電気ポット
付き合ってから1ヶ月の彼氏と
ドライブ行ったんだ
この彼氏
仕事先で知り合ったんだけど
妙に馬が合って
段々とプライベートな話もするようになってた
そしたら
「元カノがストーカーちっくになってしまい
ちょっと逃げるのが大変だった」
って話をしてきてさ
「それは面白いな」
と興味深く聞いてたら
「話を聞いてくれる人だ」
と体のいい勘違いをしてくれたらしくて
まぁね
元カノは話を聞いてくれなかったんだろうね
ストーカーになるくらいだし
それでさ
彼の勘違いは幸運にも続いてくれてね
告白されて付き合うことになったんだよ
でも
仕事が忙しくて(主に彼の方が)
丸一日のデートはその日が初めてで
ドライブの目的地
名前なんだっけ
忘れちゃったけどその地域では一番大きな湖を眺めに行ったんだ
カップルなら
ボートに乗るのが定番なんだろうけど
カップルが乗る2人用の手漕ぎボートは
数少ない上に全部出払ってた
スワンより安いからかな
スワンは疲れるからいいよ
私も漕がなきゃいけないじゃん
コアラならとかそういう問題ではない
とにかくね
ボートは諦めて
近くにある小高い丘の2人乗りの観光リフトに乗ったんだ
リフト乗るとさ
写真撮ってくれるあれ
「強制記念撮影スポット」
あるでしょ
例に漏れず私たちも撮られたんだけど
記念だしね
せっかくだし買っていこうかと
特に何もない
記念碑があるだけの
丘の上をうろうろした散策後に
貼り出された写真を探そうとしたらさ
写真が貼り出されてるボードに貼り紙があってね
「○○時○○分頃
機材の故障により一部お客様のお写真が現像不可になりました」
って
書かれた時間的に私たちの撮られた時間がピンポイントで
探してもやっぱりなくて
「仕方ないね」
ってあっさり諦めた
こんなこともあるんだね
それでさ
丘の上のちっちゃな売店やお土産屋さん冷やかしてから
仕事の電話がかかってきた彼氏を待つために
私は
リフトで撮られた他の人たちの強制記念写真を眺めてた
他にすることないし
そしたら
強制記念写真撮影小屋から
休憩らしいスタッフさんたちが出てきた
多分
お客さんが途切れたんだろうね
オフシーズンのせいか確かに人も少ないし
スタッフは2人
小屋のすぐ脇の小さな灰皿囲んで煙草吸い始めてね
美味しそうに吸うなぁって思ってたら
「あのぉ、ああいうのよくあるんですか?」
「ないない、初めてだよあんなの」
って
機材の故障の話かなと思ったら
「あれ、なんですかね?あんなん初めて見ましたよ」
「いや、俺だって初めて見たよ
どうすんのあれ
普通に破棄して呪われたりしないの?」
「え、え?多分……平気ですよ
いや、やめてくださいよ、呪いとか言うの
でもホントに
何ですかあれ
顔だけぐちゃぐゃになって写るなんて普通ないですよ
あんなのまるでっ」
って勢い込んだ新人さんらしき人が顔をあげたんだ
そしたら
少し離れた場所にいる私と目が合って
向こうから気まずそうに逸らしかけて
なぜか固まったよね
なぜかね
それで
もう一人のスタッフも固まった新人さんを見て
「?」
って振り返って
私を見て動き止まったよね
そしたら彼氏が呑気に
「お待たせーごめんね」
って走ってきてさ
タイミング最悪だなこいつ
スタッフの2人は煙草もそこそこに逃げるように小屋の中に戻って行った
え?
ねぇ
ちょっと待ってよ
『顔だけぐちゃぐちゃ』
って、何?
彼氏の?私の?2人の顔?
話をまとめるとさ
ううん
まとめるまでもなく
あの人たちが
リフトに乗っていた私たちの写真撮った
撮れたそれが
どうやらスーパーレアな心霊写真
売り物として出せなくて機材の故障として片付けたけど
現物の処分に若干困っていること
そしたら
すぐ近くに
顔は判別出来ずとも
多分着ている服で顔ぐちゃな本人たちがいた
うん
我ながら謎解きは完璧だ
ふふん
出てきた答えは
簡単には受け入れたくないものだったけれど
薄情な私はさ
たった一ヶ月の
浅漬けより浅い付き合いの男より
我が身可愛さだけに
どっちの顔がより麗しい事になっているのかを知りたかったけれど
万が一にも自分だったらと思うと
写真小屋へ特攻して
「写真を見せてくださいな」
と押し掛ける勇気もなく
試しに
下りのリフトは強制記念撮影はなかったから
自分のスマホで彼氏とツーショットしてみたけど
そこには
見慣れた作り笑顔の自分と
彼の下手くそな笑顔が写ってるだけだった
もしかして
帰り道
交通事故にでも遭って悲惨な死でも迎えるのかな
まだちょっと死にたくなかったな
とか考えたけど
巻き込まれたのは渋滞だけで済んだ
それからしばらく色々考えたり心当たりを思い出してみたりしたけれど
原因はやっぱり
彼の元カノくらいしかないんだよ
なぜあそこだけピンポイントで出たのかは謎
だったんだけどね
すぐに解ったよ
あれはね
ただ単に
始まりの合図だった
「カーンッ」
てね
まず
部屋には変な生臭さが
生ゴミじゃなくて
こう
もっと生き物に近い獣臭さが漂い始めた
友達には心配かけたくないから何も言ってないのに
会っただけで
なんか深刻な顔してお守り貰えた
部屋に遊びにきた妹にも
「効果あるかわかんないけど」
と魔除けのアロマとお手製のお守り貰えた
器用だね我が妹は
でもさ
お守りはいくつも持つと喧嘩するって聞いたことあったから
友達から貰ったお守りを
部屋のテーブルに置いておいたら
帰宅した時には
熱い手で握りつぶしたかのように焦げ跡があって変形してた
私がそんなことになってる間
彼氏の方も私ほどではないものの
彼氏の周りに彼氏のことを聞いてくるような人間が現れたらしく
でもそれは元カノではないらしい
わざわざ興信所でも雇ったのかもしれない
暇人め
それでさ
私は
別に意地になってるわけでもなく
こういうのもなんどけれど
私もね
なんと言うか人並みには
彼氏のことをそれなりに好きだったらしいんだよ
暇人の元カノストーカーのことは
2人で乗り越えて行こうと決めてね
どうするのが一番いいかとか考えたり話したりしてたんだ
無駄でもね
その姿勢が大事
そう思ってたんだけど
仕事のお使いで外に出た時
横断歩道の信号待ちで車が走ってくる瞬間
思い切り背中を誰かに押される感覚で車に轢かれかけた
周りにいた人の話だと
私の後ろには誰もいないのに
確かに誰かに押されたようにつんのめったって
車もスピード出てなくて急ブレーキ踏んでくれてね
車にも当たらずに
「ただ私が勝手に一人で転んだ」
で済んだ
済んだで済ませていいのかは謎だけど
彼氏の方は
点検終えたばかりのエレベーターに閉じ込められたって
男には随分甘いね
まぁその間知らない番号3件くらいからひっきりなしに着信があり
電源を切ったとは言ってたけど
それで後で知ったけど
彼は私に言わないだけで
それなりの目に遭っていたらしい
甘いとか思ってごめん
それでね
結局
ああいうの
ストーカーね
無駄に刺激しちゃいかんと言うし
おとなしく波が退くのを待とうかと
お付き合いは続けるけれど
会う時間を少し減らそうかなんて話し合っていた矢先
彼氏
仕事熱心だったからね
実は前から希望していた海外での仕事が
なんと
棚から牡丹餅的に決まったんだって
凄いな
それでさ
「おめでとう」
と素直に祝福したら
「ありがとう
結婚して一緒に来てくれませんか」
だって
あら?
あらら?
私は
とりあえず「彼」という存在だけでも遠くへ行ってしまえば
元カノから無作為に撒き散らされる怨念やら執着やらあれやこれやも多少収まると思ったんだけどね
「君を一人にさせられるか」
ですって
まぁまぁ存外情熱的ですのね
なんてね
冗談はさておき
プロポーズを受けるのならば
急遽決まった海外赴任
元カノのなんかやんかより
出発の準備を急がなくてはならないし
私は仕事を辞めるから引き継ぎもしなくてはならない
急いで互いの親に顔を見せて話もしてさ
私の両親は勿論
彼のご両親も
純粋に諸手を上げて結婚を祝福してくれた
ただ
我が妹だけは
しっかりと祝福してくれた後
「うん、しばらくは日本にいない方がいいかも」
だって
妹よ
君には一体何が見えているのか
彼と元カノはね
知り合いの紹介だったらしくて
そう近いわけでもないけど
情報を掴もうとすれば割りと得やすいらしくて
当然
彼の海外赴任と婚約も伝わってしまったらしい
自分で情報を入手していたのかもしれないけれども
それでさ
そうなんだよ
それを聞いた元カノはさ
まだ
期待していたんだって
この期に及んで
「一緒に来てくれないか」
って彼からの言葉を
でも
現実は
「彼女にプロポーズして、一緒に行くみたいだよ」
って
聞かされた
あの
そのね
少し
ほんの少しだけ
「気の毒かも」
なんて
そう
間違っても思ってはいけない人間が
誰より何より
一番思ってはいけない私が
思ってしまったからなんだろうね
彼の部屋の引っ越しの準備を手伝いながら
一息吐こうかと
電気ポットからお湯をカップに注ごうとした時
カップに
お湯ではなく真っ赤な液体が
血液と思われる
赤い
とても
とても赤いものが
しかも
血だけではなく
肉片らしきものや脂肪らしき白いものまでが
トポポポポ……
と湯気を上げながら溢れ
視界だけでなく
その血の臭いまでも鼻腔で感じてしまったその時
それは
彼の元カノが見晴らしのいい景勝地で
彼氏と行った思い出の場所
その駐車場の愛車の中で
自分の喉許をナイフで突き刺し
自殺してた時間と一致してた
私は
さすがに電気ポットが
トラウマになって使えなくなった
ヤカンも無理
鍋でお湯沸かして
何とか日々を凌いでいる
好き嫌いがないことがひそかに自慢だったけど
食べられなくなったものも
増えた