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訪問者は後悔の情景を連れてくる01

 王都からゴールズワージー家の紋章が刻まれた馬車が到着したのは、辺境伯と話して一週間後のことだった。

 出迎えたのはカイルと数名の兵士。そして何故か鎧に身を包んだシャノンもいた。


 あの日から彼女とは王都の使者の件に関して話してはいない。しかしやはり何か思うことがあったのだろう。

 カイルはもちろん父であるアルバートも、今回の件にシャノンが同席することを反対はしなかった。


 やがて4頭立ての立派なキャリッジが、辺境伯の屋敷の門の前へ停められる。

 御者がゴールズワージー家の紋章が刻まれたドアを開くと、中から降りて来たのは金糸の髪を持った美丈夫であった。


 見覚えのあるその顔に、カイルはやはりなと心中でため息を吐く。

 男の名はヴィンス・ジェイミソン。先日侯爵の地位を父親から受け継いだジェイミソン家の長男で、ロックウェル王家とも関りがある。


 そして己の元婚約者、ホリィ・ゴールズワージー嬢の今の恋人との噂もあった。


 ヴィンスは出迎えたカイルを見つけるとその美しい顔に満面の笑みを浮かべて、手を伸ばして近づいてくる。


「やあ、カイル様。お久しぶりですね。少しお痩せになりましたか?」

「久しぶりだな、ジェイミソン侯爵。さてな、筋肉はついたと思うが。恐らく無駄な肉がそぎ落とされたのだろう」


 ちりりとした棘の混ざったヴィンスの挨拶を、カイルはさらりとかわす。

 握手は交わさなかった。もとよりそんな間柄ではない。


 ヴィンスはこちらに向けた手を引っ込めて、金色の目できょろりとあたりを見回した。

 辺境伯の屋敷はモリスで最も綺麗に整備された場所に建っているが、それでも王都に比べれば田舎で寂しい。

 それをわかって侯爵は皮肉気に唇をつり上げた。


「全く簡素な場所ですね。このような地でご苦労なさっているのではないですか?王太子にはお辛い場所でしょう」

「口を慎め、ジェイミソン侯爵。モリスは『このような』地ではない。厳しいながらも民が一生懸命生活を営み暮らしている、素晴らしい場所だ」


 カイルが訂正を入れるとヴィンスは忌々し気に片眉を跳ね上げて、しかし特に反論はせずに「そうですか」と頷いた。

 これにはカイルだけでなく、シャノンや他の兵士たちもむっとした様子であった。もちろんはっきりと顔に出すわけではないが、侯爵を見る目には憮然としたものが感じ取れる。


 ぴりぴりとした空気をまとったまま一同は辺境伯の屋敷にヴィンスを案内し、カイルとシャノンを残して他の兵士たちは客室の入り口で待機する。

 カイルがドアをノックすると辺境伯の声で「どうぞ」と返され、三人は客室の中へと入っていった。


 立派なソファとテーブルが置かれた部屋の中、辺境伯は数日前と同様に窓から外を眺めていた。

 ここからは門が見えるため、侯爵の様子を伺っていたのかもしれない。


 平常時でも厳しい眼差しをくるりとこちらに向けて彼は、ヴィンスに挨拶をした。


「やあ、ジェイミソン侯爵。長い旅路は疲れただろう。わざわざ足を運んでもらってすまないね」

「いや、私が個人的に用があったことですのでね、特にこちらの王太子、カイル様に関して話がしたいと思いまして」


 ちらりと目だけでカイルを見たヴィンスは、アルバートへと微笑みかけた。

 美丈夫の人好きのする笑顔にほだされる人間は多いのだろうが、辺境伯はその例から漏れる。

 表情を変えずに肩を竦めて、「座りたまえ」とヴィンスに一人がけのソファ席を勧めた。


 微笑み礼を言ったヴィンスがソファに腰かけたあと、向かい側の大きなソファに辺境伯を挟んでカイルとシャノンが並ぶ。

 鎧姿の娘が珍しかったのか、それとも何故こんなところに兵士がいるのだと思ったのか、ヴィンスの目がシャノンを捉えて瞬いた。


「まずは紹介しよう。こちらは私の一人娘、シャノンだ。鎧姿で失礼するが、これは騎士として生きるモリスの女の正装として受け止めてくれ」

「娘……?」

「はじめまして。シャノン・モリッシですわ」


 さらに疑わしげな目を向けるヴィンスに、辺境伯の娘は令嬢らしく挨拶を返した。

 確かにシャノンのような令嬢は、王都ではお目にかかれないだろう。

 だが流石に彼の態度は不躾だと苛立ちを感じたカイルは、彼女を隠すように身を乗り出してヴィンスに訊ねた。


「それで今日は何の用なのだ?俺に話があるのだろう。まさかともにモリスを観光しようなどととぼけたことは言うまい」

「もちろんですよ。カイル様。今日は本当に大事な用があってここまで足を運んだのです」


 ヴィンスはこちらに視線を転じると、にやりと唇の端をつり上げて話始めた。

 彼の金色の瞳は何処となくいやらしさを感じる、爬虫類じみた冷たさがある。

 ああ、これはよほど厄介なことを言われるのだろうな……。そうカイルが考えたところで公爵は一旦口を閉じ、もったいぶった様子でゆっくりと続けた。


「カイル様、貴方は王太子の座を降りてもらいたいのです」


 これに眉を跳ね上げ、不満げな顔を見せたのはモリッシ親子であった。

 カイルは無表情で向かいに座るヴィンスを見つめ、酷く冷静な声で訊ねる。


「いきなりそんなことか。理由は?」

「おわかりでしょう。貴方はホリィ嬢を不当に辱めたではないですか」

「……そういうことになっているな」

「言い逃れするおつもりですか?貴方のやったことは既に王や貴族たちだけでなく、民衆にも伝わっているのです。婚約者に不義理を働く者に、王の資格はないと」


 自信たっぷりに語るところを見るに、恐らく彼の言うことはほぼほぼ事実なのだろう。

 王都では貴族から民衆から、カイルの悪口が日夜語られているに違いない。


 ───婚約者がいる身でありながら別の女……しかも平民上がりの後ろ盾もなく礼節もなっていない娘と愛し合った王太子。

 ───貴族の中でも人気の高いホリィ嬢に不当な言いがかりをつけ、断罪しようとした愚か者。

 ───身の程知らずの浮気者。尻軽女に誘惑され、民への配慮を忘れた男。


 ずっしりと頭が重くなった錯覚がして、カイルは額を抑えながらそっと目を伏せる。

 人々が話し合うひっそりとした声が、どこかから聞こえてくるようだった。

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