西海の素浪人(3)
今日も見つけられなかったか・・・喜作はがっくりと肩を落とした。しかし、夕暮れ時にもかかわらず、まだ追うことは諦めていなかった。
その執念が実ったのか、大男を含む一行が干潟を避け、山の方に分け入ったと聞いた。
そいつ等こそが・・・喜作は気を取り直し、聞き知った方へ虫篭持ちと供に足を進ませた。
ほう、夜になろうかというのに、今からまだ動くつもりのようだな。手を抜いては居なかったようだな・・・それを影から見ていた大童丸は小さな声でぼそっと呟いた。
千々石与三郎親子は先に天幕に引き取り、兵衛等四人は焚き火の廻りに残った。
「手合わせしてみてどうだった。」
最初に紅蓮坊が兵衛に声を掛けた。
「結局、剣は交えなんだ。」
「では何のための立会だったのだ。」
「直接あの方の腕前を見る予定だった。が、そうはならなんだ。」
ウーン・・・紅蓮坊は腕を組んで考え込んだ。
「逃げたのでしょうか・・敵わないとみて・・・」
巴も話しに入ってきた。
「ならば、見下げた奴だな。
剣を構えながら、相手の腕を見ることもなく、一撃もせずに逃げるとは。」
「そうとも言えません。
本当の力量は解りませんし。
もし日がの力量を察して止めたのならば、それだけの眼力はあると言うことになります。」
兵衞はそう言って与三郎を庇った。
「弱いのなら、あの児はどうするんだよ。」
小太郎が少し食って掛かるように言った。
「仕方がなかろう。
我等も力なき者を連れては旅は出来ん。」
紅蓮坊は首を振りながら言った、
「その件についてはととにかく考えましょう。」
兵衛はそう言うと木刀を持って立ち上がった。
「素振りかい。」
「昼間、あんまりやっていなかったからな。」
「俺もやる。」
小太郎も木刀を手に取った。
夜通し歩く気かい・・・虫篭を持った男はウンザリしたように、喜作の背中を見つめた。
諦める気はないようだな・・・それを見ていた大童丸は、ニヤリと笑った。
くそっ・・・そんな事は知ってか知らずか、喜作は歯ぎしりしながらも足を進めた。
なかなかやるな・・・大童丸はそれを満足そうに見ていた。
そんな喜作の足が遅くなった。
ほう、気付いたか・・・大童丸は先に仄かに光るものを見ていた。多分それは焚き火の明かりであろう。つまり、あの一行がいる所。それに喜作も気付いたのだろうと考えた
「蟷螂の力にとっては良いことですが、相手には見えやすくなりますね。」
大童丸の後ろから声が掛かった。
「来たか、牙鬼。」
大童丸は振り向きもせず言葉を掛けた。
「今日は十五夜・・不意打ちの方が良かったのでしょうが。」
牙鬼と呼ばれた鬼は大童丸の後ろ姿に、少し頭を下げた。
「蟷螂を鬼などに仕立てなくとも、命じて下されば私が殺ったものを。」
「あれは殺すためではない。力を試すためのものだ。」
「なぜ、斃さないのですか。」
「新しき鬼に対抗させるためだ・・・我等の数は余りにも少なすぎるからな。」
大童丸と牙鬼の極小さな会話の先で、忍び足で焚き火に近づいていた喜作の足が止まった。
「いよいよやるようだな。」
大童丸は虫篭を持った男に目を凝らした。
「旦那、手伝ってくだせいよ。」
虫篭を持った男は喜作に小声で言った。
虫篭は三つ。確かに同時となれば手が必要に成る。
喜作は虫篭を一つ手に取った。
「これであの男も終わりだな。」
影の中で大童丸が残念そうに笑った。
「なんなら、助けましょうか。」
「その必要はない。
まあ、鬼蟷螂が他の目標に行って、その時までまだ息があったら血を飲ませてやれ。」
「それでよろしいのでしょうか。」
「構わん。
だが、生き残っても儂の所へは連れて来るな。まあ、その時の名は鬼作とし、お前の下で使え。」
大童丸はニヤリと笑った。
「同時だぞ。」
喜作と男は虫篭に手を入れ、カマキリの首根を掴んだ。
「三で出すぞ。」
喜作が男に念を押し、男は月明かりの中で頷いた。
喜作は数を算え、三と同時に二人ともカマキリを摘み出した。
二人の指を傷つけ、地に降りたカマキリは見る見るうちに大きくなっていき、二人はそれを見て、ごくりと唾を飲んだ。
次の瞬間、籠持ちの男は一匹の大蟷螂に腹を裂かれ、もう一匹には頭を囓られて一瞬の絶叫をあげた。
そこから逃げようとした喜作も自分が取り出した蟷螂の鎌に囚われ、もう一方の鎌で腹を切られた。
喜作は絶叫をあげながらも力任せに悶え、そのおかげで大蟷螂の鎌から逃げ仰せた。
「助けますか。」
「蟷螂が動いてからだ。」
それを見ていた大童丸は冷たい声で言った。
それから暫くすると、死肉に飽きた二匹の蟷螂が新たな肉の臭いを嗅ぎ付けてその場を離れ、それを見たもう一匹の蟷螂もその後に続いた。
「行ったようだな。」
大童丸は牙鬼を見た。
「見てきますか。」
「そうだな、息があれば血を飲ませろ。
但し、これは儂の命ではなく、お前が勝手にやったことにして、お前の下に付かせろ。」
そう言って大童丸は凄惨な笑いを浮かべた。




