接近・・遭遇(1)
晴海等一行は府中を後にし、湯の村、由布を目指していた。
その地は由布岳の麓に拡がる出で湯の村だった。
「ここは楽しめそうだな。」
晴海は早くも相好を崩していた。
「羽目は外さないで下さい。」
すぐに山田甚八はすぐに釘を刺した。
今や、甚八は目付役のようになっていた。
「そう言うな。
伊予の西条からからここまで何の楽しみもなかっッたのだ。
少しは大目に見ろ。」
晴海は怒ったような声を上げた。
「それでは、京よりの追っ手に捕まっても良いというのですか。」
甚八も声を荒げた。
ここに到るまでに、自分の部下中村平吉、それに雉が付けてくれた大田原権三が死に、途中から仲間になった捕り方の青井廣兼は自身の手で殺した。
それもこれも、晴海の行状によるもの・・・
甚八は思わず歯噛みをした。
「まあ良い・・解ったは・・・」
晴海はその形相に相づちをうつしかなかった。
「じゃが、目的の地に着いてからは十分・・・」
その舌の根も乾かぬうちに、晴海は好色そうな表情を洩らした。
「それも晴海様が実権を握ってからです。」
「実権を握る・・・それはどうやって。」
「その策は、雉様の頭の中にあります。
今はまだ、何とも・・・
とにかく先を急ぎましょう。」
とは言っても、そこで二日の逗留となった。
道は上りから、水分という峠を越えてからは下りとなった。
そこの集落で中食を採り、その先へと足を進めた。
「この後、どう行くのだ。」
「豊後、豆田から川を下り、筑後に参ります。」
「ほう。川を下る・・とは舟か。」
晴海は歩かずに済むことに表情を緩めた。
「さようで・・・但し、急流もあることですから簡単にはいかぬかと・・・」
「落ちて死ぬようなことはなかろうな。」
「そうならぬよう、十分気を付けて下さい。」
甚八は脅す様に言った。
「もの凄い渓谷だな。」
紅蓮坊はそそり立つ断崖を見渡していった。
「この渓谷は・・・」
巴も驚愕するように言った。
「あんた方、何処から来なすった。」
一行の後ろから声が掛かった。
その声の主はそこらの茶屋の主人のものだった。
群猿山、鳶ノ巣山、嘯猿山、夫婦岩・・・その男はここらの景勝について語り出した。
「蕎麦でも食うか。」
紅蓮坊が大声をあげた。
「それよりも泊まれるところを探しましょう。」
巴もまた声を上げた。
「私の所はいかがでしょう。」
さっきの男が、また声を掛けてきた。
「お前の所でも良いが、安くしておけよ。」
紅蓮坊は笑いながら応えた。
兵衛達一行は早朝に宿を出た。
腰には宿で貰った弁当をそれぞれがぶら下げている。
「凄い山道だな。」
山の中を歩きながら、紅蓮坊が呆れたように言った。
「おっちゃんはもう疲れたのかい。」
その声に小太郎が笑いを被せた。
「今日中に日田に着くようにしましょう。
それには・・・」
「歩け、歩け・・・ってことだな。」
紅蓮坊も大声で笑った。
「ところで、京から何か連絡は。」
巴が口を挟んだ。
「俺達は今、身を隠している。
京からの連絡なんかある訳が無いだろう。」
「確かに・・京からの連絡があるとすれば、我等の居所は知れていう事。」
兵衞も紅蓮坊に同調した。
「そうではありません。
源三様と別れる時に頂いた、音の出ない笛です。
あれを使えば・・・」
「小平次の烏か。」
紅蓮坊の大声に・・
「声が大きい。」
巴がそれを叱責した。
「人気のないところで試してみましょう。」
兵衞は頷いた。
それから半刻足らず、山の中で兵衞は音の出ない笛を吹いた。
そこで四半刻ほど待ったが、何事も起きなかった。
「本当にその笛は音が出ているのか。」
紅蓮坊が懐疑的に言った。
「一度見たでしょう。
間違いなく烏には聞こえている。」
巴は毅然と言った。
「と言うことは、近くには来ていないという事ですか。」
「まだ解りません。
朝、夕、吹いてみるに限るでしょう。」
兵衞の声にも巴はその姿勢を崩さなかった。
「頭を抱え込んでいるようだが、どうした。」
槇野信繁は隣を歩く小平次に声を掛けた。
「さっぱり解らん。
二番隊がどこにいるのかが・・・」
小平次は困り果てた顔をした。
小平次と槇野信繁は馬間海峡を渡り、豊前小倉に着いていた。
「笛を吹いてさえくれれば、俺が放った烏たちがそこを特定するはずなんだが・・・」
小平次の困惑の顔は直らなかった。
「とにかく博多までは行ってみようではないか。」
信繁は小平次の機嫌を取りなすように言った。
「とにかく、あいつらを飛ばす。
あいつらは頭が良いから、一度見た大事な者達は覚えているはずだ。」
小平次が音がでない口笛を吹くと、その周りに烏たちが集まり、小太郎の意を呈しすぐに飛び立った。
「お前は、烏と話せるのか。」
「そんな訳じゃない。
が、どうにか意を伝えることは出来る。」
小平次は自慢げに鼻を鳴らした。




