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西海の素浪人(1)

 兵衛(ひようえ)等一行は西へ西へと進んでいた。

 左手にはずっと有明海が見え、その向こうには雲仙の峰が見えていたが、徐々にその姿は手前の山陰に隠れるようになっていった。

 「どこまで行くのでしょうか。」

 (ともえ)が兵衞に尋ねた。

「日野江までと考えています。」

 「日野江って言うのはどこだ。」

 今度は紅蓮坊(ぐれんぼう)の大きな声が重なった。

 「このまま海沿いを南に下れば、着くはずです。」

 「そこに何があるんだ、」

 「解りません。」

 「解らずに行く気か。」

 「解らなくてもいいでしょう。

 今は人を探すための旅。確たる目的はないはずよ。」

 紅蓮坊の言に巴が噛み付くように言った。

 「日野江は有馬様の居城があると聞いています。

 そこまで行ってその間も含めて人を探します。」

 「人か・・・そう言っていたな。

 鬼と戦える人を探すと・・・だがどうやって見分けるのだ。」

 「それは巴殿が・・・」

 兵衞は言葉の終わりは笑った。

 「そうだったな。光が見えるん・・・」

 「大きな声で言わない。」

 巴がキッと紅蓮坊を睨んだ。

 「悪い、悪い。」

 紅蓮坊はさして悪びれた風はなく、それでも頭を掻いて見せた。

 「とにかく、人を探しましょう。

 そして、一月(ひとつき)後に秋月に帰って件を受け取りましょう。」

 「そうだな、それもあったな。

 それには、こうやってあちこちと渡り歩くのも一つの手かな。」

 紅蓮坊は豪快に笑った。


 「何だか変な車を押した男が来るよ。」

 ある日の昼飯の前に、木に登って辺りを見廻していた小太郎がそこから声を上げた。

 「人を余りじろじろ見るんじゃないぞ。」

 下から紅蓮坊が注意した。

 「だって、何だかふらふらしているから・・・」

 小太郎はふてくされるように言って、木から降りてきた。

 「何かあったのかしら。」

 それに巴が反応した。

 「行ってみよう。」

 紅蓮坊がすぐに歩を速めると、その先に四輪の手押し車に寄りかかった侍が居た。

 手押し車の中には子供が横たわっており、その子は痩せていた。そして侍はそれ以上に痩せていた。

 「どうかなさいましたか。」

 巴が真っ先に声を掛けた。

 今気付いたのか、その侍は少し眼を上げた。

 「なにかご用かな。」

 その姿とは裏腹に、男は威厳深い声を上げた。

 「いえ、ちょっとお疲れのようでしたから。」

 巴がその声を受けた。

 「そうですか。わざわざ拙者の前に立つには、何か用事が在るのかと。」

 「この児、腹を空かしているんじゃないか。異様に痩せて居るぞ。」

 その奥向こうから小太郎の心配する声が聞こえた。

 「食事は摂られているのでしょうか。

 特にその児は。」

 巴は詰めよるように行った。

 「お主等には関係なかろう。」

 「そう言ったって・・この児は・・・」

 小太郎が悲痛な声を上げ、思わず自分の握り飯を車の中の児に与えた。

 「施しは受けぬ。」

 男は小太郎に駆け寄り、その手を弾こうとした。

 が、その手は兵衛の素速い動きに押し止められた。

 「小太郎、いっぺんに食べさせたら駄目よ。」

 巴が小太郎に注意を与え、紅蓮坊は竹筒の水を手に車に近づいて行った。

 「施しは受けぬと言ったはず。

 要らぬ斟酌はしてくれるな。」

 「そうはいきませんよ。

 あなただけならとにかく、この児が飢えているのは誰がみても解る、そんな児をほったらかしには出来ません。

 それに、児を育てていく気なら、あなたも食べなさい。」

 兵衛は無理矢理男を座らせ、その目の前に自分の握り飯を置いた。

 男はそれを前に暫く動かなかったが、

 かたじけない・・・と、頭を下げ、握り飯を一つ手に取った。

 「どこまでおいでですか。」

 巴が柔らかく声を掛けた。

 「どこという当てはござらぬ。

 仕事を探してあちこちと歩き回っております。」

 「どのような仕事でしょうか。」

 「金さえ頂ければ、何でもやりまする。」

 男は恥ずかしげに顔を伏せた。

 そうですか・・・と相づちをうつと、巴は他の三人に目配せをした。

 一行は握り飯を分けながら秘と話した。

 「どうなんだ。」

 珍しく紅蓮坊の声は小さかった。

 「あの侍からは、それ程の光りは見えない。」

 「剣の腕はどうなんだ」

 再度の紅蓮坊の問いに、今度は兵衞が答える。

 「空腹のため、身のこなしが悪いのかも知れませんが、もう一歩・・と言う所でしょうか。」

 「では、また無駄か。」

 「そうですね。少し路銀を渡して・・・」

 「待ってくれよ。」

 大人達の話しの中に小太郎が割り込んできた。

 「どうした。」

 紅蓮坊が小太郎を見た。

 「巴姉ちゃん、あの児を見てくれないか。

 あれだけ空腹を抱えながら、俺が近寄った時の眼が強い光りを放っていた。

 お願いだ。あの児を見てくれ。」

 この時には、小太郎も巴の力を教えられていた。

 「児か・・・」

 巴は少し小首を傾げた。

 「歳はいくつぐらいだ。」

 「三つか、四つ。」

 「童ではないか。」

 紅蓮坊の声が被った。

 「俺だってまだ八歳だ。」

 小太郎は唇をとんがらせた。

 「かえでが一つ下で、遼河だってまだ十五だ。

 俺達が大人になった時に、少しでも仲間になれる者が居れば・・・」

 そう言うと、小太郎は目を伏せた。

 「だがな、お前達は力があるから一緒に居るんだ。そうそう童を・・・」

 「だから力があるかどうか見てくれと言っているんだ。あの児がかわいそうだからなんかじゃない。」

 小太郎はどうしても聞かなかった。

 「小太郎の勝ちね。」

 巴はそう言うと腰を上げ、男の所に近づいて行った。

 「お名前は何と・・・」

 巴は当たり障りない所から、男との会話を始めた。

 「千々石与三郎(ちぢわよさぶろう)でござる。」

 「どちらの御家中でしょうか。」

 その会話に兵衛も入ってきた。

 「家中というものはございません。」

 「おや、それではお侍様では・・・」

 「いや、侍でござる。」

 千々石与三郎と名乗った男は、少し憤慨気味に応えた。

 「これは失礼を・・しからば以前はどちらに・・・」

 「有馬(ありま)様の家中でござる。

 但し、殿の勘気を受け、家中を出申した。」

 「左様でしたか・・有馬様の・・・」

 兵衞が話している間に、巴は手押し車の中にいる児を見て、兵衞に頷いて見せた。

 「有馬様の所であれば、一つお願いがあるのですが・・・仕事と思って頂いて構いません。」

 「仕事とあらば。」

 与三郎は頭を下げた。

 「我等は今、日野江を目指しておりまする。

 ただ、地理に不案内。よろしければそこまでの穴井をして頂ければ。」

 「日野江・・でござるか・・・

 あそこはちょっと・・・」

 「お話を伺うに、帰りにくいことは承知いたしました。故に城下外までのあないで結構でございます。」

 「ならば、城下の外まで。」

 与三郎は頷いた。


 「どうだった。」

 手押し車の所から帰ってきた巴に小太郎がいの一番に尋ねた。

 「結構強いよ。」

 巴はその顔に笑って見せた。

 その笑顔を見て、小太郎は紅蓮坊に勝ち誇ったような顔を見せた。

 「先ずは、日野江まで・・それから後はおいおいと考えましょう。」

 兵衞は皆の話しを収めた。


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