悪魔は知らぬうちに、ざまぁみたいなものをやっていた
…悪魔とは、基本的には人の願いをかなえ、その代償を得るもの。
だが、人の願い事というのは時代やその世界によって移り変わりやすく、悪魔側の手に負えないような野望を叶えろと無茶を言う輩も出てくることもある。
ゆえに、その問題が出てくる前に対処可能な悪魔が出られるようにしているのだが、それでも人のもつ欲望の移り変わりは新陳代謝が激しいため、すぐに対応し辛いという現実が悪魔にはある。
そこで、その問題に対処するために生み出されたのが『人間研修』という制度。
人の世の中を外から見る立場なわけだが、そのせいでつかみにくくある現状ができてしまうのであれば、いっそその人の世の中を直に人間目線で学びなおせばいい。
そうすれば、ある程度の願い事の予測をしやすくなったりするし、悪魔によっては人の身に堕ちてみるのも長い悪魔の生の中では刺激になるということで、案外受け入れられやすかった。
とはいえ、悪魔としての記憶があると、人間の生での概念を捉えにくくなるため、人間研修として人の身に堕ちているときはときは、悪魔としての力や記憶を本来は封印して人間の生涯での支障にならないようにしているが…
「…やっちまった…なんで、人間の女になってんだ俺…」
…時としてその記憶がほんのわずかなきっかけで、吹っ飛ぶことがあった。
そう、なぜかそこにあったバナナの皮危機が付かずに踏みつけて滑って転び、頭を打った衝撃で自身が何者かであるかということを思い出すような事故のように。
しかも、この悪魔は本来男性の悪魔のはずだが…何故か今、令嬢の姿としての生を受けていた。
―――公爵令嬢、シャルロッテ・ルガリア。
ゼノドドン王国に仕える公爵家の一人娘であり、本来は貴族の子女が通う学園にいるはずである。
だがしかし、17歳の今…卒業目前のパーティにて婚約破棄をされてしまった。
原因は、よくありがちな身の覚えのなさすぎるどこかの令嬢への虐めを行ったという冤罪。
このシャルロッテ、虐めを行うことはせず、そもそもやるなら徹底的にがモットーなので、虐めた相手がパーティまでいるはずがない自信がある。
でも、その場で断罪してきた婚約者だった男に言い分も聞かれずに婚約破棄された上に、その経緯を聞いて相手へよりも自身の評判のほうを気にした父親の公爵の手によって勘当され、見事に国外追放を受けた身であった。
しかし、実はこのことすらシャルロッテの予想の範囲内だった。
なぜならば、なぜか精神的な部分で婚約者のことが生理的に受け入れられず、どうにかできないかと画策をしていたのである。
そこで婚約破棄を行えば別れられるし、貴族としての立場だと色々と言われたりして息苦しいからその立場からも逃れられるようにすればいいじゃないかと考え、婚約破棄を思いついたのである。
婚約破棄されれば貴族令嬢としては評判に瑕がついて次の婚約者を得にくくなるし、相手の婚約者の立場がそこそこ高い人なので、されてしまえばあのドぐされプライドだけおっさんの父親が激怒して勢いで貴族としての籍を抜いてくれるだろう。
そう思い、色々と画策した結果が、あの婚約破棄であった。
もちろん、実は婚約者だった男に付き添っていた、虐めの被害者ぶっている令嬢を用意したのもシャルロッテの仕業。
都合よくどこかの貴族家の隠し子がいることが分かり、その性格が将来的に「あ、こいつかくじつにやらかすな」と判断できるものだったため、それとなく発見させて、引き取らせて学園に入れたのである。
後はそのやらかす性格を利用してやれば、案の定婚約者は下と頭が直結しているような馬鹿野郎だったために見事にかかり、この婚約破棄につながったのだが…正直なことを言うと、あまりにうまくいきすぎてちょっと疑いたくなったほどであった。
「というか、名前忘れたけどあの婚約者、一応王子だったはず…王家は立場上ハニートラップとかかからないようにしているはずだけど、あのバカ婚約者はあっさり落ちたな」
確か、婚約者はゼノドドン王国の第1王子であり、何か支障がなければそのまま国王の地位になってもいいはず。
なので、もしかするとこの婚約破棄自体が王家側に何も支障をもたらさないと判断されたからこそ、だれも止めずにスムーズに進行したのかもしれない。
いや、そもそも確か今の王家自体は先代の王に比べて何やらきな臭い話があるらしいので、自浄作用が失われていたりとか…まぁ、追放された身としてはこれ以上気にすることもあるまい。
「そもそも、そんなことよりもこの状況がなぁ」
はぁぁっと溜息を吐きながらも、この断罪劇の後に確実に来ようと思っていた、森の中に密かに作っていた小屋の中で俺は落ち込んだ。
…シャルロッテの目的としては、追放された後ここでゆったりと過ごす気だった。
なぜならば、そうなると分かっているので準備をたっぷりしてきており、一人で生活するには何の支障もない様になっていたのだ。
あのバカ婚約者は知るまい。シャルロッテは一見か弱そうな令嬢に見えて、実は熊を一撃で倒せるような令嬢になっていたことを。
女の子の一人暮らしの安全を確保するために、身を守る力を確保する目的で、こっそり身分や姿を偽って、一人刃を磨き続けてきた女性だということを。
今にして思えば、こんな令嬢に育ったのは…もしや、悪魔としての自分が原因だろうか。
人間研修中の悪魔は、できるだけその生涯が短く終わらないように、長く楽しめるようにある程度体を頑丈に作っていたりするのだが、それが影響してシャルロッテに無茶苦茶な力を与えてしまったのかもしれない。
だが、こうやって記憶が戻ってしまえば…シャルロッテとして立てていた計画をいくらか軌道修正せねばなるまい。
「まずは、この身体にあったシャルロッテとしての人格を戻して、悪魔の人格のほうを別のものに移さないとなぁ。シャルロッテも俺もどっちも自分だけど、ものすごく嫌な気分になる」
人間研修中の、記憶のない人格。
それは悪魔に戻った際にまた違う悪魔としての別の自分として生まれ変わらせることができるのだが、今回はちょっとやらかしたために、その人格が寝てしまった状態だろう。
そのことによって今は悪魔としての自分が出てきたのだが…正直言って、体に違和感しかない。
とりあえず、どうにかしようと動くのであった…
「人格分離できないかな?こうやってこう…」
「えっと、わたくしとしての人格と」
「俺としての人格を…っと」
「うまくいったのかしら?」
「いったが、ここからどうしていくべきか…」
―――――――――
…一方そのころ、シャルロッテが去った王国のほうは非常に不味い事態に陥っていた。
「どこへやった貴様らぁ!!」
「シャルロッテ様を冤罪で陥れたうえに追放して、行方不明にするとか何をしでかしてんだお前らはぁぁぁ!!」
「それともあれか、邪魔だから後々出てこないように消したとかしてないかぁぁぁ!!」
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」」」
王国の中心であった王都は今、見事なまでに他の国々の兵士たちが入り込みまくり、占領されていた。
シャルロッテが去って1週間が経過したころだったのだが、突然襲撃されてしまったのだ。
なぜこうなったのか、その理由は一つだった。
「うちの国の王子が彼女を狙っていたんだよ!!どうせ婚約破棄するならば、今のうちにかっさらえばよかったと思っていたんだよ!!」
「こっちだって帝王が狙っていて、いっそ侵略をさっさとやって奪えばよかったと思っていた!!」
「だが、一応は彼女の意思次第でもあるし、無体を働かないように自重していたが…」
「「「貴様らが断罪劇からの追放劇と一気にやってくれたせいで、初動が遅れてしまったじゃねぇかぁぁぁ!!」」」
「そんな思惑があるなら、最初からやればよかったんじゃないのか!?」
その場にいる他国の兵士たちの言葉に対して、叫ぶシャルロッテの元婚約者だった王子。
どうやらこの場に集う兵士たちのそれぞれの主がシャルロッテを所望していたようだが、そこまで見ていたのであればさっさと行動に移せばよかったのではないかと思ったのだ。
「馬鹿を言え!ドが付くほどヘタレな長は話しかけるのも厳しかったんだ!!」
「皇子の立場ゆえに会いづらく、国同士のいざこざにならないように気も使っていたし!!」
「流石に国を放り出すわけにもいかないからどうにかしようと思っていたところで」
「「「お前らがやらかしてくれたんだろうがぁぁぁぁ!!」」」
…見ていることはできたが、行動するまでに立場などがそれぞれ邪魔していたらしい。
ゆえに、婚約破棄の情報が届いてから動き出すまでに少々時間がかかってしまい、結果としてどうにかこの国を落とすことには成功したのだが、既にシャルロッテはどこかへ羽ばたいてしまったようだ。
「この結果を、どうやって伝えろと!!」
「占領しました、でもいませんでしたって報告したら、我々の首が飛ぶんだ!!」
「こうなれば彼女が見つかるまで、てめぇらは生き地獄決定じゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「「「そんなああああぁぁぁぁぁっ!!」」」
他国の王子や国王やらその他上の立場の方々に彼女は目を付けられていたようで、今更ながらに自分たちのしでかしたことに気が付く者たち、
だが、後悔するのも既に遅く、彼女が発見されるまでこの日から地獄のような日々が決定してしまうのであった…