蟷螂(かまきり)(3)
虫篭を持った者達にはなるべく人が居ない所で・・と言い渡していた。その為、彼等は何日も後を追い続け、機会を狙っていた。
「一人、好機を見つけたようだな。」
ハ・・・と末吉は怪訝そうな顔をした。
「奴等に会った日に既に紋章は着けてある。故に奴等の動きは全て解る。」
大童丸のその言葉に末吉は舌を巻かざるを得なかった。
「坊主の所の男と女が動く。
私はそれを確認に行って来る。
お前は、山の屋敷を見張れ。」
言葉を残して、大童丸はすくっと立ち上がった。
香月鞆子と蘇我部充四郎は博多の町外で落ちあい、南西の山を目指していた。
「気付いているか。」
「二日前からだな。」
鞆子の問いに充四郎はすぐに応えた。
「だが、害意はないようだ。襲おうと思えばいつでもやれたはず。」
「私達が怖いだけだろう。」
「そうとは思えない節もある。」
「どう言う事だ。」
「剣術で言う殺気がない。只、着いてきているだけだ。」
「どうなるか・・・
まあ、とにかく人の居ないと所に誘おう。」
鞆子は森の中に入っていった。
虫篭を持った男は何の疑いも持たず、二人の後を着いて行った。
好都合に二人は森に中、人の居ない所に入っていく。
後は廻りに人が居ないことを確認して、虫篭からカマキリと取り出すだけだった。
その仕事にどんな意味があるのかは解らなかったが、たかがこれだけの仕事で、帰れば小金貨一枚が手に入る・・・男はにんまりと笑って辺りを見た。
人は居ない。
それを確認して地に置いた二つの虫篭に手を入れた。
カマキリを出す時は同時にと言われていた。
虫か塵入れた指をカマキリの顎に噛まれ、男は顔をしかめた。
普通のカマミリに噛まれるより、それは痛く感じた。
それに二本の腕というのか・・前肢にある鎌も硬く感じた。
噛み付かれた指先からは血が出ているようだった。
噛まれた瞬間、一瞬たじろいだが、男はそのままカマキリの首根を掴み、籠の外に出し、草の上に放り投げた。
男が見ている前でその二匹の虫の体躯が大きくなった。
そして二匹が前肢の鎌をもたげて男に襲いかかった。
すぐに男の首が落ち、地の匂いが辺りに振りまかれた。
「血・・・」
鞆子は一声だけを洩らした。
その匂いを充四郎も感じ、担いでいた槍を構えた。
「以前あんたが感じた奴か。」
充四郎は鞆子に尋ねた。
「違う。」
鞆子は即座に答えた。
「では何だ。」
「解らぬ・・だが虫のような・・・」
鞆子は辺りの匂いを嗅ぐように鼻を動かしてからそう言った。
そんな二人を木の上から見つめる目があった。
「血の在処を見てこよう。」
「その必要はない。
既にここに来ている。」
駆け出そうとする充四郎を止める声を合図にしたように、木の上から二匹の緑色の昆虫が飛び降りてきた。
「カマキリ・・・」
その人ほどもある大きさに、充四郎は息を呑んだ。
「この大きさだと、かなり手強いよ。戦えるかい。」
鞆子はにんまりと笑いながら手を振った。
そう言うお前は・・・そう言おうとした充四郎は、いつの間にか鞆子の手に握られている刀を見て、目を丸くした。
刀など持ってなかったはず・・それが・・・
「いつの間に。」
その懐疑が口に出た。
「色々手はあるのさ。」
鞆子はその刀を抜き放ち、カマキリに正対した。
「こっちばかり気にしていると、首を落とされるよ。」
言われる通り、カマキリは前肢の大鎌を持ち上げていた。
充四郎は慌ててその場を跳び退いた。
その瞬間、充四郎が居た場所の空気が、カマキリの大鎌に斬り裂かれた。
「油断するんじゃないよ。」
またともこの声が飛ぶ。
そう言うお前はどう戦うのだ。今まで刀を振るっているのは見たことがない。
充四郎は鞆子の方にも気を回した。
「こっちは心配無用。」
鞆子は例の青白く燃える狐を呼び出し、それが戦って時間を稼ぐ間に呪文を唱えている。
大丈夫か・・・充四郎は自分の相手に集中した。
カマキリの動きは速い。それに力もとんでもなく強く、鎌を受けた槍が弾き飛ばされた。
槍を取り落とすことはなかったが、まともに受けてはならぬことを充四郎は悟った。
その為には先に攻撃する。その中で致命傷は与えられなくても、どこかに傷を与えれば、相手も用心して、闇雲な攻撃は仕掛けて来なくなるだろう。
今、充四郎にとって一番の懸念は力任せ、速さ任せの攻撃を受け続けて、こちらが先に傷を負うことだった。
とにかく攻める・・・そう心に決め、充四郎は槍を回した。
しかしその攻撃は、あっさりと弾き飛ばされた。
ならば突き・・・カマキリの頭を突いてみた。だがその何度かの突きも、上体の動きであっさりと躱され、槍を引く度に、カマキリは大きく踏み込んで、鎌を振り下ろしてくる。そしてその度に確保したい間合いが詰まる。
何度かその攻防を続けた後、充四郎は下半身、つまり腹の部分の動きが少ないことに気付いた。
頭を二度突き、三度目で腹を突く。
そこは地を踏みしめる足よりも後ろにあり、カマキリに向かって踏み込む必要がある。
だがそうすると、胸の位置で遊んでいる二本の足に囚われる可能性がある。しかし、それ以外に勝機はなさそうだった。
よし・・・意を決した。
突き二本を頭に・・・それは相変わらず上体の動きで躱された。
三本目・・充四郎は素速く踏み込み、突きを繰り出した。
槍を握る手に軟らかいものを突き唐須感覚が伝わってきた。
それにも構わずカマキリは中の二本の足を伸ばし、鎌は切るのではなく、充四郎を取り込もうと覆い被さろうとしてきた。
逃げれば捕まる・・・充四郎は突き刺さった槍を引くのではなく、咄嗟に槍の穂を横に払った。
カマキリの腹が切断され、その為、動きが鈍くなった隙に、充四郎は後ろに跳び退いた。
カマキリの腹からは、緑色の体液がドボドボと溢れ出ている。
カマキリは羽根を広げた。
しかし、飛び上がろうとすれば、腹が千切れ落ちる。
カマキリは飛ぶことを諦め、裂けた腹を引き摺りながら充四郎に迫ってきた。
自由に使える四肢の動きは鈍くなっていた。それでも上体はくねらせている。
刀の方が得策・・・そう考え充四郎は腰の刀を抜いた。
鎌のあるどちらかの前肢を斬り落とすことが出来れば・・・充四郎は鎌の攻撃を躱しながら、前肢に狙いをつけ、遂に左側を落とした。
そこまで来ると、後はそれ程苦労はしなかった。
四肢を徐々に斬り落とし、最後は頭を切り落とし、この戦いに決着を着けた。
充四郎は鞆子に目をやった。
鞆子の手にはもう刀はなく、カマキリはその足下に倒れていた。
「あの刀はどこから。」
「教えないよ。」
鞆子はにんまりと笑ってみせた。
大童丸はその戦いを木の上から見ていたが、決着がつくと同時に、そこから消えた。




