蟷螂(かまきり)(1)
末吉は虫籠の中に蠢く者がどうしても気になっていた。
大童丸からは鬼だと聞いたが、あんなに小さいものが鬼だとは、どうしても信じられなかった。
それに折角育てた虫をたまに共食いさせている。それも腑に落ちなかった。
「そんなに気になるか。」
そんな末吉に大童丸は声を掛けた。
それは心を読まれたのかも知れず、ぶるっと背中を震わし、末吉は振り向いた。
「まずは、喜作からの報告を聞こうか。」
大童丸は何より晴海に付き従う女の行動を気にしていた。
「今は博多におるそうです。」
「何のためかのう・・・」
大童丸はぼんやりと考えた。
「機を図っているのでしょう。」
「何の機だ。」
「あの村を乗っ取るための機かと思われます。」
「なるほど・・それがあの坊主の考えで、女はそれに追随しているという訳だな。
で、女はどうしている。」
大童丸はどうしても女の方が気になるようだった。
「女の名前は香月鞆子と言うそうです。
ほぼ毎日、薬草採取に出かけているようです。」
「一人か。」
「いいえ、槍を持った男が同行しているとか。」
「一緒に居るのはその一人か。」
「はい、名は蘇我部充四郎信親と申すとか・・・」
「たいそうな名前だな。」
さようで・・・末吉は頷いた。
「他に報告はあったか。」
「例の四人の者達ですが・・・」
「例の四人というと。」
「あの大男の一行です。」
「ああ、あれか・・・
何か目新しい報告はあったのか。」
「西に向かい、肥前国に入ったそうです。」
「そうか。」
大童丸の返事は素っ気なかった。
「続けて、例の集落を調べさせろ。」
承知しました・・・と、末吉は頷いた。
「それと、あいつに金貨を二枚渡しておけ。」
大童丸は指示を出すと、荷物持ちの権太を呼んだ。
「虫籠は全てここに置いておけ。」
権太は言われるがままにそれに従った。
それを確認すると、大童丸は外に権太を連れ出し、パチンと指を鳴らした。
権太は自分が雇われてからのことは全て忘れ、戸惑うようにそこに立ち尽くした。
当然目の前に立つ大童丸も、見知らぬ男でしかなかった。
その場にぼーっと立つ男をその場に残し、大童丸は宿に帰ってきた。
「何をなさったのですか。」
宿の部屋に帰ってきた大童丸に末吉は尋ねた。
「ここまでの記憶を消したまでだ。」
「全てですか。」
「お前と会ってから、ここまでの記憶だけだ。
その前の記憶までは関与できん。」
「あいつは今後どうなるのでしょうか。」
「さあな、そこはあの男次第だろう。
なぜ自分がここに立っているかも解らぬはず・・後は本人がどこで割り切り、どう行動するかだ。
私がそれに関与することはない。」
自分もいつかは・・・末吉は背筋を凍らせた。
「心配するな。
お前とは別れる必要はない。」
それを聞いて末吉は胸を撫で下ろした。
「さて、虫篭の件だが・・・」
大童丸は末吉が気になっていたことを話し始め、末吉はそれに興味を示した。
「お前が知らぬ間に、私はあれらに人の血と肉を餌として与えていた。
つまり人の匂いを嗅げば、それを餌として認知する。」
「殺して食べるという事ですか。」
「殺すかどうかは解らん。
普通に考えれば、虫にとっては殺すとか殺さないではなく、とにかく食べることが優先だと思うがな。」
「そんな残酷な。」
末吉は恐ろしさと嫌悪が混ざったような表情をした。
「ですが、虫は虫。あのままでは人に踏み潰されて終わりでしょう。
それとも七匹もいるのは、その数で人を襲おうというのでしょうか・・それにしても・・・」
「末吉、お前は蟷螂が人と同じ大きさになったらどうなると思う。」
そう尋ねられて、末吉は首捻った。
「あの俊敏さはそのままに、大きくなっただけの力を持ったら・・・」
大童丸はニヤリと笑って見せた。
「鎌は大きくなった分固くなり、身体も堅牢になる。素手の人間が勝てると思うか。」
それは・・・末吉は言葉に詰まった。
「だがいかんせん、人は武器を持つ。
しかし、蟷螂であれば彼等も前肢が武器となる。
これを人にけしかけたらどうなると思う。」
「ですが、大きさが・・・」
「それを私の術で克服したとしたら。」
末吉はごくりと唾を飲んだ。
「それをどう使うのですか。」
「鬼カマキリ・・・私は七匹をそう名付けた。
そして、それを特定の人間の力を試すことに使う。」
「つまりけしかけると。」
「そう言うことだ。
先ずはあの女とその連れの男。
それに大男の一行四人。
一匹は手元に残る。それをあの屋敷を調べた結果で使う。」
末吉はその言葉に頷いた。
「故に先ずは人を二人連れてこい。
金で簡単に動く者が良い。」
「その者達を使ってどうするのですか。」
「目標に近づいたら、鬼カマキリを虫篭から出してもらう。仕事は単純・・唯それだけだ。」
「それだけであれば、何も人を使わずとも私で・・・」
「死にたいのか。
虫篭を出れば、奴等はすぐに餌に喰らい付くぞ。」
「それは・・・」
末吉は絶句するしかなかった。




