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 封を開けようとした時、外へ続く扉が開き、早歩きで入ってきた人に手にしていた封筒を取り上げられ、握りつぶされた。

 突然登場したのはラルフ様だった。領主様のご子息が何でこんな片田舎の養護院に…。

 驚いて見上げていると、初めて会った時のように睨みつけるような目でじっとこっちを見てきた。この人、黙っていると妙な威圧感があって怖い。

「な、…何か用ですか?」

「…に来た」

「………はい?」

 ぼそぼそと聞き取れない声に聞き返すと、一転、馬鹿でかい声で

「おまえを連れに来た」

と言ったきり、続く沈黙。

 頭を掻き、つま先で床をつつき、落ち着かない様子なのはわかったけれど、私が困っているのを察したのか軽く咳払いをしてようやく話を進めてくれた。


「ウェントワース夫人がおまえが生きているんじゃないかと探りを入れてきた。放っておけば強引に突き止めようとするだろう。つなぎをつけるからおまえからの返事を待ってもらうことにしたんだが、オリヴァーの奴もレイモンドから聞き出したみたいだ。…あいつはおまえとよりを戻したがっている」

「…そのようですね」

 概ね、今読んだ手紙の内容通り。よりを戻したがってるとか、そんなことまでご存じなんだ。まあ、元々オリヴァー様とはお友達だし。


「…おまえがウェントワース夫人のところに行きたいなら連れて行く。オリヴァーのことを今でも愛しているなら、子爵領まで責任を持って送る」

 オリヴァー様に「愛」という言葉に、うえぇっとうっかり顔をしかめてしまった。ダメだわ。心を隠せなくなってる。でももう令嬢じゃないんだからいいわよね。

「いえ、そこまでしていただく訳には」

 謹んでお断りしようとしたのに、私の言葉を遮るように大きな声で

「だが、俺にも提案させてもらいたい」

と言ってきた。

 …提案?

 脅しと思えるくらいに怖い顔なんだけど、これは緊張してる顔。この人は見た目ほど怖い人じゃない。


「…どのようなご提案でしょう」

「うちの領で執事の補佐として雇いたい」

 雇う?

「執事の補佐? 侍女じゃなくて?」

「その方が向いているだろう。おまえは成績優秀だし」

「…それを証明する物、ないですけど」

「そんなものいらん。俺が証人だ」

 ジョアン様と同じ事を言ってる。


「遅かれ早かれここにいることは他の連中にも嗅ぎつけられるだろう。いつまでも引きこもってないで、おまえの力をうちの領で活かさないか? 俺の家にいれば変な奴が来ても守ってやれる」

 変な奴…。もはや命を狙うような人はいないはずだけど、来てほしくない人はいる。

 それにしても、守るって、この人は未だに私に罪悪感を持っているのかしら。罪滅ぼしだとわかっていても、守ってやれる、なんて言われると、ちょっと嬉しかったりする。

「今度は絶対に守る。ノークスに来い。おまえがここでやっている仕事は新しくできる学校に任せればいい」

 任せれば? …あれ?

「わたしがここで子供達に文字を教えてたの、ご存じなんですか?」

「当然だ」

 当然なの?!

 と言うことは、私がここにいたことをずっと知ってたって事? エリックでなくて、ラルフ様が?

 何故?


 ラルフ様はどんどん怖い顔になっていった。

「死にかけて二日で出て行きやがって。…おまえみたいな奴、ほっとけるか」

 それはあの時の私に対する怒り。思い出し笑いならぬ、思い出し怒り?

「たとえ妹の敵を取るためだろうと、誰かを犠牲にするなどあり得ない。あんな囮になる話なんか二度と受けるな。あんなことをおまえに頼むなんて、自分の親でも腹が立って、危うく刺すところだった」

 刺す!?

「刺さなかったけど、剣は抜いてましたよね」

 プリプリ怒っているラルフ様とは対照的に、エリックはちゃかして楽しんでる。

「女の子を死なせかけたって聞いて、領主様は奥様に一ヶ月も口きいてもらえなくて、大変だったんだぜ」

 あの強面のたくまし系侯爵様が奥様には弱いのね。意外だわ。

「二度と父におまえを利用させない。絶対にだ。母も保証している。うちが嫌ならノークスのどこかいい家を紹介してもいい。俺の目の届く所に、いてほしい…。…考えてみては、もらえない…だろうか」


 ついさっきまで、世界全てが私を嫌っているように思えていた。なのに、急に引く手数多になって、信じていいのかわからない…。

「おまえがどこにいても安心できるようにしてやりたいが、俺にはそこまでの力はない。俺は無力な人間だ」

「あなたが無力なら、私は邪魔者ですよ」

「邪魔じゃないっ!」

 怒られて身がすくんだけれど、その怒りは私が欲しかったもの。それなのにラルフ様の方が萎縮してしまった。

「…すまない、怒鳴って」

「いえ、…私を心配してくださっているのはわかりますから」


 この人なら本当に守ってくれるかもしれない。私が困った時にはきっと手を差し伸べてくれる。目を背けたりしない。知らないふりなんてしない。

 あの時、ただ沈んでいくしかなかった私。

 この人に守られていたなら、たとえ守り切ることができなかったとしても、恨むことなく笑って沈んでいけるかも。


 そんなことを考えながらも、どう返事をすればいいか悩んでいると、ラルフ様はしゅんとなったまま俯いてしまった。まるで私が断るのが決定みたい。そんなラルフ様にエリックは従者とは思えない気安さで肘で軽くつついた。それでも復活しないラルフ様に代わってエリックが私に話しかけた。

「マリー、俺は騎士団に入ったけど、剣の腕は大したことないんだ。俺、右腕がここまでしか上がらなくてさ」

 エリックは自分の右腕を動かして見せた。斜め上を差した腕はそれ以上上がらず、二の腕は耳から拳二つ分は離れていた。

「強がってしょっちゅうけんかしてきたけど、殴られすぎたせいかこんなになっちまってた。入団試験を受けて何とか騎士団には入れたけど、剣は上達しないし、けんかも強いわけじゃなく、いつ騎士団をやめさせられたって仕方がなかった。だけど、今の俺は剣の腕よりも剣の手入れで一目置かれててさ、特に研ぎは結構評価されてるんだ」


 エリックは今の自分に自信を持っている。再会した時から騎士団に入団したことに胸を張り、自分の仕事に誇りを持っている。

「俺を見出してくれたのはラルフ様なんだ。できることだけでもと思って剣の手入れを毎日頑張ってたら、鍛冶のバイロンじいさんに俺を紹介してくれてさ、色々教えてもらったおかげで今じゃ俺に『ただ飯食い』なんて言う奴はいなくなった」

「おまえが頑張った成果だ」

 ラルフ様に認められて、エリックは照れくさそうに笑った。

「おまえは養護院でずっと字を書く練習してたし、計算も速かった。だから子爵家に引き取ってもらえたんだし、王都の学校にだって行けたんだ。おまえが頑張ったからだよ。自信を持てよ」

「…うん」

「ラルフ様は頼りになる人だ。安心しておまえの持ってる力を伸ばせよ。俺達はいつかは独り立ちしなきゃいけないんだからさ」

「…うん。…うん」


 答えを出すのに三日だけ待ってもらった。


 本当はもう心は決まっていた。だけどエリック以外誰にもお別れしなかったあの時とは違う。

 学校ができるまでの間に使えるテキストを作って、育ててた野菜の世話を引き継いで、村長さんには養護院の子供達がいじめられないよう、しっかりとお願いしておいた。

 子供達にここを出ることを告げると、お別れパーティなんて開いてくれた。別れに涙する子もいれば、

「おっせえ卒業だな。…行く所あって良かったな」

 なんて生意気な言葉で喜んでくれている子もいた。

 シスターにもお礼を言った。帰ってきた私を受け入れてくれてありがとう。

 もう大丈夫。私はここから旅立てる。


 三日後、私は迎えに来た馬車に乗って領都ノークスへと旅立つことにした。


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