西海の素浪人(4)
「叫び声が聞こえた。」
まだ焚き火を囲んでいた紅蓮坊が立ち上がった。
「小太郎、与三郎殿を呼んできてくれ。何が起きるか解らぬ。
もしもの時は、ここで迎え撃つとな。」
兵衞が指示を与えた。
「私は荷馬車を取って来る。」
巴は武器が多く積んである荷馬車に走った。
焚き火の廻りにすぐに人は集まった。
与三郎と小太郎は朔太郎が乗る手押し車を守り、声の方向に向かって兵衞が右、巴が左、そして一番先には紅蓮坊が就くように兵衞が指示を出し、その通りに、素速く皆が動いた。
だがそれを後ろで見守る与三郎は不安を感じていた。
夕刻見た、大男と女の技量・・あれで、何かが襲ってきた時に戦えるのか。
しかし、兵衞以外は手には刀ではなく、それぞれが稽古とは違う武器を手にしていた。
手押し車を挟んで、自分の向かい側にいる童は長刀は背に負っているものの、手には脇差しとしか見えない刀を握っていた。
前方右側にいる男は確かに刀以外は持っていなかったが、それはまだ鞘も払わず、腰に差したままだった。
左側の女は薙刀を腰だめに構え、一番先頭の大男は、長い金棒を肩に担いでいる。
あんなもので戦えるのか・・・特に大男の武器に、与三郎は小首を傾げた。
小太郎にはそれが危なかしく見えてしょうが無かった。
自分はいつも戦いの際はいつも廻りの動きに神経を尖らせてるよう、口を酸っぱくして言われていた。
あれで大丈夫なのか・・・小太郎はそう思った。
いかんいかん。俺も気を付けなければ・・・そしてすぐに警戒の色を強めた。
その時眼の端になにかが動いた。
小太郎はそちらに目を移した。
なにかが見えたはずだが・・・小太郎はその方向に目を凝らした。
鬼の上に何かが居る。だが、それがなんだかは分からない。
「小父さん・・・」
小太郎は与三郎に声を掛けた。
ん・・・と、与三郎は鷹揚に小太郎を見た。
「上だ。上・・・」
小太郎は叫んだ。
小太郎はそのまま朔太郎が寝る手押し車に覆い被さった。
サクッと背中を切られたのを感じた。
その痛みにも負けず、小太郎は手押し車を与三郎の方に押しやった。
だがそれは途中で倒れた。
「何をする。」
与三郎は怒りの眼で小太郎を睨み付け、朔太郎を抱き上げた。
「小父さんそんな事より、戦ってくれ。
さもないと俺達三人は殺される。」
小太郎は背中の痛みに耐えながら言った。
それでも与三郎は戦う姿勢を見せない。
「誰か一人こっちに来てくれ。
俺は背中を切られた。」
小太郎は前に居る三人に向けて叫んだ。
「拙者が行く。相手が多い場合は術を使ってでも斃してくれ。」
兵衞は後ろに駆け出した。
手押し車の前に立っているのは、巨大な蟷螂。与三郎はそれに向かって、滅茶苦茶に刀をふていた。
「小太郎どこだ。」
兵衞は声を掛けた。
「ここだ。」
暗がりから小太郎の声が聞こえた。
「深手か。」
「そうでも無いと思う。」
小太郎の声はしっかりしていた。
「紅蓮。何匹か来るかも知れんが一人で大丈夫か。」
兵衞の声に紅蓮坊は、応とこたえた。
「ならば巴殿をこっちに回してくれ。
小太郎の手当てが必要だ。」
その声に紅蓮坊は巴に目配せをした。
巴はすぐに荷馬車に走った。そこには治療の道具がある。
それを素速く取り出すと、巴は小太郎の所に走った。
「どこをやられたの。」
「背中だ。」
巴はすぐに小太郎の着物を肩脱ぎにさせた。
「縫うからね・・少し痛むよ。」
巴はすぐに治療を始めた。
その間、巨大な蟷螂は千々石親子に狙いを定めていた。
「何故俺の所にばかり来るんだ。」
朔太郎を抱きながら、与三郎は遮二無二刀を振り回していた。
「そいつから少し距離を取って下さい。」
兵衞の言葉も耳に入らぬのか、与三郎は刀を振り回し続けていた。
「巴殿、治療は終わりましたか。」
「もう少し。」
「終わったらこっちに来て下さい。」
巴には兵衛が言わんとしていることが解った。
それから暫く、小太郎の背中の傷を縫い終わった巴は、兵衞の所にやって来た。
その瞬間、兵衞は与三郎に当て身を入れ、崩れ落ちる与三郎の手から、巴は朔太郎を抱き取った。
そして次の瞬間、兵衞は巨大な蟷螂の首を飛ばした。
「そっちは大丈夫かい。」
巴は紅蓮坊に声を掛けた。
「ああ。」
そう言う大男の足下には、頭を潰された二匹の巨大蟷螂が倒れていた。
「これで終わりだといいのですが。」
兵衞は軽い溜息をついた。
「まあ、こっちに来る分にはいいことじゃないのか。」
紅蓮坊はにやりと笑って見せた。
その会話の意味は与三郎には解らなかった。




