2.陛下にお目通りを願いますっ!
『…れ、お…るど…さま…逃げて……』
五歳の時に流行り病で高熱を出し、リーセルは一週間寝込んだことがあった。その際にうわ言の様に何回もレオルドのことを呟いていたらしい。
意識が戻った時には、リーセルの『中』にもう一人の自分が存在していた。王家の『影』として、幼きレオルド王子に仕えていたミランとして生きて死んだ記憶が蘇ったのだった。
所謂『前世』というものだろう。
戦争は終結していた。長きにわたり隣国と争っていた戦争に終止符を打ったのは、現国王であるレオルド・ブライトンであった。あの幼かったレオルドが軍を率い、冷酷なまでに相手国を殲滅したと書かれた歴史書を見た時には胸が締め付けられる思いだった。
敵も、味方も沢山の犠牲が出た。ミランの同僚たちも恐らく生きている者はもう居ないだろう。その中で、レオルドは生き延びて…ミランが願ったように『良き王』になったのだと、涙が止まらなかった。
──レオルド様のお力になりたい……。
傍に居ると誓い、先に逝ってしまった前世の自分が悲痛なまでに叫んでいた。その日から、リーセル・ジェウスは公爵令嬢ではなく、王家の『影』になるべく動き出したのだった。
我儘放題だったリーセルは、寡黙になり、人知れず鍛錬を重ねるようになった。暗殺者としてのスキルを現世でも再現できるよう、基礎体力や魔力のコントロール、諜報としてのスキル磨きに日々明け暮れた。
『影』としてのミランは、暗殺・諜報を主とする一族の中でも随一の才能と力量を持ち合わせていた。その魂に導かれるように、リーセルの実力も成長と共に卓越していったのだ。
リーセルが十五になった時に、レオルドの子どもである第一王子エドワルドの婚約者に内定した時には、命を懸けてエドワルドを王にすると誓いを立てた。
エドワルドに付けられていた王家の『影』は全く使えなかった為、気付かれないよう、リーセルはエドワルドの危険を遠ざけ、不穏分子は抹消した。諫言を呈し、王太子への道筋を示し続けた。
リーセルから見て、エドワルドは危うい存在であった。幼い頃に王妃が亡くなり、周りの大人に甘やかされて過ごした所為か、他人がどうにかしてくれると他力本願的な言動が目立った。それに心が弱く、後先考えずに直ぐに楽な道に進もうとする。幼い頃のレオルドとは真反対である。王子教育からも逃げ出そうとするエドワルドを何回連れ戻したことか。
リーセルが不思議に思ったのは、父であるレオルドがエドワルドに全く無関心であったことである。王として多忙だろうと思っていたが、二人が顔を合わせ父子らしい触れ合いをしているところを見たことは一度も無かった。
国王の期待も関心も得られないエドワルドは日に日に荒れていき、傲慢な行動も目立った。小さな揉め事を何回も起こし、その度にリーセルが諫め、王たるやを何回も説いた。
そんなリーセルを徐々にエドワルドは疎ましく思い、遠ざける様になっていった。そして、甘い戯言ばかり言う男爵令嬢に堕ちてしまった。
それと同時にリーセルは『エドワルドは王に相応しくない』と、エドワルドに見切りをつける苦渋の判断をしたのだった。
──何故、レオルド様はエドワルド殿下を放っておくのか。
もう婚約者である自分では手に余るエドワルドを野放しにするレオルドに、リーセルはふつふつと怒りを溜めていった。そして、今回の婚約破棄騒動である。
「陛下にお目通りを願いますっ!!!」
リーセルは前世を思い出してから初めて、レオルドと正面から向き合うこととしたのであった──