07 壊れはじめる日常
肉体年齢が14才になって、数日が経ったある日のこと。
昼食後、最近僕が作ったボードゲームを使って、アイリスと楽しんでいた。
このボードゲームは生前、妹とよく遊んでいたもの。
ノッコノッコと言う自駒を乗せ合い敵陣を目指す、シンプルな遊び。
「また負けたぁー」
「シノが作ったゲームなのに、ヨワヨワだよねぇ。ねぇ? コサギちゃん」
「にゅ、よわよわ~」
コサギはアイリスの膝の上で、きゃっきゃと騒いでアイリスに甘えてる。
このまま温厚に育ってほしいな。
もう一戦、と言うところで玄関からノックが聞こえる。
風が強いのかな?
と話していたら、再びドアを叩かれた。
「すみません。リズボンさん、いらっしゃいませんか?」
「あ、はい! ちょっとお待ちください」
コサギを隠して、と言ってアイリスは玄関へ向かい、僕はコサギを連れて隣の部屋へ移動する。
お客さんなんて珍しいな。
ドアを開ける音がする。
「なにか御用でしょうか?」
「初めまして、私は科雨と申します。失礼ですが、シノさんはいらっしゃいませんか? 士野タカキさんです」
「彼に何か御用でしたら、伝えておきますよ?」
「リズボンさん、私は彼と直接お話したいのです」
「そう仰られても困ります。あなた、見ない顔ですけど、彼とはどういったご関係で?」
「では、今伝えてください。〝同郷の人間が会いに来た〟と」
「……なんの冗談ですか?」
「外で待っていますので、ちゃんと伝えてください。私は科雨。異世界の日本から来ました」
ぱたん、とドアが閉じて、アイリスが走ってくる。
「聞こえてた?」
「ええ。ちょっと出て行きづらかったんで、待ってましたけど」
「ど、どどどどどどどうしゅる?」
「応じるのが一番丸いんじゃないかな、なんで僕を知ってるのか気になるし」
「うーん。あんまり行かせたくないなぁ」
「どうして?」
「あの子、すごい美人だったから」
「アイリスさんより素敵な人はいませんよ。すみません、ちょっと出てきます」
足早に追いかけることにした。
◇◇◇
ドアを開けるとすぐに、こちらを向いて女性が一人、立っていた。
魔法使いみたいなローブで身を包み、深くフードを被っていて、いかにも〝お忍びで来た〟感じ。
「お待たせいたしました」
女性は、ふっと笑い、
「人目に付きますので、町の外まで歩きましょう」
そう言って、音もなく進んでいった。
町前の平原に出る。
以前アイリスと魔法の練習をした辺りまで歩いて、ようやく彼女は立ち止まった。
僕に向き直り、フードを取って顔を見せる。
すらりと伸びた足から立ち姿を見るに、身長は高く、スタイルがいい。
顔は、アイリスから聞いてたけど本当に美人だ、肩まで伸びた黒髪に、見たこともないほど肌が白い。
日本在住のままだったら、間違いなく芸能界入りしていたであろう美少女だと思う。
多分、年齢は18くらいだろう。
僕の観察眼は中々ハズさないんだぜ。
「改めて、初めまして。私は科雨マリアと申します」
「はい、初めまして。僕は士野タカキと申します」
「あはは。なんだか久しぶりに、日本人らしい挨拶を交わせました。名刺交換でもしたくなりますね」
意外と、快活に笑う人だ。
「それで、何の用ですか?」
「私の事、覚えてませんか?」
「覚えてって、面識があるような覚えはないですよ」
あ、そうか、メガネメガネとぶつぶつ呟いて、科雨は眼鏡を掛けた。
「あ」
「〝マー君! がんばれ! がんばれ!〟」
「てめえええぇぇ!!」
「あははは!」
「一応聞きますけど、なんであの洞窟で僕を見捨てたんですか?」
「あの時は、貴方が死んでもよかったんだよ。ゴブリンに武器を渡したのもわざと」
「……つまり、あの時始末するつもりだった僕が、なぜか生き永らえていたから殺しに来た、とか?」
「だから、命を取るつもりはなかったんだよ、本当にね。事情が変わったの」
「何が?」
「この〝二か月〟我々はずっと貴方を監視していました。そして貴方は〝制御可能な人物〟であると合衆国で判断されました」
業務的な物言いに、少しムっとする。
「合衆国? どう言うことですか。それに二か月って――」
「アメリカの事じゃないよ? 合衆国はこのプルマキア大陸で一番強い国。私はそこの使者をしていたり、色々面倒事を押し付けられてる女だよ。君の事もそう、国に押し付けられたんだ。毒には毒を。異世界人には異世界人をってね。士野君の対応は、完全に私に任された」
「つまり? 話が見えません」
「まぁまぁ、慌てないで。物事には順序ってものがあるよね。そもそも君に、私が全てを開示する訳がないだろう?」
「はぁ……。じゃあ、用件だけさっさと済ませてください」
「挨拶だけってのも誠意がないと思ってね、士野君に手土産がある。これを受け取って」
科雨はローブの内側から、棒状の物を取り出して僕に手渡した。
それは古い日本刀だった。
ぼろくて刀身も錆びだらけの、よく言えば骨董品。
「こんなの貰ってもなぁ……何の役にも立たないじゃないですか」
「そいつは数百年前の転生者が持ち込んだ私物でね、国宝レベルの刀だよ。文化的価値がすんごい高いの。出すところに出せば国が傾く値が付く、んだけど、ソレに君の〝力〟を使ったらどうなるかな?」
「ああ、なるほど。そういう事ですか」
詠唱する。
《進化 仮想付与 ……error 再構築します》
エラー⁉ 今まで見たことがない、どす黒い光が漏れ、どくどく血が流れるような鼓動が刀から手に伝わる。
《修正、再構築完了しました。接続を反転----す》---?
《異界の小太刀・仄 ..........スキル測定失敗》---
バグってて訳わからん。
進化後の日本刀は、見た目こそ小奇麗な小太刀なんだけど、手にしていると妙な感覚がある。今まで触れたことの無い付与効果が乗っているようだ。
「へぇ、本当に〝進化〟させられるんですね」
科雨は、ずいっと身を寄せて、顔を見降ろしてくる。
「まさか、これが見たかったんですか?」
「日本でよく言うでしょ、百聞は一見に如かずと。あなたが進化で殺したゴブリンも、リズボン宅の中も私は見て確認しましたが、やはり魔法の現象を直接見るほうが一番理解が早いですね」
「いつの間に家の中に入ったんですか」
「国家機密です。じゃあ、いよいよ本題に入るね」
「あっはい」
「貴方にお願いしたいことは二つある。一つは私の男になること。二つ目は、とある人物との接触を固く禁ずること。それだけ」
「わたしの、おとこぉ?」
「私は今まで恋をしたことがないけれど、安心して! これからは士野君に一途になろう」
「……意味がぁ、わからなぃ。っていうか、マー君はどうしたんですか。あれが彼氏なのでは?」
「あいつは偶然仕事が一緒になっただけさ。名はマーカス・メビウス、冒険者だよ。心配しないで、あんな男に何もさせてないよ」
「心配してませんて。じゃあ、とある人物と接触するな、っていうのは? まさかアイリスさんじゃないですよね?」
「そこは残念ながら、違う。君が絶対に会ってはいけない人物は転生者の奴だ。名は『野宮リリイ』。こいつはヤバイ、マジで」
「ヤバイ?」
「リリイとは絶対に接触してはならない。これは国からの命令。合衆国も細心の注意を払ってる」
「なんなんです、その人は。それほど危険なんですか?」
「詳しく言えないけど、最後に得た情報では、他の大陸へ渡ったと聞いてる。リリイは武器商人だ。転生者の力を使って戦場を作ってるヤバイやつ」
「はは……僕とは無縁そうな人ですね。判りました。条件は受け入れます。それで、何か見返りはあるんですか?」
「君と妹の安全を保障する」
「判りました、じゃあそれで。もういいですか? 僕は帰ります」
内心、話にならないと思っている。
「待ちなさい、条件をのむと言いましたよね? 舌の根も乾かぬうちに他の女のもとへ戻るの? 二股は杖だけにしておきなさい」
「いや、え? 本気ですか、私の男になれって」
「当然じゃないですか。考えてください、貴方は私を好きになるんですよ。キスも未経験の生娘を彼女に出来るんですよ。それに私は美人でしょう?」
「科雨さん、営業職は向かないですね」
「……皮肉とは、一番レベルの低いユーモアだって、ドラマで言ってたよ。士野君」
「低レベルで結構です。僕はアイリスさんと一緒に居たい」
「彼女は士野君に隠し事をしていますよ。それも、男関係の秘密があります。気になりますよね? 私が全部教えます。リズボンの――」
ビッと陶器の割れるような音が聞こえた、科雨の顔に小石が当たっている、ように見えた。しかし、なにか見えない壁でもあるのか、小石はそのまま空中で弾けて、地面に落ちる。
「魔法で盗み聞きとは、やはり品の無い女ですね。アイリス・リズボン」
科雨の視線の先には、こちらに歩いてくるアイリスの姿があった。
いつになく不愉快そうな表情をしている。
「女傑のマリアぁ! 私のシノから離れなぁ!」
女傑のって、この女がマリア、あぁ……絵本の人か。