13
悔しさに打ち震えていると、エリンが迎えに来た。
「マリー様、伯爵様がお呼びです」
呼ばれた名は、私の昔の名前。ベルの名は消えていた。
エリンについて本館に行くと、伯父夫妻、「マリアベル」さん、オリヴァー様、そして両親がいた。パーティの主役がそろって抜け出して、私を待ち構えている。
伯爵様とマリアベルさんはお披露目の成功に上機嫌で笑みを浮かべていたけれど、伯爵夫人は退屈そうで、オリヴァー様と両親は視線を床に向けたまま、私を見ようとはしなかった。
「さっきの発表でわかっただろう」
伯父は私に席に着くことさえも勧めず話を切り出した。
「おまえのようなみなしごが学校に行けただけありがたいと思うことだ。金をくれてやる。とっととこの家から出て行くがいい」
ずっしりと重量感のある袋が私の足元に放り投げられ、ドサリと音を立てた。
怒りと怖さで手は震えていたけれど、私は伯父の目を真っ直ぐ見返した。
「何だ、その生意気な目は!」
「あなたには一生かかったって稼げないお金でしょ? ありがたいと思いなさい」
そう言ったのはマリアベルさんだった。
「孤児から身分をお買い上げになるのですか?」
マリアベルさんはオリヴァー様の腕にしがみつき、甘えるように頭をもたれかけた。
「元々あなたは私の代わりなのよ。本当の私に戻っただけ。そもそもがアナベルの代わりでしょ? 生まれも知れないあなたに誰かの代わりになる以外、何の価値があると思ってるの?」
ふふふ、と笑うマリアベルさんの笑みは美しく、毒を持つ言葉をつらつらと放っているようには見えなかった。
オリヴァー様はマリアベルさんがするに任せ、私から目を背け、何も言わない。
優しいけれど、気弱な人。婚約者候補を確認するにも友達を連れて行き、友達に声をかけてもらわなければいけないほどに。
持ち去られたペンダントは、オリヴァー様から送られた物を私の手に残すのが嫌だったのだろうか。少しでもオリヴァー様に好意を持っているのだろうか。勝ち誇った顔をすればするほど、単にうまく入れ替わったことに満足しているだけにしか見えない。
「…あなたに私の代わりが務まるでしょうか」
私の言葉に、マリアベルさんは目を引きつらせ、眉間にシワを寄せた。
「ばかじゃないの? 私があなたの代わりなんてなるわけないでしょ。…行きましょう、オリヴァー様。皆様お待ちになってるわ」
マリアベルさんは、オリバー様の腕を引いた。伯父夫妻もまた席を立ち、
「明日の朝までに出て行け」
と言い残し、部屋を出た。
オリヴァー様は最後まで私に目を向けることなく、マリアベルさんと一緒にパーティの続く大広間へと去って行った。
その場に残された両親は小さく見えた。お母様の目から溢れる涙は止まらず、ずっとハンカチを握りしめていた。
「ごめんなさい。こんなことになってしまうなんて…」
「兄には領を支援してもらっていて、断ることはできなかった…。申し訳ない」
「支援…。していただくほど、領の収益が悪いとは思えませんが」
私の言葉に、父は言葉を詰まらせた。
わかってる。支援は言い訳。本当は伯父の報復が怖いのだ。伯父の機嫌を損ね、王都の主要な取引先を失ってしまえば領が立ち行かなくなってしまう。誰もがお金や権力に従うものだから。
「私を引き取った時から、ですか? こうなることが決まっていたのは」
「違うっ!」
「では、学校に行く話が出た時から?」
「ちが…。本当に知らなかった。ブルックス家との縁組みの話を聞き出そうとしてもずっとあやふやにされ、…今日のパーティに参加するよう言われて来てみれば、ブルックス家の令息と婚約するのはおまえではなくマリアだと…。マリアをマリアベルと名乗らせ、おまえの代わりにうちの養女にしろと…」
ただ子爵家の養女になるんじゃない。明らかに似せた名前は、私のマリー-ベルとして生きてきた全てを奪うため。私が子爵家に戻ることはないのだ。
母は泣きながら、私の手を取った。
「あなたを騙すつもりはなかったのよ。私達はあなたにこそ領を継いでもらおうと思っていたの。でも…」
でも、の先は決まっている。もう覆されることはない。
「…わかりました」
これまでの生活こそが夢だった。温かい、優しい幻。
アナベルさんに誓った、お父様、お母様を支えていく誓いは果たせなくなってしまった。
「私はアナベルさんの代わりではなくなるのですね。…いえ、元々代わりになどなれる訳がないんです」
「そんなことは…」
「もし私がアナベルさんだったら、子供を変えろと言われて応じましたか?」
両親の顔が青く陰った。お二人だってわかってる。応じられたのは、私だから。
「…今まで育てていただいたことに感謝します。ありがとうございました」
床にあった袋を手に取った。
ずっしりと重いけれど、思った通り上は金貨が入っていたものの、ほんの数枚。ほとんどは銅貨だ。
「伯父様は見栄っ張りですね」
私は金貨を除け、銅貨を数枚つまんでテーブルの上に残した。これくらいお見通しですよ、と答える代わりに。
マリアベルさんを引き取ることになった両親、いえ子爵夫妻はきっとこれから大変だろう。どう見てもあの人は一筋縄ではいかず、田舎で大人しくしているとは思えない。だけどそれを選んだのは子爵夫妻。領を守るための選択だったのだから。
私が部屋から出て行った後、すすり泣いていた母の嗚咽が激しく響いた。