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物心ついた時には養護院で他の子供達と一緒に暮らしていて、父母はいないのが当たり前だった。
養護院にはいつも十人ほどの子供がいて、三人のシスターが面倒を見てくれていた。ここにいるのはみんな親を失った子供。着る物も食べる物も最低限だった。誰かの愛を独占するようなことはできず、かといって放っておかれることもない。年長の子供はシスターを手伝って炊事、洗濯、掃除、針仕事をこなし、養護院の庭や周辺の畑仕事を手伝って食べる物を手に入れ、年下の子供の世話をする。幼い者は年上のものを兄や姉のように慕いながら手助けをし、自分よりさらに幼い者の世話をする。共に助け合って生きる生活。贅沢はできないけれど、飢えることなく暮らしていけるのはとてもありがたいことだった。
収穫の手伝いは貴重な収入源だったけれど、私たちが収穫していた物を村の子供が取り上げ、まるで自分が仕事をしたかのように振る舞うことがあった。そして私たちは大した手伝いもしていないと報酬を減らされた。自分の手柄を立てたい愚かな子供、時には報酬を支払いたくない大人が入れ知恵していたこともあった。幼い子供を狙えば睨みつければ何も言えない。年も上で体の大きな村の子供に突き飛ばされれば、痩せ細った私達は簡単に倒れた。
それを許せなかったエリックは、自分より大きな子供に体当たりした。
「ずるいこと、するな!」
「なにを、このっ」
体格差を俊敏さで補っても長くは持たなかった。最後は殴られ、見かねた村人が仲裁するか、殴り疲れた村の子供が捨て台詞を吐いていなくなるまでエリックは殴られていた。それでも不正を見ればつっかかることをやめないエリックは怪我が絶えなかった。
私たちが正しいとわかってくれる人も、必ずしも味方になってくれるわけではない。減らされた賃金でも受け取り、怪我しただけ損だと言われるのはあまりに悲しかった。間違ったことはしていないのに…。
「マリー、泣くな。俺たちは貧しくったって泥棒なんかしてない。ちゃんと働いて生きている。いくら物や金があっても、あいつらのしてることは泥棒と一緒だ」
「でもエリックが痛いのは嫌なの」
「黙っていたって、心の痛みはずっと続く」
エリックは胸の上に手を当てた。
「黙っていればつけ込まれ、何度でも同じことをしてくる。そんなの嫌だ」
その後もエリックはことあるごとに抵抗し、道理を通そうとしたので目をつけられるようになっていた。周りにはトラブルメーカーだと思われていただろう。それでも小さな子達が働きに行くときにはついて行き、何事もないよう目を光らせていた。
そんなエリックをうっとうしがって
「おまえは来るな」
と言ってくる人もいたけれど、
「悪いことをするつもりがなければ、俺がいた所で何てことないだろう」
と睨みをきかせれば、養護院以外から手伝いに来ている人達からも注目を浴び、私達への不正は多少ながらも減っていった。
養護院には時々見知らぬ大人がやってきた。仕事をしたり遊んだりしている私達を遠くから観察した後、帰る時には仲間の誰かがいなくなり、二度と会うことはなかった。
シスター達は
「あの子には新しい家族ができたのよ」
と笑顔で教えてくれた。幼く顔立ちの整った子、中でも貴族に好まれる金色の髪、青い目の子供は短期間で養護院からいなくなった。私は容姿も平凡で、平民に多い栗毛の髪、茶色の瞳。大人達の視線はいつも私の頭上を通り抜けた。
「どこかの誰かが拾ってくれるなんて思ってないさ。俺は自分の力で腹一杯飯を食えるようになるんだ」
私と同じく長年引き取り手のつかないエリックはよくそんなことを言っていた。やんちゃだけど働き者、友達想いでとても良い子なのに、村の子供の方が先に手を出してもいつもエリックのせいにされていたせいで暴れん坊だと思われている。守ってくれる大人が少ない、親がいないというだけで言葉を信じてもらえないのは、とてもつらいことだ。
私やエリックのように引き取り手のつかない子供も、養護院にいられるのは十四歳まで。その後はここから出て独り立ちしなければいけない。私もやがてそうなるのだろうと早くから覚悟を決め、シスターから文字や計算を教えてもらい、お金につながる針仕事を率先してこなしていた。
そんな私を引き取りたいと言ってくれる人が現れたのは、私が七歳の時だった。亡くした子供に似ていると手を差し伸べてくれた夫婦。つかんだ手は柔らかくて暖かかった。
「元気でな」
幼い仲間が引き取られていく時、エリックはいつも悔しそうにしていた。それなのに私が養護院を去る時は睨むことも隠れることなく、笑顔はなかったけれど声をかけてくれた。本当は悔しかったんだろうと思う。私だって寂しかった。
「元気でね」
幼い子供達には知らされないまま、私は馬車に乗せられ、生まれ育った養護院を離れた