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09 ゴブリンの行軍

 コサギは生後4か月になった。

 コサギの成長速度は、僕たちの予想を遥かに超えて……いや超えすぎて、理解が難しいくなっていた。背丈が僕と変わらないほど大きく成長し、薄緑色の綺麗な肌に、小ざっぱりした日本美人な顔になった。長く伸ばした水色の髪は、サラサラで撫でていると凄い気持ちいい。

 

「パパの番だよ、はやくして」

「うーん」


 言葉も交わせるようになり、僕お手製のボードゲームを一緒に楽しめるほどに、脳も発達している。時々、双子だったころの共通の思い出を覚えていないか探りを入れているが……。なーんにも覚えてないよー、と返ってくるだけだった。

 

 ただ、教えてもいない言葉を沢山知っていて、家の中から出た事もないのに、外の世界の知識もある。

 アイリスの古着を着ているせいで、妙な色気さえ放っている。

 速すぎる成長速度と、薄緑の肌、少し尖った耳、水色の髪。

 容姿は人と魔物のハーフみたいだ。

 

「はい、パパの番はパスで、これをこうして、はいサギの勝ち!」

「お前、オセロ強すぎな?」

「ちがうよ、パパが弱いだけだよ」


 コサギは腰に手を当てて、やけに得意気だった。

 生前のコサギと、現在のコサギの姿が、僕の頭の中でぴったりと重なる。

 

「パパはせっかち過ぎるんだよね、がっつき過ぎ? ママと二人きりの時もそうだよね」

「お前なぁ」


「癖が隠せないようじゃ、勝負には勝てないんだぜ、パパ」

 末恐ろしいゴブリンの娘を持ってしまったかもしれん。

 

 ◇◇◇◇◇◇


「パパ、パパ。なんだか外の様子が変だよ」


 ぴょこぴょことコサギの耳が子気味よく動いている。

 

「そうか? 別にいつも通り、静かな町だけどな」

「町の外だよ、すんごい騒がしい。いつも、森に紛れ込んだのがいても一匹くらいなのに、100倍くらいいる」

「うん? コサギ、なんの話だ。まさかゴブリンか?」


「ゴブリンだ」


 突然、キリっとした顔で言う。

 

「なんでゴブリンが? ベルストックは森の加護を受けているとか、そういう話を聞いてたんだけどな」

「分かんないよ。でも、転生した時の洞窟、ゴブリンが巣くっていたでしょ? あの山はゴブリンの洞窟がいっぱいあったよね? パパは知らないかもしれないけど、あそこには何百ものゴブリンと、色んなモンスターの巣窟になっていたんだよ!」

「えぇ? お前やっぱり前世の記憶ない? あの時のコサギは赤ちゃんだったろ」

「わかんないよ! わかんないけど、何でか知ってるの!」

「そうか……。それで、外に居るゴブリンっていうのは――」


 コサギは急に椅子から立ち上がり、ヤバイと呟く。

 

「パパ、ヤバイ! 森にいるモンスターが町に向かってくる! っていうか、もう何匹か町に入ってきてるよ!」

「ええっ? マジで?」


 僕には何も聞こえないから、いまいち危機感がなかったのだけれど。

 

「念のため、外の様子を見てくる。コサギは待ってろ」

「待って、パパ行っちゃダメ!」


 ドアを開けると、目の前を3匹のゴブリンが歩いていた。

 3匹とも、手にはこん棒のような棒切れを持っている。

 すぐさま音を立てないようにゆっくりドアを閉め、鍵を掛ける。

 なんで……。

 マジでいるじゃん、ゴブリン。

 

「パパ、そろそろママが帰ってくる時間、だよ」


 声を潜めるコサギは、頻りにドアを気にしていた。

 何か悪いものが入ってくると心配しているのか、アイリスを案じているか、両方か。

 

「わかってる。コサギは静かに、身体を隠すローブを着ておけ、いいな?」


 久しぶりにゴブリンを目の当たりにして、すっかり忘れていた焦燥感を思い出した。

 そうだ、この世界は、モンスターがいるんだ。

 外から人の悲鳴が聞こえてくる。

 鉄板を何度も叩く甲高い金属音と、角笛の音が聞こえる。

町の見張りが、ようやくモンスターの侵入に気付いたのだろう、警戒音が町中に響き渡った。


 なんでこんな、前触れもなくモンスターが襲ってくるんだ⁉

 この町は安全なんじゃないのか? 

石壁も積まず、門番も立てていないのは、外敵がいないからなんじゃ……。

 

 ドアが叩かれ、咄嗟にアイリスかと思い、鍵を外し開ける。

 

「アイリス⁉」


 違う!

 慌ててドアを閉めたせいで、大きな音を立ててしまった。

 どんどん、とゴブリンたちがドアを叩き始める。

 そりゃあ、気付かれるよな。

 

「ねぇ、ママを探しに行こうよ、心配だよ」


 おびえた様子で、コサギが寄ってくる。

 言った通りにローブで顔と肌を隠してくれていた。

 

「当然だ。裏手の窓から逃げるぞ、僕にしがみ付いて離れるなよ。いいね?」


 コサギを背負い、杖を握りしめて、窓から飛び出す。

 

「『来来廻風らいらいかいふう』」


 呪文を唱え、コサギと共に飛翔した。

 上空から町の状況を見定める。

 

 地上では町の男衆が武器を手に応戦し始めている。

 僕たちと同様に、上空から見守る人もいれば、上空から弓で迎撃している人もいる。

 大丈夫だ、最悪の事態には陥っていない。

 次第に人間側の前線が押していき、町の中から外へ、広い平原に押し出すことに成功していた。

 教会の方から、誰かがこちらに飛んで向かってくるのが見える。

 

「タカキ! コサギちゃん、無事だったのね」

「アイリス、良かった……無事で」


 彼女も空を飛んでいたらしく、僕たちを見付けて駆けつけてくれた。

 

「私は前線で戦うから、タカキはコサギちゃんを連れて教会に逃げて。あそこは避難所になってるから」

「アイリスも逃げましょうよ、一人で行かせられない」

「戦いは大人に任せなさい。しっかりコサギを守るのよ。ほら早く行って」

「待っ――」


 アイリスは返事も待たずに行ってしまった。

 

「ママと一緒に戦おうよ、パパ」

「……いや、アイリスを信じよう。教会に行く」

「うん……わかった」


 ◇◇◇◇◇◇


 平原で戦っている人数は10人ほどだった。

一列の即席陣形を作り、各々が杖を手に、火の呪文でゴブリンを押し返している。

隊列に加わると、見慣れた人物がいる事に気付いた。

隣りに立つと、彼女はすぐにこちらへ気付いた。


「あれ、アイリスじゃん! おひさ~!」


 ブロンドの髪を後ろで一つに纏め、凛とした顔だちにブルーの瞳が眩しい。

 シャツの袖をまくり、茶色のスカートを履いていた、いつ見ても大体似たような服装をしている。

 いつになく気合が入っている。というのに、お道化た口調はいつも通りだ。

 

「イエッタ、あなたのソレは相変わらずね」

「卒がない良い女って? 持って生まれたものよ、褒められる事じゃないわ」

「なーに言ってんだ」

「アイリスあなた、しばらく見ないうちに太ったんじゃない? ダメだよーちゃんと身体は動かさないと、鈍ってんなら今日は丁度いい機会じゃんね」

「いやー、それなりに身体は動かしてるよ」

「どこで?」


 イエッタは、にっと笑って言った。

 昔から勘の良い女だからなぁ、彼氏が出来たことくらいお見通しなのかもしれない。

 

「何処ででもいいでしょ! はいはい、手を動かして、ゴブリン倒す」


 さっさと話題を変えるのが一番だ。

 

「火の呪文が一番効くよーん。なぁアイリス、どっちが速い火球飛ばせるかぁ、勝負しよーぜ!」

「軽口はそこまでにして、集中してよ。数が多いんだから」

「ちぇ~、ノリ悪いなぁ。まぁ勝手に始めさせてもらうわ。行くぞぉー! ファイア! ファイア!」


 ハエ叩きでも振るっているかのような軽快な杖捌きで、イエッタは連続で呪文を唱える。

 

「炎にばかり頼るのは短絡的ですよ。森の妖精よ、怒りの雷を金床かなどこへ打ちつけ賜え。『来来雷らいらいらい』」


 杖からほとばし雷電らいでんが、次々とゴブリンを無力化していく。

 雷は速く、対象に当たる。敵が密集しているほど、一撃の効果は大きくなり、効率もいい。

 〝単純な生物に一番効くのは電撃だ〟と、かつて師だった恩人に教わったことを忘れてはいない。

 

「その古臭い詠唱と呪文は、やっぱアイリスだわぁ」


 ◇◇◇


 最初はどうなることかと心配したけれど、ゴブリン相手ならなんてことはない。

 10人掛かりで火球と雷を飛ばし続けていれば、ゴブリンは容易に近づくことさえできない。

 しかし、いくら倒してもゴブリン達は退いていかない。

 倒しても倒しても、キリが無いほどだった。

 

「なんか、モンスターの様子が変じゃない?」


 イエッタも異変を感じているようだった。

 

「変。まるで、明確な目的をもって動いてるみたい。でも、モンスターだって、自分の命は惜しいはずでしょ?」

「群れの半数くらいが死んだら、普通なら我先にと逃げていくもんよ」

「じゃあ、なんで」

「アイリス。変なのはそれだけじゃない、こいつら揃いも揃って武器をもってんの」

「あんな棒切れが武器か。何本持ってても変わらないんじゃない?」

「そうだと……良いんだけど。どうにも腑に落ちないね」


 呪文を撃ち続けた。

 

 粗方あらかた斃し終えたかに見えた。

 平原で動くものは、大人が少し増えて計14人と、瀕死のゴブリンが数匹もがいているだけ。

 森の奥にまだモンスターがいないか確認しに行こうと、話し合いを始めたところ、新たな異変に気付いた。

 

「地鳴りか?」「なんだ、大きい足音みたい」「森の方からじゃないか?」


 木々から鳥が、一斉に飛び立った。

 

「あれを見ろ! 信じられねぇ、ありゃゴブリン・フォートレスじゃあねえか! 伝説のモンスターだろ!」


 男が指した方には、一際大きいゴブリンが居た。

 木のてっ辺より高いところに、巨大なゴブリンの顔が見える。

 首の周りに足場が作られていて、小さいゴブリンがその上を走り回り、方々を監視していた。

 ゴブリン・フォートレスが森を抜け、平原へ出ると同時に、並みのゴブリン、そしてホブゴブリンが一斉になだれ込んできた。

 そのゴブリンたちは、まるで隊列を組んで行進しているかのようだった。

 数体ずつのゴブリンとホブゴブリンが1セットで、分隊行動している、様に見える。

 

「まさか、第2波⁉」


 イエッタは動揺し、杖を落とした。

 

「落ち着いて、呪文で対処すればなんとか――」

「あんなの聞いてない! あれ程の大物が出てくるなんて……勝てっこない」

「イエッタ、大丈夫よ。私にだって隠し玉くらいあるんだから」

「あのゴブリン・フォートレスは、この大陸のモンスターじゃない、私たちじゃ対応出来ないって!」


「やってみないと判らないでしょ! それに、私には守るものがいっぱいあるの。だから戦わなくちゃ」

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