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0.04 BOYS  作者: 杉浦このは
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1. 始まりの地

-フェンシング-

それは、2人の選手が対峙し、片手に持った剣を使って相手の有効な面を攻防する競技である。ヨーロッパ中世の騎士道華やかなりし頃、「身を守る」「名誉を守る」ことを目的として磨かれ、ついにはオリンピックの競技となった。


時は、2024年パリオリンピックエペ団体決勝。日本対ハンガリー。25-25、延長1分。フェンシング発祥の地、グランパレは熱狂していた。観衆が見つめるは、2人の剣士の雌雄の行方。背中に日本を背負い、チームで最も小柄ながらもアンカーとして戦う最強の剣士の勝利を、五十嵐晴樹は願っていた。

「踏ん張りどころだ!!頑張れ!!」

会場の声援に飲まれ、自分の応援など届きもしないだろうが、五十嵐は必死で声を出していた。

「en garde(構え)」

審判の声が、グランパレに響く。その瞬間、声援は消え失せ、グランパレは沈黙した。張り詰めた闘志による緊張が五十嵐の心臓をドクンっ、ドクンっと鳴らしていた。

ゴクッ、誰かのつばを飲む音が聞こえた。

「Etes-vous prêts (準備は出来たか?)」

両者、沈黙。それは、決戦の合図。

「Allez! (始めっ!)」

決戦が、始まった。

日本選手は細やかなステップで、攻めの姿勢をみせ、対してハンガリー選手は引きながらも、日本選手の剣を利き手側から抑え、反応を窺っていた。先にしかけたのは、日本選手だった。剣のポイントを相手のガードにつけ、その流れで相手の膝をつく動きだった。しかし、ハンガリーの選手は、最小限の動きで右足をひき、それを回避した。

「あっっ!!」

五十嵐の口から、自然と声が漏れた。自分であれば、すぐに引っかかっていたであろう。誰でも、剣先は意識するものだ。それがガード近くにあればなおさら意識する。エペにおいて、自分から最も近い有効面は手である。つまり、剣先が手の近くにあるということは、首にナイフを当てられるのと同義。攻撃してきたら殺すぞという意思表示。しかし、どちらも世界レベルの選手である。その攻撃できない状態でも反撃できる実力を持っている。それを見越しての膝。予想外の一撃だったはずである。しかし、人外の反応速度でそれを回避。反撃に出る。膝を突こうとした場合、日本選手の上体は前に出る。そこが狙い目。無防備になり、かつ距離が近くなる。その一瞬を逃す甘い選手など、グランパレにはいない。ハンガリーの選手は、凄まじい速度で、肩をつきにかかる。しかし、それすらもフェイク。日本選手の鍛え抜かれた強靭な筋肉が前屈みになった上体を一気に引き戻す。それと同時に剣を時計回りに小さく回し、相手の伸ばしてきた剣を外側へ抑えにかかる。が、それを察知したハンガリーの選手は、鮮やかなステップで後ろに下がり、それを回避した。

会場は凄まじい声援に包まれた。この一瞬の攻防に、今までの経験、努力、そして双方の選手の才覚、全てが詰まっていた。

牽制は続く。日本選手は相手が手元に剣を見せてきたら、相手の剣を剣で時計回りに抑え、短く突き返す、それを繰り返しながらファント(大きく踏み込む動作)の機会を窺う。次に仕掛けてきたのは、ハンガリーの選手であった。一瞬、大きくマルシェ(前へのステップ)を踏んだ。それに反応するのは日本選手。小さなロンペ(後ろへのステップ)を踏みながら、距離を調節し、素早く突き返す。しかし、それはフェイク。ハンガリーの選手は小さくロンペを挟みながら、日本選手の肩をついた。

ピーーーーーー。有効面をついたことを示す音がグランパレに鳴り響く。

五十嵐からは、日本選手とハンガリー選手、どちらも同時についたように見えた。しかし、0.04 秒を制したのは、ハンガリー選手であった。

「UOOOooooooooooo!!!!!」

ハンガリー選手の雄叫びが場内に響き渡った。



五十嵐はその時自分に問うた。

自分は将来この場で戦うことができるのかと。

凄まじい攻防、そのプレーに見え隠れする凄まじい努力の跡。努力に裏付けられた自信。五十嵐は中学生ながら、それを感じていた。

ふと、自分がプレーしている姿を想像してみる。何年後か、自分が日本代表として日の丸を背負って戦う姿を。そして、日本を優勝に導く自分を。

「いつの日か、絶対に」

五十嵐はそう心に誓うのであった。


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