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マシューさん達がいなくなると、入れかわりに新入生が別館にやってきた。相変わらず女の子は私一人。伯爵様は女性の修学にはさほど熱心ではないみたい。女性が学業を修めることに反対する人は少なくないと聞いているけれど、伯爵様もそうなら親戚とはいえどうして私を学校にやろうと思ったのだろう。ジョアン様の家と同じく、学歴をお嫁入り道具の一つと考えているのかしら? うちはお婿さんをもらうから、お嫁入り道具にはならないけれど。
学歴を持つ女性を嫌う人からすれば、お嫁入り道具どころか生意気な女だと倦厭されてしまうかもしれない。そんな考えの人に領に来てもらっても困るわ。
お父様、お母様はどんな人を選ぶのだろう
自分で選べない不安もあって、自分の結婚のことはあまり考えたくなかった。
ある日、学校の中で、見知らぬ二人の男子学生から声をかけられた。
「失礼だが、ソーントン家のご令嬢か」
「は、はい。そうですが…」
上の学年の方のようだったけれど面識はなく、どちらも貴族家の方のように見えた。声をかけてきた方はずいぶん目つきが鋭く、何か粗相でもしてしまったのかと不安になったけれど、もう一人の方はおっとりと穏やかそうで、わずかに見せた笑みが私の警戒心を解いてくれた。
「マリアベル、ソーントン?」
「マリー-ベルです」
「ああ、すまない。きちんと確かめたわけじゃないから」
怖そうに見えた方がすんなりと謝罪した。見た目は怖いけどそんなに居高い方ではないのかもしれない。でも確かめるって、どういうこと?
戸惑う私に軽く咳払いし、握手を求めるように手を差し出してきた。
「名乗りもせず失礼した。私はラルフ・アッシュクロフトだ。こっちはオリヴァー・ブルックス」
アッシュクロフト家もブルックス家も侯爵家。学年が違うお二人と話す機会などなく、夜会にも招かれたことのない私にはそのお顔さえも知り得なかった。
慌てて頭を深く下げると、もう一人の方、ブルックス様が
「学校では平等だ。頭を上げて」
そう言って、顔を上げた私の手をつかみ、気が付けば先に手を差し出してくださっていたアッシュクロフト様より先にブルックス様と握手をしていた。
「君のような人で良かった」
にこやかに笑顔を見せるブルックス様。まだ手が離れない。
「その様子じゃ、まだ君の元に話は行ってないんだね。…実は君が僕の婚約者候補に挙がっていると聞いてね。どんな人か見てみたかったんだ」
突然の婚約者候補の出現に、私は目を見開いて立ち尽くすしかなかった。
この優しげな人、オリヴァー・ブルックス侯爵令息が、私の婚約者候補? …信じられない。
「あくまで候補だよ。まだ人に言ってはいけないと言われているのだけど、当人だし、…君のような人なら歓迎だ」
学園にいる間にお相手を探しておくとは聞いていたけれど、まさかの展開。本当なのかしら。
「あの、…今は伯爵家で居候してますが、伯爵様は伯父で、私の家は子爵家で、領を継ぐ方を探していると両親から聞いているのですが、その…、」
ブルックス様は私の質問に首を傾げきょとんとしていたけれど、アッシュクロフト様が察して答えてくれた。
「こいつはブルックス家の次男だ。家は長男が継ぐことが決まっているから養子になるのは問題ないだろうが…」
だろうが…、?
そこで止まった言葉に,どんな辛辣な言葉が続くのかと心配していたけれど、
「おまえ、そんなにスムーズに話せるなら、わざわざ俺を呼ぶ必要ないだろ?」
アッシュクロフト様がブルックス様に軽く肘鉄を食らわせた。
「いや、女性と話すのは慣れていないから」
「俺だって慣れてないんだよ!」
ぼそぼそと話し、つつき合う二人。
お二人は仲が良いのね。もし婚約者候補が変な令嬢で、高飛車だったり絡まれたりしたらブルックス様を守ろうとする気概は感じられた。何だか友人と言うより、護衛のよう。
思わずぷっと吹き出すと、二人は絡み合うのをやめてちょっとすましたふりをした。
「まだ確定ではないけれど、…これからもよろしく」
再度ブルックス様に握手を求められ、そっと握られた手は大きくて柔らかだった。