六郎の村(1)
小平次は去り、遼河はいつも通りの生活を送っていた。
小平次が迷ったていを装って大きな庭を囲む建物は七棟があった。一番大きいのが六郎が住む屋敷。そこには皆が集まって会合をする広間や仙原一蔵が帳簿つけをする部屋、客を招き入れる部屋、それと六郎専用の部屋が何部屋かあり、その屋敷の前には綺麗に整備された庭もあった。
遼河はここに来た時以外、その屋敷に入ったことはなかった。
建物は大きな庭を囲むように造られていた。
一つは六郎が住む大きな屋敷。そこから丸く連なるように、他の六つの建物が並んでいた。その殆どは作業場であるとか、仕事のための集合場所であった。
その中の一つの建物に遼河とかえでの部屋、そして、仙原一蔵と彼の曾孫と言う高遠仙丸の部屋があった。その他の者達の中で未婚者は寮と称される建物に住み、既婚者達はその矢建物群を遠く取り巻く家に住んでいた。
中の建物に住んでいたのは、遼河達より後にここに来た橘千代とその妹の子と言われる弥生も同じだった。
そんな中で遼河とかえでは、何の不自由もなく暮らしていた。
遼河は朝昼と剣術の指南役上妻与一との稽古に刻を費やし、徐々に長い刀、つまり「鬼切丸」も使えるようになっていった。
かえでは小さな子供達と遊んでばかりいた。その中でも特に仙丸とよく遊び、弥生を可愛がっていた。仙丸はかえでに二つ下、弥生はまだ二歳だった。
しかし、最近になって、少しずつ日課が変わってきていた。
ついこの間まで、観音谷を出ることはなかったが、最近は当主鳥尾六郎やそれを補佐する仙原一蔵と供に、古ノ添の商売用の屋敷に行くことも多くなった。
遼河は人前に姿をさらすこと、それ以上にかえでと離れることを嫌ったが、世話になっている以上それを断れなかった。
それで遼河は、一番信用のおける上妻与一にかえでのことを頼んでいた。
上妻与一はかえでにも剣術を教えた。
かえでに剣の素養があったのか、その剣の腕は少しずつ上がっていると遼河は聞いた。
遼河はそれであってもかえでの身に不安を覚えていた。と言うのも何日か前、山犬の鳴き声が激しくなった時、森の中に青白い燐光を見た。
あれは何だったのか。。まさか、鬼・・・
それが遼河の不安を煽っていた。
遼河の気持ちも知らず、かえでは遊んでばかりいた。
だが、そんなかえでの生活も、遼河が下の屋敷に行くようになってから変わった。
朝飯後に遼河が頼んだ上妻与一との剣術の稽古。その後は暫く子供達と遊んだが、昼飯以降はお福という博多織の職人に着いて、織物を習っていた。
集落には総帥の六郎や、会計、商いを取り仕切る仙原一郎以外にも数多くの者が住んでいた。
上妻一郎は前述したようにこの地の剣術指南であり、その下で十数人の弟子、つまり六郎の部下達が、代わる代わる剣の稽古をしていた。
その中で遼河が見ても腕の立つ者が何人か居た。一人は片瀬盛綱と蔵内政孝と言う二人の男、そして敷島律という女剣士。この三人に遼河は注目していた。
しかし、かえでは、
「あのひと、つよいのよ。」
と、橘千代を指さしたことがあった。
かえでが何を以て強いというのかさっぱり解らず、遼河は幼女の言葉として、それを受け流していた。
それよりも遼河には解せないことがあった。
それは、たまに夜になると「鬼狩り」と称して、数人の者が外出することだった。
その鬼狩りがあった翌日には、遼河は下の屋敷に同行せずとも良い事もあった。
そんな日には剣の稽古とは別に、遼河はかえでを観察して過ごした。
相変わらずかえでは時間が空けば子供達と居るた。中でも仙丸と弥生と一緒に居ることが多く、仙丸とはお互いに竹を持って剣術の真似事をしていた。。
それは子供同士という事もあったのだろう。
大人の中では、二人の女性、敷島律と橘千代に懐いていた。
その他には仙原一蔵の付き人のような存在、山之内猪ノ介とはよく遊んでいた。
しかし、彼を使う仙原一蔵とはどうやらそりが合わないようで、その姿を見ぬとすぐに逃げ去っていた。
それはここの主、鳥尾六郎に対しても同じで、遼河はそれを不思議に感じていた。
鳥尾六郎は自分達匿ってくれる者であり、仙原一蔵は遼河とかえでには特に目を掛けてくれているように感じていたからだった。
そんな遼河の考えは知らず、かえでの態度は変わることはなかった。




