安住の地を求めて
天院坊晴海・・・今はまた名を変え、大悟院快慶という。
大洲で藤原純友の霊を鎮めるの大祭を開いてからは、漁師村八幡浜で同じことをおこない、今は伊予の守護河野家が拠点とする湯築の城下に来ていた。
ここには港を見下ろす小高い丘に石雲寺という寺があり、今は晴海の会計係のような存在となった弥次郎と話した結果、そこで例の大祭をおこなうことになった。
危のうございます・・・山田甚八はそれを止めようとした、
讃岐で崇徳天皇の霊を祀るの大法要を開いた時と同じ名を使い、ここ伊予でまた同じ様なことを繰りひろげる・・・甚八の目から見れば、それは自殺行為にも等しかった。
が、晴海はそれを頑として拒んだ。
それは、金が手に入る・・・それが只一つの理由だった。
それに金にしか眼中にない弥次郎が同調した。
それでも、甚八は危険であることを言い張ろうとした。
「いいじゃありませんか。」
その横から香月鞆子の声がした。
「この人は金儲けの話しには目が無い。
多分、今治を越え、新居浜まででも行きましょうよ。
だけどそこまで行けば、幕府の追っ手の耳に入りましょう。」
「それが困るのだ。」
「そこからの逃げ道を探るのが、あんたの役目だよ。」
そう言って、鞆子はからからと笑った。
晴海の側にはいつも蘇我部充四郎信親が居た。
この男の槍の技は素晴らしく、晴海は己の護衛のようにこの男を側に置いていた。
他には細々(こまごま)とした用事をこなし、その上腕も立つ、木俣弥右衛門。力仕事を任せれば、敵う者が居ない大男、凱全、それに宝蔵院の僧を名乗る大円坊宗寛・・・一行は八人で旅を続けていた。
その一行は湯築の城下で、予定通り石雲寺で大祭をおこない、そのまま東へと進んだ。
甚八はその一行から離れ、今治から新居浜へと急いだ。
「お急ぎですかな。」
夕暮れに甚八の前に見たような男が現れた。
どこかで・・・甚八は思い出そうとした・・だが思い出せない。
「急ぎと言うほどのこともないが。」
甚八は平静を装った。
「左様ですか・・・ですが名の売れた方の従者は大変ですなぁ。」
男は意味ありげに笑った。
「多分、新居浜までは行けますまい。
行けるとしたら西条まで・・・
そこからは逃げるのみ。」
その男は不敵に笑った。
だがそれに甚八は嫌悪感は覚えなかった。
「西条からは石鎚山を目指したが宜しかろう。」
甚八はその言葉を素直に聞けた。
「石鎚山に登る中途に神社があります。
そこまで来たら道を西へ・・・」
それからその男の話は続き、山の中を通る道を、絵図面を示しながら甚八に話して聞かせ、甚八はそれを了承した。
湯築の城下でも大悟院快慶と名乗った晴海は大祭をおこない、その足はそのまま東へと向かった。
ゆったりと三日をかけ、今治に着いた。
そこでも人を集め、弥次郎は集まった金にほくほくとしていた。
それは晴海も同じだった。
だが、晴海は金儲けだけを考えていた訳では無かった。
四国では金儲けと割り切り、何処ぞに安住の地を求める。
そこでここで稼いだ金で勢力を張り、行く行くはその勢力と伴に京に帰り、自分を陥れた前村教貫に引導を渡す。
晴海はそう考えていた。
だが、何処を安住のちとするのか・・・
四国を去り、中国に移ったとしても、当初、身を隠す場所は限られるであろう。
山陽ではなく山陰に移れば、身を隠すには最適だろうが、その後の展望が読めない。
やはり九州か・・・晴海の考えは決まった。
とにかく金稼ぎ・・・
晴海は弥次郎を呼んだ。
「銭はどれ程集まっている、」
「既に金にして四百近くは集まっております。」
「それを金十ずつ、五つに分けよ。」
そう指示を出し、晴海は木俣弥右衛門を呼んだ。
「その方、使いをしてくれ。」
「どちらまで。」
「弥次郎が金包みを三つ持って来る。
それを大洲、八幡浜、湯築の世話になった寺社に施す。
その際、くれぐれも我等のことは・・と口止めをして参れ。」
「それは承知いたしましたが、何処で合流を。」
「儂はここから西条に向かう。但し四日をかけゆっくりとそこに向かう。
その方の脚を持ってすれば、四日もすれば間に合うであろう。」
晴海の声に弥右衛門は頷き、弥次郎が持って来た五つの金包み三つを手に、すぐに旅立った。
「残りの二つは・・・」
弥次郎が訊いた。
「一つはこの寺に。
もう一つはここより東で使う。」
「金十とは法外過ぎはしませんか。」
弥次郎はいかにもその金が惜しそうに言った。
「それ位渡さねば、口止め料にはならぬ。」
晴海は笑い、弥次郎に代わって甚八を呼ぶように言った。
「お前の考えでは何処まで行けそうだ。」
甚八が入ってくると晴海はすぐに訊ねた。
「西条までが精一杯でしょう。」
「何故。」
「讃岐での件が在り、幕府の捕り方が讃岐から阿波までその目を拡げています。
その一部は土佐へも向かったようですが、それは一時身を隠したのが功を奏し、我等の足取りを追えては居ないようです。
ですが阿波に入った中の極一部が、ここ伊予にまで足を伸ばしているとか・・・」
「よく調べたな。」
「いいえ、私ではなく、雉様からの情報です。」
「雉はこっちの動きは知っているのか。」
「先にも申したように、雉様にはこちらのことは一切伝えておりませぬ。」
その答えに晴海は頷いた。
「ところで、西条までとして、その後はどうする。」
「そこからは身を隠します。」
「どうやって。」
「夜中に西条を抜け出し、石鎚山を目指します。」
甚八は晴海の目の前に絵図面を拡げた。
「ほう、大したものだ。」
晴海はその用意の良さに目を細めた。
「道は険しくはありますが、西条から南へ向かうと神社がございます。」
そこから甚八は蕩々と語り出した。
それは自分で考えたもののように口から言葉が出た。
四国の険しい山中を縦走して町中へは入らず、佐多岬の突端、三崎までを行く。
そこからは漁師舟に分乗して九州の豊後佐伯を目指す。
「そこからは・・・」
「解っておる。
もう目立つことはせぬ。」
晴海はニヤリと笑った。