06 仮初の家族
異世界にきて、一か月ちょっと経つ。
ステータス通りだと、僕は今日で14才になった。
僕が5月16日生まれ。
妹は転生した日が誕生日になるから、4月11日かな。
こっちの世界の正確な暦を、僕はまだ知らない。
前世は前世だ。
妹の第2の人生は、まさかのゴブリンとしてスタートした。
育ての親は僕とアイリスという事になるので、妹は僕の娘になる。
『バカ兄! きもい!』
と、今にもコサギの罵声が聞こえてきそうだった。
僕の誕生日を機会に、アイリスと今後の事を少々、話し合った。
「名前がないと不便だし、やっぱり、コサギちゃんでいいんじゃない?」
「確かに、そうですね。もう100%間違いなく、この子がコサギだと思いますし」
そう言うのも理由がある。
コサギの成長速度は目覚ましく、既に自力で立って家の中を走り回っている。
身体も、普通のゴブリンと違って肉付きがよく、肌艶も滑らかで綺麗だ。
水色の髪が肩まで伸びていて、とっても可愛い。
アイリス手製のベビー服を着ているものあって、薄緑色の肌以外は普通の女の子と変わらなかった。
「ぱーぱ、ぱーぱ」
「なんでしゅか、コサギちゃん」
「ぱーぱ、ぶーん。ぶーん!」
「ぶーんね、はいはい」
僕はコサギを抱っこして、ぶんぶん! ぶーん! と自動車の真似をしながら駆け回る。
キャッキャと心底楽しそうに喜ぶコサギの姿を見て、誰がうちの子をモンスターと言えようか。
もしもうちの子をモンスター差別する輩が現れたら、〝可愛いは正義〟という日本語を教えてやる。
愛くるしすぎて毒親になってしまいそうだ。
娘をモンスター呼ばわりされた日には、ワシはモンスターペアレンツにだって、甘んじてなってやるぜ!
「ぶーん! ぶりぶり! ぶんぶん!」
「きゃっきゃっ」
「何をしているの? シノ」
「うぃえーぃ! 見られちゃったんだ!」
「ぶっぶー!」
僕たち親子は、奇声を上げるだけで楽しいお年頃なのであった。
◇
誕生日の夜、ささやかだが僕の誕生会を開いてもらった。
こっちの世界には『誕生日ケーキ』という文化がない、自作しようにも作り方が解らない。
本当は、誕生日には何でもいいからケーキが食べたかったけど、無いものねだりしても仕方がない。
なので、アイリス流のおもてなしをしてもらえる事になった。
「シノ君、お誕生日おめでとぉー! 誕生日と言えばシチューとお肉よね」
「おおー! マンガ肉……じゃないけど、分厚いステーキだぁ! やったー!」
「ままぁ、まんま、まんまぁ」
「近ごろ森に動物が増えてるみたいで、安く肉が買えるのよねぇ」
コサギはとっくに乳離れしている。
早い成長速度で、生後一年半くらいの外見にまで育った。
とは言え、まだ赤ちゃんなのに肉汁滴るステーキを頬張る姿は、流石にちょっと異様な気がする……。
アイリスはコサギの食べる肉を小さく切り分けてから、角杯にエールを注いでグビグビ呑んでいる。お酒かぁ、ここ日本じゃないけど、14才で呑んじゃダメな事くらい、わかってるよ。
ちょっと気になるけどねっ、どんな味なのか。
「シノの世界だと、その『誕生日ケーキ』っていうのが定番なの?」
「国によると思いますけど、僕のいた日本って国では一般的でしたよ。うちって僕とコサギが双子だから、大きいホールケーキ一つで、二人分祝ってもらってました」
「両親に愛されてたんだねぇ。会いたいと思ったりしないの? 戻る方法を探したい、とか」
「うーん戻っても、向こうじゃ死んでますからね。別の世界で元気に生きてるよって、伝えたいぐらいですよ」
「ほんとさぁ。シノって見た目は子供だけど、中身大人だよね」
アイリスは口を拭いてから、2杯目のエールを喉に流し込んだ。
「こう見えて、前世の年齢と、幽霊だった時間、この世界で過ごした時間の合計は17年を超えましたからね」
「立派な男って訳だ」
「そりゃぁ、そうですよ」
ほろ酔いのアイリスは意地わるそうな顔をして言う。
「前の〝何でもしてあげる〟って約束。〝誕生日に添い寝で本を読んで欲しい〟って言ってたけど?」
「そ、それが?」
「ふぅーん。それが? ねぇ?」
僕は豪勢な夕食に舌鼓を打ちつつ、照れ隠しをしていた。
◇
その夜、コサギを寝かしつけてから約束の時間がきた。
いつもアイリスと一緒に寝ているベッドで、今日は本を読んでもらう約束だ。
アイリスの家には、読むものが殆どなかった。
なくても困らないが、この町には新聞もないので、外の情報が全然入ってこない。
新しい知識が入ってこないことに少し不満を感じていると、
「じゃあ、誕生日に本を買ってあげる」
と、アイリスが言ってくれた。
一緒に横になって、早速買ってもらった本を広げてもらう。
『女傑のマリア』という表題の、絵本だった。
「この本ね、前に女の子の間で結構流行ったやつなんだよ。何度も話を聞いたから、よく覚えてる」
タイトル的に、確かに女子向けっぽいなって思った。
アイリスはページを捲り、声に出して読み始める。
『女傑のマリア』
あるところに、異世界からやってきた少女がいました。
その少女はマリアと名乗りました。
マリアはとても美しく、肩まで伸ばした美しい黒髪と、知的な眼鏡姿が特徴的でした。
少女は王都に移り住むと、その優れた容姿からすぐに、貴族たちの注目の的になります。
誰が最初にマリアを落とせるか、男たちの間で賭けが始まりました。
次々にマリアを襲う狼たち。
(……これ絵本だよな? いきなりセンシティブな方向に振り切ってるけど)
貴族たちは順番に、マリアを犯そうと家を訪れます。
(これ絵本よな⁉ 貴族たちっていうか、強姦魔たちだよ!)
けれど、どういう訳か誰一人としてマリアに触れることすら叶いません。
その事実が、貴族たちの心に火を付けました。
〝世界で最も美しいマリアには、誰も触れることはできない〟と噂が噂を呼びます。
今夜こそマリアを手籠めにするぞ、と王都の貴族たちは勇み、勢ぞろいで彼女の元へ押しかけます。
(おいおいおい、薄い本に引けを取らない展開になってきたぞ)
しかし、やはり誰もマリアに触れません。それどころか、服を脱がすことすら叶いませんでした。
貴族たちは態度を一転して、怒りました。
自分の物にならないなら、殺してしまえ。
そう考えた貴族たちは、マリアに斬りかかります。
剣は通りませんでした。
では毒を盛るのはどうでしょうか?
毒も利きませんでした。
水攻めはどうでしょうか?
水も弾いてしまいます。
(もぅーあの、突っ込まなくていいですか)
怒り心頭の貴族たちは、マリアを家に閉じ込め、火を放ちました。
炎はみるみる燃え広がり、あっという間に家は全焼、酸素は燃焼していきました。
(なんで急に韻踏み始めるんだよっ!)
燃え落ちる家屋の中から、無傷のマリアがとぼとぼ歩いてきました。
マリアは歩き去る際に言いました。
〝私は異世界から、この世界を滅ぼすために来た〟
貴族たちは、初めてマリアに恐怖します。
彼女を殺そうとした人たちは、蜘蛛の子を散らすように消えていきました。
それ以来、マリアを探そうとする者は現れませんでした。
めでたし、めでたし。
終わり。
「え、終わり? fin? 何かめでたかった?」
「終わり。このマリアって子さ、話が本当ならシノと同じ世界から来た人かもよ?」
「まぁ、特殊なスキルを持ってるのは確定的だね。ノンフィクションだったら多分、同郷の人かも」
「これ本当の話だよ」
「あぁ……。だとしたら、だいぶ倫理観ぶっ飛んだ世界なんだ、ここは」
アイリスは僕にキスをしてから、毛布を被った。