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 ノークスに向かう日、侯爵家の見るからにすごい馬車が迎えに来てみんな驚いていた。

 領主様のご子息であるラルフ様が騎乗して護衛のように馬車に併走し、使用人になる私と騎士団の下っ端のエリックが馬車に乗るというあり得ない光景。

 緊張と恐縮で小さくなっていた私に、エリックがしわしわになった封筒を差し出した。

「これ、やるよ」

 それは三日前にラルフ様が握り潰した手紙だった。

「もともとおまえに宛てたものだし」

 ニヤニヤ笑うエリックに、何か企んでるだろう事は察したけれど、とりあえず読んでみることにした。



  拝啓 マリー殿


  爽やかな風が心地よい季節になり、貴殿におかれてもますますご健勝のこと喜ばしい限り。

  さて、ウェントワース家より貴殿を引き取り、雇用したいと申し出があった。

  手紙を預かったところではあるが、当アッシュクロフト家でも貴殿を雇用したい意向があり、是非前向きにご検討願いたい。


 職種: 領経営事務 騎士団事務および団員の世話係 副団長秘書

 待遇: 休日 週に一日 別途休暇あり

     住み込み 三食保証 週二回甘味提供

     住み込みを希望しない場合、住居提供可能

     公用の衣服支給 その他服装代・身支度に必要な経費補助

     三年契約 その後申し出がない限り自動的に延長。

     ただし契約解消時は必ず事前に申し出ること。

     無断でいなくなった時は罰金あり。

     …


 以下略。


 …なにこれ。求人?

 なんか、妙に細かいんだけど。ジョアン様への対抗??


「悩んでこんな勧誘の手紙書いておきながら、手紙だけじゃ勝てないからって結局直談判にきりかえてさ。逃したくないんだなぁ」

 ちろーんとこっちを見ながらにやつくエリックに、 ? しか浮かばない。

「今日だって俺がマリーを連れて行くって言ってんのに、朝になって押しかけてきてさ。そのくせ同じ馬車にも乗れないへたれっぷり」

 へたれって。

「馬に乗るのが好きなんじゃない? 私も好きよ」

「馬、乗れるのか?」

「領ではよく乗ってたから」

「ひゃー、やっぱり元貴族様だなぁ。俺みたいな下っ端騎士見習いじゃ馬なんて乗れないし、こういうお使いでもないとこんないい馬車なかなか乗せてもらえないんだ」

「私だってこんな立派な馬車、乗ることはなかったわ。もっと格下の馬車で充分なんだけど…」


 エリックのニヤニヤを横目に、もう一度手紙(?)に目を通してみる。色々気になることだらけ。

「副団長って、誰?」

「あの人」

 エリックは窓の向こう、騎乗する人を指さした。

 背を伸ばし、慣れた様子で速歩で併走するラルフ様は、強面がかえって様になる。

「副団長なんだ」

「今はね。そのうち団長になるだろ。今の団長は長兄のオスカー様だけど、領を継ぐから」

「騎士団長って、世襲なの?」

「いや、誰でもなれるって訳でもないけど、アッシュクロフト家の人間が強すぎて、他の人の出番なんてないよ」

 侯爵様もがっちりとした体格で、見るからに鍛えられた武人だった。家名に甘んじることのない実力主義な家柄なのだろう。

 とはいえ、副団長秘書って…、何? 団員の誰かで何とかなりそうだけど。

「その手紙は捨ててあったのを拾ってきたもんだけど、あの人の本気がどの程度のもんか参考にしてくれよな」


 本気の程度、と言われても、あの手紙から読み取れるのは「雇用」以外にない。

 ちょっぴりときめきかけていた気持ちをすーっと冷静にしていくほどに。勘違いするなと念押しされているんじゃないかと思うほどに。




 領都ノークスにある領主の館に着くと、そのまま応接室に招かれ領主夫妻にご挨拶することになった。

 久々にお会いした侯爵様は、いきなり

「すまなかった!」

と額を地面にこすりつける勢いで平謝りしてきた。…侯爵様なのに。

「おまえがマリアに呼び出された事を陛下がかぎつけ、自らマリアを尋問すると言い出してな。確実な証拠をつかんだら卒業式まで泳がせろと言われ、その場でマリアを捕らえられなくなった。そのせいでどのタイミングでおまえを救出に向かうか、慎重になりすぎた」

「はあ…」

「言い訳をしたところで許されるとは思っていないが…」


 王様からの無茶な注文に侯爵様は逆らうことはできなかったといったところでしょうね。

 王の不興を買ったら一家取り潰しだってあり得るのだから、家長としては応じるしかない。侯爵家の命運と一平民の命では比べるまでもなく、それが身寄りもなく後腐れのない私のような人間ならなおさら。貴族の判断としてはよくあることだ。


「だからって、囮役をお願いしながら守れもせず、危うく人を死なせるような真似を許せるとでも?」

 侯爵様の隣に座っていた奥様は笑顔で怒っていた。ラルフ様は剣の鞘を引き寄せ、殺気がにじみ出ている。私のために怒ってくださっているのだけど、お二人とも侯爵様に向かって容赦ない。

「陛下だけでなくあなたもまたマリアの証拠確保に熱が入りすぎたのではなくて? シェリーのために誰かが死んだなんて事になったら、あの子が化けて出ますわ」

「…面目ない」

 私からすれば侯爵様ともあろう方が素直に謝る方が驚きなのだけど。既に賠償金もいただいてることだし、これ以上事を荒げる気はなく、そのまま謝罪を受け入れた。


 この後、早速雇用契約を取り交わすことになった。あの手紙ほど細かな取り決めはなく、私はアッシュクロフト家で執事のロッシュさんについて仕事を学ぶことになり、合間に週に二日間、午後だけ騎士団副団長秘書をすることが決まった。

 仕事は三日後の週明けから。のんびり休んで街に慣れるよう言われ、お言葉に甘えることにした。




 お休みの間に手紙を書いた。

 ジョアン様には手紙のお礼と、お誘いいただいたのに無碍にしてしまったお詫び、今アッシュクロフト家でお世話になっていること、そして優秀な人材としてマシューさんはじめ伯爵家で修学支援を受けていた人達のことをお伝えした。五年縛りの雇用も伯爵がいなくなった今なら何とかなるかも。


 その後マシューさんと私達と同じ学年だったティムさんの引き抜きに成功したとお礼の手紙が来た。さすがジョアン様。


 ソーントン子爵家には私の居所は教えず、手紙だけ渡してもらえるようお願いした。



 ソーントン子爵家の皆様


  先日はお手紙をいただきありがとうございました。

  親のない私を大切に育てていただいたこと、深く感謝しています。


  自分の全てを奪われ、帰る所を失った後、

  私はマリー-ベルでなくならなければ生きていくことができませんでした。


  私は今、私として生きています。

  誰かの代わりではなく、

  私でもいいと妥協されることもなく、

  私そのものを認めてもらえることに喜びをかみしめています。

  もうマリー-ベルに戻ることはできません。

  せっかくのお申し出をお受けできないことをお許しください。


  マリー-ベルの部屋は早々にお片付けになってください。

  代わりではない大切な方を受け入れるために。


  愛をくださり、ありがとうございました。

  お元気で。

               マリー



 アッシュクロフト家からソーントン家へ届けてもらった手紙を見て、子爵様から口頭で「わかった」とだけ返事があったと聞いた。


 その後、養護院にオリヴァー様から私の居所を尋ねる手紙があったようなのだけど、どこにいるかはわからないと答えるとそれっきりだったそうだ。


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