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 学校の帰り道、道端で見知らぬ人に声をかけられた。

「マリー-ベル・ソーントン様です、か…、…あれ?」

「はい、そうですが、どちら様…?」

 その人は突然驚きを笑顔に変えると、一転砕けた態度になり、

「マリー、だよな? 俺だよ俺、エリックだ」

 そう言って自身の顔を指さす人は、確かに養護院で一緒だったエリックがそのまま大きくなった姿だった。私よりずっと背が伸びて、どこかの騎士団の制服を着てずいぶん立派になっている。


「エリックなの? 見違えたわ。今どうしてるの?」

「今はアッシュクロフト領の騎士団にいるんだ。領民なら身分を問わず入団テストを受けられるようになってさ、何とか受かって…、て、俺のことはいいんだ。ラルフ様がおまえと話をしたいって言ってるんだけど、時間を作れるか?」

 アッシュクロフト家のラルフ様は、オリヴァー様と初めてお会いした時に最初に声をかけてくださった方。そのオリヴァー様とはご縁は切れてしまったけれど…。

「何の話か、聞いてる?」

「そんなこと下っ端の俺には聞かされてないよ。でもラルフ様は信用できる方だ」

「…知ってるわ」

 私に声をかけ、オリヴァー様とお二人で恥ずかしそうにつつき合っていた姿を思い出す。目下の私に対しても礼儀を尽くしてくださる方だった。

「案内してくれる?」


 馬車を止めているところまで案内されている間、聞かれるままに自分のことを話した。ソーントン子爵に引き取られたこと。今は伯父であるソーントン伯爵家に下宿し学校に行っているけど、もうすぐ卒業し子爵領に戻ること。次はエリックのことを聞こうと思っていたのに、聞く前に目的地に着いてしまった。


 馬車にはラルフ様が乗っていた。一礼をし、馭者に手を借りて乗り込むと、

「うわあ、令嬢だぁ」

とエリックに冷やかされた。

「こら、失礼だぞ」

 ラルフ様はエリックの態度を叱ったけれど、エリックは懲りない感じで、

「いや、実は顔見知りなんですよ。俺の友達で…、あっ、いけね」

 失言に気付き慌てて言葉を止めたけれど、エリックの友達と聞いて私の出自も察したはず。だけどラルフ様は変わらなかった。

「友達だろうと、相手は子爵令嬢だ。その場に応じた対応ができないようでは、騎士失格だ」

「はぁい。気をつけます」


 主人(あるじ)に向かってあんな拗ねたような口調が許されるのかしら。それだけラルフ様とは気安いのだろうけど。エリックの態度から見てもラルフ様は養護院出身だからといって差別するような人ではないみたい。


「急に呼び出してすまない。少し確認したいことがあったんだ。ソーントン伯爵家のことで」

 伯爵家のことと聞いて、少し困ってしまった。

「申し訳ありませんが、伯爵家のことはあまり知らないのです。伯爵は伯父に当たるのですが、お察しの通り私は養護院出身で、そんな私が養女になったことを伯爵様は気に入らないようで、本館には出入りしないよう言われていて…」

「なっ…」

 エリックはラルフ様に睨まれて出しかけた声を止めたけれど、顔は怒っていた。

 私の代わりに怒ってくれている。変わらないエリックに、ずっと気落ちしていた心が少し浮かび上がってきた。


「…わかる範囲でいい。この1ヶ月ほど、伯爵家の様子に変わったところはなかったか?」

 頷きはしたものの、変わりすぎて何から話せばいいかわからない。

「なんだか賑やかに、というか…落ち着きがないような感じがします。先日開催されたパーティは変に騒がしくて、悪く言えば品がないような…」

「誰か新しい人が来たとか」

 人? そう言われれば…。

「本館の使用人が増えているので、どなたか新たに本館にお住まいになった方がいるかも…」


 そこまで言って、自分が伯爵夫妻以外に本館に住む人達を知らないことに気が付いた。

 マシューさんが時々愚痴ってた「トーマス様」が伯爵家嫡男なのは知っているけれど、姿を見ることはほとんどなく、それ以外に兄弟がいるのか、家族構成すら知らなかった。


「何かあれば俺でも、エリックでもいい。遠慮なく助けを求めてほしい」

 助けを求めるようなことが起きるかもしれないと…?


 この前のパーティの夜に別館で起きたこと、話していいんだろうか。ラルフ様はそんなに親しい間柄ではないけれど、今あの家にいるのが怖くて、他に誰を頼ればいいのかわからない。

「実は、…パーティの日に、別館の私の部屋をこじ開けようとした人がいて…。侍女が何か察して、別の部屋で寝るよう言ってくれて難はなかったのですが…」

 ラルフ様もエリックも大きく顔を歪めた。

「部屋が荒らされていたこともありました。大して高価な物は持っていないのですが、お金とネックレスがなくなっていて。…オリヴァー様からいただいた物でしたから、手放す運命だったのかもしれません」

 ラルフ様ならオリヴァー様の事情をご存じかもしれない。誰がオリヴァー様の本当の婚約者になったのか、聞けば教えてもらえるかもしれないけれど、怖くて聞けなかった。


「私はもうすぐ卒業しますし、…早く領に戻りたい」

 思わず弱音がこぼれた。

「ご両親は、頼りになるのか?」

 エリックに聞かれ、改めて考えてみると、そこには不安しかない。

「とてもいい人達です。でも、伯父には逆らえないかと…」

「そうか」

 ラルフ様はじっと考え込んだ。

「護衛をつけることができればいいんだろうが、他家の人間を屋敷に入れるのは伯爵の許しが出ないだろう。せめてこれを…」

 ラルフ様は、青いバラの絵がついた陶器のペンダントを差し出した。

「これは君がいる位置を確認し、周りの音を拾うことができるものだ。卒業し、家に戻るまでの間、できるだけ身に着けておいてくれ。すぐに駆けつけることはできないかもしれないが…」

「…お預かりします」

「危険を感じたら自分の身を守ることを優先しろ。遠慮なく当家を頼れ。杞憂で済むならいいんだが…」

 数えるほどしか会ったことのない私をこんなに心配してくれているなんて。


 ラルフ様は何を知ってるんだろう。


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