西海の素浪人(2)
喜作は虫篭を持つ男を連れ先を急いでいた。
期日は決められては居なかったが、一つ仕事を終わらせると金が貰える。それが喜作を急がせていた。
しかし、一時離れていたため、あの四人組の足取りを掴むのにも苦労していた。
それでも、大男の修験僧という目印があるだけに、どうにかその道程は掴めた。
喜作はとにかく道を急いだ。
「随分、苦労しているようだな。
少し見に行ってみるか。」
「手助けをなさると。」
末吉は大童丸にそう問いかけた。
「そのつもりはない。
只、見に行くだけだ。」
そう言うと大童丸は旅仕度を始め、
「お前はまた留守番だな。」
と、末吉に笑いかけた。
「お名前は何と仰る。」
兵衞は同行する事になった男に丁寧に尋ねた。
「千々石与三郎と申します。」
男も丁寧に答えた。
「お子様の名は。」
「朔太郎でござる。」
「お年は。」
兵衞は自分と同じ位か・・と感じながら尋ねた。
「二十六になります。
この児は四歳・・・」
与三郎は兵衞の興味が、我が息子朔太郎への方が強いと感じながら答えた。
「二十六ですか、拙者より一つ若い。」
兵衞はにこっと笑った。
「そうですか・・それでは拙者のことは与三郎とお呼び下さい。」
そう言うと、男は頭を下げた。
その横で巴は、そんなになるのか。と自分の歳を考えた。
それから幾時か歩いた。
「今日は野営かい。」
小太郎が嬉しそうに声を掛けた。
そこは山の麓、辺りには集落はなく、あったとしても、宿泊は頼めそうになかった。
「この先、どこか村はありますか。」
兵衞は念のために与三郎に尋ねてみた。
「ここに到るまで、どこと言って村はありませんでした。
特にこれより先、山が海に迫り細い道が続きます。それを越えると太良と言う少し拓けた漁村に着きます。」
「そこまで如何ほど。」
「二刻近く。
しかし、先程も申しましたように、道は狭く薄暗い中を歩くには、危険が伴うかと思われます。」
兵衞は与三郎の声に頷き、小太郎に、
「野営としよう。」
と、声を掛けた。
小太郎は喜んで、早速、野営できそうな広場を探し、それを見つけると、牛が牽く荷車を止め、そこから紅蓮坊と供に、何やら道具を降ろし始めた。
「あの荷物は・・・
それにあの子は何をあんなに喜んでいるのですか。」
与三郎は不思議そうに兵衞に尋ねた。
「荷物の件は見ていれば解ります。
小太郎の件は剣術の稽古が出来て嬉しいのでしょう。」
「あれで雨露を防げます。」
そう言って兵衞は笑い、話しを移した。
小太郎の件は、剣術の稽古が出来るからでしょう。
どこかに宿を取れば、そうそうその近くで動き回ることは出来ません。
野宿であれば辺りに人は居ませんので、思い切り剣術の稽古が出来る。それで喜んでいるのでしょう。」
なるほど・・・と、与三郎は納得するしかなかった。
「我等は狩りにいきましょう。」
巴は野草や茸を採りに行っている。兵衞は与三郎を誘い手作りの弓矢と槍を持って、与三郎を誘った。
巴は先に山菜を集めて野営地に帰って来て、火を熾した。
兎がいた・・その後に兵衞と与三郎がさばいた兎を持って帰ってきた。
食事にはまだ間がある。そこからは、全員での剣術の稽古が始まった。
「剣術の稽古ですか。」
与三郎は不思議な顔で尋ねた。
「皆、強くなりたいのです。」
「皆と言いますと。」
「それこそ皆です。それぞれ相手を代えながら、稽古をします。」
与三郎が見ている先で、それぞれが木刀を手に取った。
最初の組み合わせは大男の修験僧と女剣士。兵衞と童だった。
兵衞は童に色々と指導しながら、木刀を振っている。
その横では大男と女が剣を合わせている。だが、その技はお世辞にも上手いとは言えなかった。
与三郎の目には大男や女よりも童の方が剣の腕は上に見えた。その中で一人、兵衞の剣技には舌を巻いた。
「一緒にやりませんか。」
それを眺める与三郎に兵衛が声を掛けた。
与三郎は荷車に積んである木刀を手に取った。
「お相手願います。」
与三郎はその剣先を兵衛に向けた。
兵衞はそれを受け、剣を青眼に静かに構えた。
与三郎は兵衞の隙を造ろうと、あれこれ動いたが、兵衞の構えに全く隙は見いだせなかった。
「参りました。」
打ち込んでも無駄と思ったか、与三郎は剣を合わせることなくそう言った。
「申し訳ないが、拙者は向こうの二人を見ますので、小太郎の相手をして頂けませんか。」
そう言うと、兵衞は大男と女の方に歩み寄った。
打ち合う相手を代えながら、また兵衞が色々と指示を出し、その稽古は一刻に及んだ。
「いつもこんなに稽古を。」
夕食時に与三郎は尋ねた。
「いつもではありませんが、時間があればこれくらいのことは・・・」
兵衞は笑ってみせた。
与三郎が見るに、兵衞の剣技にはとても敵いそうにはないが、童は当然として、大男の修験僧にも、女剣士にも、剣技に於いては自分は勝てると思った。
大した一行ではないのかな。そうも思った。
「ご子息には歩かせないのですか。」
兵衞がそんな考えを巡らす与三郎に尋ねた。
「旅をする上で足手まといになりますゆえ。」
「足腰を鍛えるためにも、たまには歩かせた方が良くありませんか。
特にこれからは急ぐ旅でもありませんので。」
兵衞の言葉に、与三郎は手押し車の中に座って飯を食う我が子を見て、何とも言えぬ笑いを漏らした。




