は。」

 真っ先に紅蓮坊が声を上げた。

 「ない」

 巴のその答えは素っ気なかった。

 「そう言うあんたの方は。」

 巴が尋ねる。

 「たっぷりとある。

 但し悪い話しばかりだがな。」

 「悪い話し・・・」

 「今日は止しにしよう。胸くそ悪い。」

 紅蓮坊はそう言うと飯をかき込んで、自分の部屋に戻った。

 翌日も三人は町中を歩き回った。

 兵衞は腕の立つ者を探し、巴は光りを持つ者を探し、紅蓮坊はそれでも何か与三郎の良い所を探した。

 だが、三人には何の収穫もなかった。

 「紅蓮、話してくれ。」

 その夜は巴から話しを振った。

 「酷い奴だよ。」

 そこから紅蓮坊の話が始まった。

 千々石与三郎。日野江城主有馬家の家老の三男として生まれた。

 子供の頃から二枚目で剣の腕はある程度秀でていたが、その心が弱かった。

 臆病で猜疑心が強く、いつも影でこそこそと動いていた。

 それが城下内の腕比べがあった際、そこで特段の成績を収めてから、その性格が変わり、自信を持った動きをするようになり、父親も彼を自慢した。

 それでも彼は三男でしかなく、家を継ぐのは長男と決まっていた。

 次男は夭折したため、二人で我が家をもり立ててくれれば・・・父親は影ながら二人にそう望んでいた。

 そうこうする内に長男に嫁の話が出、長男は殿様の肝いりで、同じ家老である波多氏の娘を嫁にもらった。

 「何の話だ・・何の変哲もない話しに聞こえるけど。」

 巴が横から口を挟んだ。

 「ここからだよ。」

 紅蓮坊は嫌悪の表情を見せた。

 与三郎は兄嫁に横恋慕した。そしてそれを女も受けいれ、それから二人の逢瀬が始まった。

 「それがばれたって事かい。」

 「そうだ、兄嫁は最近児が出来た。」

 だがそれに児を授けたはずの兄はどうしても納得がいかず、嫁の行動を調べた。

 すると・・・

 「不義密通で兄嫁は手打ち、与三郎殿は所払いという事ですか。」

 兵衞はそう言って腕を組んで考え込んだ。

 「どうする。」

 紅蓮坊が食って掛かるように言う。

 「その上、剣の腕も・・・となれば・・・」

 「一緒に行くのは拙いでしょうね。どうしても足手まといになる。」

 「だけど、あの児の光りは強い。まだ幼いと言うことを考えると、これからもっと強くなるはず。それを捨てるのは・・・」

 巴は困惑の表情を見せた。

 「遼河に預けるのが一番ですかね。」

 「遼河に・・・」

 巴と紅蓮坊が口を揃えた。

 「親子で遼河の所にやりましょう。

 あそこであれば剣の師匠はいるし、親の方も働かずばなりません。そうすれば児からの手は外れる。後は遼河が・・・」

 「かえでと二人・・遼河の負担にはなるまいか。」

 「遼河なら何とかするよ。」

 巴は心配げな紅蓮坊の肩を強く叩いた。


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