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 お返ししようと思っていた青バラのペンダントはそのままつけておくよう言われ、卒業式まで借りておくことにした。まあ、このお屋敷の中にいて使うことはないだろうけど。


 侯爵家での生活は、人生史上一番リッチで、リッチすぎて落ち着かなかった。

 子爵家にも侍女はいたけれど専属じゃなかったし、自分のことは自分でするのが当たり前。伯爵家では一居候の学生に過ぎず、部屋に専属の侍女がつく生活はどうにも落ち着かなかった。

 事情を話して、必要な時にはお声がけするのでついてなくて大丈夫と言うと、

「そうおっしゃるだろうとラルフ様からも伺ってました」

と言って笑顔で一礼し、さらりと引いてくれた。逆に気を遣わせているかもしれない。


 翌日には服が用意されていた。恐らく既製品、とはいえ新品で上等な品であることは触れただけでわかり、恐縮ではあったけれど、ありがたく使わせてもらうことにした。


 時々エリックが仕事を抜けて来て、話し相手になってくれた。

「私、卒業式が終わったら養護院を訪ねてみたいんだけど、どこにあるかわかる?」

 私の質問にエリックはきょとんとしていたけれど、すぐに何故私がそんなことを聞いたのか理解してくれた。

「ああ、そうか。いい家に引き取られると、元いた養護院の場所なんか隠されちまうよな。俺達のいた養護院はアッシュクロフト領にあるんだよ」

 なんと! 今お世話になっているのはその領の領主様の家…。少し考えてみればわかることだったのに。

「そうよね。だからあなたは今アッシュクロフト家にいるのよね」

 エリックはふふんと鼻高々に笑って頷いた。

「領には養護院が三つあって、俺達がいたのは北の方だ。王都からなら駅馬車で領都ノークスまで行って、乗り換えてエイゼルまで馬車で行ける。そこから先は歩きだ。あの頃はなかなか腹一杯には食えなかったけど、王都に来てから俺達のいた所は全然ましだったってわかったよ。親のいない子供が道端で生活したり、物乞いするしかなかったり、もっとひでえ生活している所はたくさんあるんだ」


 子爵領にも養護院があり、生活に困らないよう定期的に援助していた。養護院の子供達に限らず小さな村ではなかなか教育を受けられる機会はなくて、いつか村単位で学校を作り、領民なら誰でも読み書き計算くらいはできるようにしたいと思っていた。

「私達、シスターから文字を教わる事ができたでしょう? 文字を読み書きできることが本当に役に立ったの。この先…私、誰かの役に立てることあるかな…」

「王都の学校でAクラスだったんだろ? 引く手数多だ」

 そう言ってくれるけれど、多分、私は卒業証書を受け取ることはできない。

「きっと私の学歴はマリアベルさんのものになるわ。孤児を嫌う伯父が私に学費を出してくれたところから怪しむべきだった。あの時から、いつか私と娘を入れ替えるつもりだったのね」

「…それでも、卒業式に行くのか? そんなものほっといて逃げちまえば、伯爵だって追いかけては来ないだろ」


 友達に会いたい。それもある。それ以上に、私こそが四年間あの学校で頑張ってきた本物なのだと証明したかった。

 門の中に入る前に追い返されるかもしれない。誰もが私のことなど知らないふりをするかも、オリヴァー様のように…。でも学校の中では、頑張った全ては私のものだった。卒業式は命をかけるほどのことではないのだろうけれど。


 手紙でジョアン様に事情を書き記し、卒業式には行くことを伝えると、ジョアン様から制服が送られてきた。洗い替えの予備だから遠慮しないで使って、と書いてあった。確かにこの先予備は必要ない。上等な仕立ての制服をありがたく受け取った。


 頑張って修繕しようとしたけれど、結局直せなかった私の制服。四年間ずっと着てきた服をあんな風に傷つけられ、着られなくなったのは残念だけど、無事だったリボンと校章は自分のものを使うことにした。




 卒業式の前日、手紙が届いた。

 封筒に送り主の名前がなく、封蝋もない。開くと、

 

  会って謝りたい

  ボート乗り場に二十一時

  他の人に見つからないように来てほしい

                オリヴァー


と書かれていた。

 いかにも偽物くさい手紙。

 ここに私がいることはすっかりばれている。


 ラルフ様に相談しようと思ったのだけど留守で、代わりに侯爵様が話を聞いてくださった。

「罠だって、わかってるんだな」

「ええ。文字は似せてますけど、オリヴァー様はこういうやり方をする人ではありませんから。本当に謝るつもりなら昼間に、もっと安全な場所を選ぶと思うんです。それこそラルフ様に一緒に来てってお願いするかも…」

 侯爵様はぷっと吹き出し

「オリヴァーも形無しだな」

と言って、机の上に置いた偽の手紙を手に取った。


「ボート乗り場…。おまえ、泳げるのか」

「まあ、それなりには」

 手紙を見る侯爵の目つきは鋭く、そのままの視線を私に向けた。

「…危険を承知で頼む。行ってもらえるか」

 止められると思っていた。まさか行くことを望まれるとは思わず、驚いて返事に間が開いてしまった。

「相手が()()()なら、ただでは済まないかもしれない。周りに人をつける。怖い思いをさせるかもしれないが…」

「行きます」

 私の答えに、侯爵は自分から勧めておきながら

「いや、やはり危険だ…」

と躊躇した。だけど私の答えは変わらない。

「反対されても行くつもりでしたから。侯爵家にも何か関わりがあるのでしょう? 事情を聞かせていただけますか?」

 侯爵様はしばらく考えた後、意を決して侯爵家の事情を話し始めた。


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