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true177の短編小説10作詰め合わせ【4】

砂浜に打ち上げられていたのは、俺の遠距離(当社比)彼女でした。

作者: true177

 遠距離恋愛をしてきた彼女との連絡が絶って、早一か月。桜はすっかり地面にへたり込み、枝には新緑の葉が付いていた。終わったことは忘れろ、と言わんばかりに。


 ……千保ちほは、今頃どうしてるんだろうな……。


 この連絡橋の向こう側に住んでいる彼女との赤い糸は、あっけなくちぎれてしまった。千保の家庭が厳格な父親至上主義であり、ぶっきらぼうな泰示たいしのことを認めてくれなかったのだ。


 家に上がることも許されず、門の張り紙で門前払いされたことが記憶にこびり付いている。興味の無い人って、あんな簡単に追い払われるんだな……。


 有効な令状を所持していなかった泰示は、どうしようもなかった。父親に連行されていく千保を、唇をかみしめて眺めるしか方法は存在しなかったのだ。


 ……どこに手紙入りの瓶を流そうかな……。


 タイムカプセルは、数年後の自分への貴重なメッセージとなる。海流で沖に押しやられること無く、手紙が届いて欲しい。


 泰示は、海辺までやってきていた。日課のランニングコースから寄り道して、一か月前の輝かしい毎日に想いふけっていたのだ。


 手紙に書いたのは、千保の体を心配。断ち切られてしまった縁が復活してくれないかという希望も、僅かながら込めた。


「……千保―、また一緒にデートしたい……!」


 無人の海岸に、泰示の虚しい叫びがこだました。海の向こうへ到達しなくとも、せめて手紙だけはたどり着くことを願う。


 ……千保との思い出、忘れられるわけない……。


 学校でふざけ合い、二人纏めて廊下に立たされたほろ苦い一日。放課後の教室でお互いに抱きしめあった、甘い付き合い。青春がふんだんに詰まったあの頃は、二度と戻ってこないのだ。


 高校に、もう千保はいない。『家計の事情』という事由で、彼女は退学届を出さざるを得なかった。


 ……本当の理由は、両親が何処にも千保を行かせたくなかっただけなのに……。


 両親の一人よがりな思考に、千保との日常が奪われた。今となっては、当たり前だと感じていた日々を懐かしむばかりだ。


 砂浜には、人類が排出した残骸と自然物が打ち上げられている。連結された丸太に、運動会で使うような旗。簡単いかだ制作キットだ。


 遠くの方に目をやれば、砂浜をもぞもぞと動くワカメ。


 ……海藻って、動くっけ……?


 ワカメが海中で揺れているのは、海水が移動しているからだ。意志があるのなら、とっくに人類は搦め取られているだろう。


 近づいてみると、海藻のこびり付いている生物が蠢いていた。なんだ、怪奇現象じゃないのかー……。


「いやいやいや、人じゃないか?」


 規則的に腕を回している、れっきとした人であった。最近はワカメを頭の飾りとして身に着けるのが流行しているのだろうか。ファッションに疎い泰示には知らないことだ。


 長い黒髪が、顔にべったりと張りついている。全体的に丸みを帯びた体であることから鑑みると、泰示よりやや低い女子だろう。


「……あの、救急車呼びますか……? 十円玉は持ってるので、公衆電話から呼べますよ?」

「……えーっと、ここは本州……?」


 あら、まさかあなた、向かいの島から泳いで……? そんな命知らず、体力が腐った現代人にいるわけが無いか。


 謎のワカメ少女は、ようやくクロールの動きを止めた。……正気か?


「……まさか、向かい側の島から泳いで……?」

「……そうです……。どうしてもある人に会いたくて……」

「奇遇ですね、僕も会いたい人がいるんですよ……」


 同い年くらいの少女に敬語を使うのも違和感があるが、『見知らぬ人には圭吾を使いましょう』という小学校の教えは忘れていない。


 ……この子、千保だったりして、な……。


 対岸の島から泳いできた(自称)女の子。まともな思考の持ち主は、生身で海を渡ろうとしない。例え初夏だとしても。


 泰示のアンテナが、不思議な電波に反応した。


「……あの、会いたい人の名前って何ですか……?」

「……泰示くん……。つい前まで付き合ってたんだけど、お父さんに縛られてしまって……」


 正体は、千保だった。


 ほっそりとした体付きに、分厚い唇。メイクが取れているのでアイライン等が変わってしまっているが、千保と名乗られればそう見えてくる。


 ……俺は、目の前に彼女がいるのに見逃してたのかよ……。


 企業に就職するようなことがあっても、人事部への移動だけは直裁判しようと心に決めた。


「……もしかしてじゃなくても、千保……?」


 千保の目が、みるみる内に広がっていく。夜の街を征く猫でも、そこまで目を大きく開かない。


 しばらく揺れていた彼女の焦点が、泰示にロックオンされた。千保の脳の情報処理が始まったようで、目が潤ってきた。


「泰示くん! ……また、会えたんだよね……? 夢じゃないよね……?」

「そこまで言うなら、頬っぺたをつねってやるよ」

「……痛い……。やっぱり、泰示くんだぁ……」

「おいおい、寝っ転がるんじゃないよ……。砂が服について、洗濯するの大変になるぞ……」


 千保は、砂浜に仰向けで崩れ落ちた。緊張の糸が切れ、酷使した筋肉に力が入らなくなってしまったようだ。


 まだ早朝で、太陽も昇っていない。満天とは言えない星空が、薄く広くどこまでも。


 彼女が作る安堵の表情すら、一等星に劣らない。


「……実は、全部泳いできたわけじゃないよ? そんなことしたら、二度と泰示くんと会えなくなると思ったから」

「それはそうだろ……。海の上に墓標でも作るつもりだったのかよ……」

「だからね、自分のいかだで漕ぎ出したんだ。車なんか運転しちゃいけないし、かと言ってお金は全部握られてるし……」

「それも相当リスキーだろ」


 大航海時代でも、いかだよりは設備の豪華な船に乗れている。原始時代から転移してきた子孫なのだろうか。


 ……千保、よっぽど苦しかったみたいだな……。


 人は、別れを糧にして新たな力を造成する。苦痛を踏み台にして、高みを目指していく。そうでもしなければ、過去の記憶に閉じこもって一生を終える羽目になるからだ。


 千保は、そうしなかった。死の覚悟を背負ってでも、泰示と再会したかったのだ。


「……泰示くんのこと、抱きしめたいよ……。今すぐ、いい?」

「俺までびしょ濡れになるだろ……。全身綺麗になってから、な? あと、このタオルで海水でも拭いとけ」


 首にかけてあった未使用汗拭きタオルを、泰示は差し出した。使用済みのタオルを渡す特殊性癖は持っていない。


 ……千保、着衣水泳してここまで来たのか……。さぞかし死にかけたんだろうな……。


 深くは掘り下げたくない。彼女の痛む部分に塩をしみ込ませようとするのは、悪魔のする所業である。


 千保が体を拭いている間、泰示は後ろ向きに立っていた。着替えを覗いてはいないが、全身を拭くとなると変な箇所に目が集中しそうで怖かった。……気まずい雰囲気を俺が作ったら、千保に悪いよな……。


「……お話、していいかな? なんで、ここまで来たのか」


 彼女の顔が、にわかにこわばった。蓋をしていた過去の記憶に、メスを入れている。頑張れと声かけ出来ないのが、泰示にとって辛い点である。


 学校では何の不自由なく過ごせていた泰示には、きっと想像もしないような生活を千保は送ってきたのだ。夢を諦めさせられた無念は、何処の谷よりも深かったに違いない。


「……一か月前、泰示くんが私の家に直訴しようとしてくれたこと、あったよね。あれが、お父さんの怒りを買っちゃったらしくて……。あれから、家を一歩も出してくれなくなったんだ……」

「……俺のことを恨まなかった? 退学になった理由は俺だ、って嫌いいならなかった?」


 これらは、泰示が最も恐れていたことだ。最愛の人を、自らの手で傷つけやしなかっただろうか。起床から就寝までのしかかっていた、自責の念である。


 ……俺が千保の家に行かなかったら、まだ千保は高校に居れたのかな……?


 実現しなかった世界を想像しても仕方無いのだが、当事者としてどうしても動かしたくなってしまう。


 泰示が強硬手段に打って出なかったとしても、千保との仲は裂かれていただろう。が、泰示が自ら手を切ることで、千保の将来まで絶たれることは避けられたかもしれない。それが千保の望んでいた未来なら、泰示は妨害者である。


 判決の時は、心の準備をする暇をくれなかった。

千保の首は、横に振れた。


「……そんなことないよ? やりすぎなのはお父さんだし、説得できなかったのは私の責任でもあるし……。それに、海を横断なんてしようとしないよ……」

「千保に責任なんてない。……千保が謝る事なんてないのに……」


 彼女が謝るのは、どう考えてもおかしい。千保はただ、泰示と恋人になったことを認めてほしかっただけなのだ。恋愛の自由を侵害する権利は、何人も保持できない。


 ……俺に今できる事って……?


 海を泳いだということは、家を脱走してきたということ。ケンカ別れとあっては、彼女に戻る家はない。


「……一か月の間、家を出させてくれなかった。……このままいても開放されないって思ったから、逃げ出してきた……」


 千保の目から、涙が溢れ出てくる。海水を拭き取った今となって、ようやく悲しみの深さに気付くことが出来たのだ。


 『悲しみで泣く姿が美しい』は、嘘付きであった。千保を正面から受け止めても、可愛そうという誰でも描ける感想しか出てこない。


 千保は目頭を押さえて、口を堅く閉じた。


 ……辛いなら、これ以上話さなくていいから。


 そう声かけしても、全てを明かしてしまうような気がして。


「……千保、必要最低限のものは持ってきたか……?」

「保険証とか、住民票とか……。お金も、ちょっとだけならあるよ」


 胴体のチャックポケットから、防水性の袋に入った一式が出てきた。用意周到である。


 ……しっかりしてるな……。同じクラスに居たら、きっと学級委員になってただろうに……。


 いやはや、感心するよりない。


 泰示に課せられた使命は、泰示が一番理解している。


「……千保、ひとまず俺の家まで行かないか? ここにいても、始まらないし」

「……そうだね。……泰示くん、大好きだよ……」

「抱き着くなって、あれほど言ったのに……」


 千保の底から沸き上がってくる体温が、たちまち泰示の体に循環していく。潮くさいにおいは、彼女の死闘を示すものだ。


 ……濡れてたはずなのに、もう温かくなってる……。


 泰示も、千保を抱きしめ返した。密着度が更に高くなり、真空パックに入れられている感触になった。


 一度、離れてしまったこの手。今度は、二度と離してなるものか。






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 ……お互いの愛を確かめ合っているカップルが、夜明け前の砂浜に一組復活した瞬間だった。

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