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お父様からいただいていたお金で教科書や文具を買いそろえるつもりだったけど、少し心許なかった。できるだけ切り詰めようと思っていたら、伯爵家から学費が支給され、教科書代を払ってもまだ余裕があり、お金で困るようなことはなかった。修学支援は伊達じゃなかった。
履修科目の申し込みをしていて、学校に登録されている私の名前のスペルが違うのに気が付き、直してもらった。伯父が誰かに入学の手続きを頼んだようなので間違ったのだろう。Marie-bellのハイフンのありなしやLが足りないのはともかく、EとAの違いはちょっと嫌だった。私への関心のなさが伺えた。
伯爵家から通っていたから皆さん私を伯爵家のご令嬢と間違えていたけれど、実は子爵家の娘だとわかると一部の人は目に見えて冷たくなった。貴族にとって家格はそんなに大事なんだと、今更ながら実感した。
クラスは男女別だった。女子は三クラスあって、成績順にABCクラスに分かれている。さすがAクラスだけあって優秀な人が多かったけれど、五人ほど授業をほとんど聞いていない人がいた。どなたも高位貴族の方で、あまり勉強はお好きではないのかいつも退屈そうにしていた。眠っていてもいびきをかいていなければ先生もほったらかし。試験ではそこそこ良い点を取っているから、今の単元は既に家で学んだことなのかもしれない。優秀な家庭教師をつけ、学校で学ぶ以上の学力を身につけている方も多いと聞いている。それでもせっかく学校に入り、優秀な先生方がたくさんいるのにもったいない。
もちろん今の私には家庭教師などいないし、領に戻れば学ぶ機会なんて本当に限られてしまう。このチャンスを逃さないよう授業をしっかり聞き、わからないところは先生に聞いて、何とか後れを取らないように頑張った。
学校では数学、語学、社会学の他、美術や音楽、男子には武芸、女子には家政の授業もあった。美術や音楽は私はまるで駄目で、幼い頃から教養として学んでいる方々には到底及ばなかったけれど、新しいことを学ぶのは楽しかった。オペラを見に行ったり、美術館や博物館に行くのは本当に楽しみで、何にでもすぐに感嘆の声を上げる私はよく笑われていたけれど、嘲笑だけではなく、仲良くしてくださる方も増えていった。
公爵家の令嬢ジョアン様とオペラ鑑賞後の感想発表会で意気投合し、愛読書が共通していることがわかるとすっかり仲良くなり、今では本を貸し合う仲になっている。
ジョアン様は卒業すると結婚することが決まっていて、卒業証書はお嫁入り道具の一つだと言っていた。
「それでも、こうしていろんな方と出会える機会を持てたのはとても楽しいことだもの。この四年間を有意義に過ごしたいわ」
校内でジョアン様の婚約者レイモンド様と昼食をご一緒することもあったけれど、ジョアン様はいつになく緊張していた。苦手なのかしら? と思っていたら、実はその逆で、公爵令嬢としての矜持を保ちながらも、冷たく見えてないか心配で、嫌われたくない思いが強くて、本人を目の前にするとうまく言葉が出なくなるのだとか。
見たところ、レイモンド様には余裕があって何でも受け止めてくださりそうだし、ジョアン様を見守る目は優しく、お二人の関係はきっと良い方向に向かうだろうと思えた。