4.泣き虫な所はお変わりないのですね。
まさか目を覚ますとは思っても居らず、リーセルは頭が真っ白になった。レオルドの瞳はまっすぐにリーセルを見つめている。
幼い面影は薄っすらとしか残っていない。成長したレオルドにリーセルの胸は震える。
「本当にミランなのか!?ミランを騙る不届き者なら即刻首を落とす。正直に申せ!!」
──どうしたら……
リーセルは動揺して何も言葉が発せられなかった。まるで独りぼっちにされた幼子が母を求めるような、そんな叫びに聞こえ、リーセルは覚悟を決める。
「……レオルド様…、大きくなられましたね」
「っ……!!!」
リーセルを見つめるレオルドの瞳が大きく揺れ動いた。その瞳に涙の膜が張り、ポロリと流れ落ちる。その涙をリーセルは手を伸ばし拭い取り、その頭を優しく撫でた。幼いレオルドに何回もした仕草である。
「ふふ。泣き虫な所はお変わりないのですね。もう大丈夫です。ミランがお傍に居ますよ」
「ミ、ミランなのか?本当に…?」
「お一人で…良く頑張られましたね」
リーセルもポロポロと涙を流しながら微笑んだ。今目の前に居るのは、二十五年前に別れた少年の王子と思えて仕方ない。お互い長い年月をかけて姿形は変わってしまったが、主従の強い絆は切れたりしない。自分の主はやはりレオルドなのだと魂で感じたのであった。
ミランの魂を持って生きてきたリーセルは、この命はレオルドに捧げると心に決めていた。レオルドの『影』として、今世も…そう強い意志で臣下の礼を執る。しかし、レオルドはリーセルを抱き起こしたのであった。
「レ…レオルド様……?」
「もう俺に頭を下げなくて良い。今度こそ俺はミランを手放したりしない」
「え……?」
意味が分からずにポカンとするリーセルの唇をレオルドが塞いだ。口付けられていると分かった時には、がっしりと抱き寄せられ、逃げられない状況だった。
「っ!!?!?」
何度も何度も唇が重なり合い、やっとのことで離れた時には、リーセルの顔は紅く染まっていた。その様子を見ながらレオルドはふっと微笑んだ。
「好きだ。ミラン、其方が私の『影』であったときからずっと…。其方だけを…愛している」
蕩けるような視線で見つめられ、リーセルは驚きで心臓がバクバクと音を立てる。まさか…幼い頃から仕えていた主に想いを告げられるなど思っても見なかったのだ。
「今世の名前を教えてくれないか?今の其方ごと…愛したいのだ」
「……っ、リーセル・ジェウスです……、その、レオルド様のご子息の婚約者で……」
そう言えば先程破棄されたのだっけと思ったが、訂正する間もなくレオルドの表情が一気に恐ろしいものに変わる。これこそ氷のように冷たい視線で見る者の心すら凍り付かせると言う噂の通りだ。
「婚約……?即刻あ奴の首を刎ねねばな。リーセルは心配しなくても良いぞ。其方は私の妃とする」
「は……!?あの、待ってください。先程破棄されましたから、エドワルド殿下との婚約は!!」
「私以外の男の名を呼ぶのではない。どうせ血のつながりなど無い、ただの世継候補だ。無能なあ奴は斬り捨てても問題ない」
「はっ!!!?」
冷たいオーラを全身から醸し出すレオルドの言葉にリーセルは驚きを隠せずに素っ頓狂な声を上げてしまった。
──今、血のつながりが無いって言ってなかった!?
前王妃との間には二人の王子を儲けていた筈だ。何故血のつながりが無いのか……──
「俺が愛するのはミランとリーセルだけだ。それ以外の女を抱く気は無い。無理やり嫁がれ、愛せぬと放置していたが、知らぬ内に子が二人も産まれたのだ。おかしな話だろう?」
自嘲気味に言うレオルドにリーセルは絶句した。まさかエドワルドは前王妃が不貞を働き儲けた子だったとは……だからレオルドはエドワルドに全くの興味を示さなかったのか…
「戦争を終わらせ、良き王になろうとしたが…何もかも虚しくなり執務だけこなしていた。生きる希望も無く…早くミランの元へ行きたいと思っていたが……」
己の命を削るような無茶な生活をどれだけ続けてきたのだろうか……ミランの死にどれだけレオルドが傷つき、支配されながら生きてきたのだろうと思うとリーセルの胸が締め付けられた。
「今はリーセルと共に生きる未来しか見えぬ。もう其方は私のものだ──」
「……レオルド様……」
「逃がさぬからな──」
『孤高の王』が唯一求めたもの……それは──
唇が重なり合い、リーセルは目を見開いた。まさか、まさか、幼い頃からお世話した唯一無二の主に口説かれるなど、青天の霹靂である。
「さあ、愚か者どもを抹消しに行くか──」
しかし、取り敢えず今は般若と化した主を食い止めるのに尽力しようと思うリーセルなのであった。