05 ステータスと魔法の授業
アイリスのもとに厄介になり始めてから一週間が過ぎ、その間に様々な変化があった。
まずはゴブリン赤ちゃんの事から。
なんと、生後十日にもかかわらずハイハイが出来るようになった。
首も座っているし、成長速度が僕の知ってる赤子の比じゃない。
数日前から、アイリスさんの乳を直接吸っているからか? 母乳と一緒に魔力も吸っていたりするのだろうか。
あぁ、いいなぁ、僕もアイリスさんに吸い付きたい!
次に僕だけど、今まで失念していたとても大切なことを思い出してから、僕の環境は激変していた。
それは『ステータス』だ。
僕のスキルやらアビリティ、おおよそゲームで頻繁に見かける類のものが視覚化できるようになった。
ただ、この世界には、レベルという概念はないらしい。
代わりに、大まかに分けて三つの要素がある。
スキル、アビリティ、スペル。これらが全てツリー化されている。
鍛えれば鍛えるだけ育ち、分岐していくのは、リアル寄りと言えばそうかもしれない。
で、僕のステータスはこんな具合だ。
【名前・タカキ=シノ】
【年齢・13歳11カ月】 微妙……に若返っている。
【人種・人族=日本人】 人族って概念があるなら、亜人とかもいそうだな。
【職業・ショタメイド】まぁアイリス家のお手伝いさん、だけどさ。
【特殊固有スキル・進化】僕だけの特別な能力って事だね。
因みに、HPやMPの表記はない。
スキル等の表記は、『進化魔法Ⅰ』 みたいな感じ。
『筋力Ⅱ』『生命力Ⅲ』『魔力Ⅲ』こんな具合で続いていく。
僕の持ってるスキルは、使えそうなものから、そうでない物まで沢山あった。
一番高レベルのスキルは、『変態Ⅴ』『シスコン属性Ⅴ』の二つがある。
解りやすく言おう。
【スキル】その人を構成する、あらゆる要素を細分化して項目にしたもの。
【アビリティ】とは、ゲームで例えると戦闘コマンドみたいなもの。
【スペル】とはそのまま呪文、魔法の分野だね。
僕がいま使えるのは〝進化魔法〟だけだ。
また暴発すると困るから、詠唱しなければ発動しないように加筆修正してもらった。
あの不愛想な天の声にね。
《なんて?》
この進化魔法、実は生き物以外にも使えると知って、僕は仰天した。
試しにアイリス家のろ過装置を進化させてみたら、現代の浄水器みたいに清潔で美味しい水を作れるようになった。
他にも色々と、近所の人にバレないように家の中だけを進化魔法で改良し、より暮らしやすい家にしていった。
改築して、大きい風呂を作ったのが一番感動したな。
進化魔法のスペル、『進化』から派生したスペルがある。
『状態記憶』『仮想復元』『仮想付与』の3つで、計4つの魔法を僕は使える。
記憶と復元を使えば、ある程度の〝進化〟を操作できる。
これは大きな発見だった。進化させ過ぎて壊れてしまうものが多いからね。
『状態記憶』と『仮想付与』に関しては、これ単体のスペルとしても使えるけど、基本的に〝進化〟する際に連動する代物だった。
『仮想付与』は面白いが、かなり運要素が強い。
言っちゃえばガチャなんよ、付与効果ガチャ!
彼女は僕の魔法をみて、天の恵みじゃー! と大はしゃぎで家の中を駆け回っていた。
僕の魔法を伝授することは特殊固有スキル故に不可能なので、アイリスさんには頼まれたものを進化させてあげている。
その代わりに、今日はアイリスが使える魔法と、魔法についての知識を教えてもらうことになっていた。
アイリスは教会で働いている、修道女って訳じゃないけど。
教会内の雑務が主な仕事だが、最近は聖水の製造に注力している。
僕たちが住んでいる町ベルストックは、神聖な森に囲まれた非常に清らかな環境らしく、更には森の加護も受けているらしい。
ベルストックの環境は聖水作りに適している。
故に、聖水製造は町の経済力に深く関わっているそうだ。
△
昼頃、アイリスが帰ってきた。
「ただいまぁ。ごめんね、仕事遅くなっちゃって」
「おかえりなさい。お昼ご飯は作ってありますよ」
昼帰りで遅くなったと言われる事に、ようやく慣れてきていた。
「じゃあ、魔法を教えるのは食事を頂いてからにしましょう」
食事が終わり、早速アイリスの授業が始まる。
「まずはシノに、杖をあげます」
「待ってました!」
「じゃーん! 新品の杖でーす!」
「ありっ……んんー?」
これ、ただの木の枝じゃね? 持ち手にボロ布が巻いてあって杖に見えないこともない、けど。
「枝ですか? しかも先っぽが二股に分かれてて、なんだか不格好です」
「のんのん! ただの木の枝じゃありません。〝アイリスが拾ってきた木の枝〟です」
「履いたパンツに付加価値付けてネットで販売する人みたいですね」
「真面目な話、それが一般的な杖なんですよ。ベルストックの木々は祝福を受けているので、そのまま杖にするんです」
「なるほど。ケチつけてごめんなさい」
「まずはその杖を、自分の物にしましょう。シノの〝特別な魔法〟でね」
「あ、そうか!」
杖を握りしめて、進化後の杖を想像する。
「やります。森の妖精よ、七色の歌声を奏で賜え。〝進化〟」
《進化 仮想付与》
蒼白い光を放ちながら、枝の杖はガチガチと音を立てて形を変える。
丁寧にやすりを掛けたかのような滑らかな材質に変化し、二股に分かれた杖の先は、片方が真っ白になっている。
《"二股の杖・妄念のツィネル〟状態記憶しました。付与効果『魔力圧縮効率Ⅳ』『二重変換Ⅲ』『火遁Ⅱ』『風遁Ⅳ』》
追加効果が色々付いてしまった。
と言うか、火遁風遁ってなんだ、ニンジャか?
「よし、シノが杖を手に入れたところで、早速教えるわね。まずは魔法とはなんぞやってところからね」
「はい、よろしくお願いします」
アイリス先生の授業内容は、要約するとこうだ。
この世界の人は当たり前に、誰でも魔力を持っている。
魔法は誰でも使えて当然のもので、重要なのは〝熟練度〟であること。
魔力を変換する為に必要なアイテムが杖である。
詠唱は、実は要らないらしい。
詠唱をする意味は〝私は今から呪文を唱えます〟という周囲への注意喚起が目的である。口にする文言はお祈りとか、おまじないの類で、それっぽい事を言っておけばオッケー! らしい。公共の場での呪文使用は、詠唱の義務が生じる他、基本的に禁止としている地域が多い。
歩きたばこ禁止みたいな感じ。
同じ呪文でも地域や使う人によって詠唱の文言と〝呪文名〟が全然違う、等々。
詠唱は15文字以上とか、ローカルルールも結構あるみたい。ややこしいね!
「説明はこのぐらいだね。何か質問はある?」
「詠唱が不要ってのは判るんですが、呪文名みたいなのも、要らないんですか? 花火とか」
「シノがその呪文を使い慣れればね。感覚で魔力の変換後を想像できたら、だいたい不要になるよ」
アイリスは自分の杖を軽く振って、杖の先に『花火』を出した。
「ね? 簡単でしょ。じゃ、まずは花火からやってみよう。詠唱ありでね」
「やってみます。森の妖精よ、七色の言葉を我に贈り賜え〝花火〟」
どしゅーん! ぱーん! ばぢばぢぢぢぢぢぢ!
打ち上げ花火ぐらいのデカイ火球がアイリスの耳元を掠め、玄関のドアをぶち抜いていった。
場所を改め、町の外にある広い平原で授業を再開することにした。
一時間ほど練習して、ようやくアイリスと同じ大きさの花火を出せるようになった。
「普通は逆なんだよねぇ。火力を上げるのに苦労する人が普通で、火力を下げるのに苦労する人は、聞いたことないんだよねぇ」
「ごめんなさい。この杖、進化させたら色々と追加効果が付いちゃって、滅茶苦茶扱いづらいんです」
「あぁ、いいのいいの。面白かったし。まぁそういう暴れ馬な杖も、力の調整を覚えるには丁度いいかもね」
「確かに、それはそうですね。じゃあ、授業はこの辺で終わりですか?」
アイリスはくすりと笑い、
「今日の本番はここからだよ。もしこの呪文を使えたら、ご褒美に一つ、なんでも言う事聞いてあげる」
と言った。
〝なんでも言う事聞く〟やつキター!!
「なんでもって、なんでもですか?」
定型文過ぎる返答に、なんでもよ。と定型文が返ってくる。
なんでも、なんでも、なんでも。
我、天啓を得たり。
「行くわよ? 森の妖精よ、我をかの地へ連れ去り賜え『来来廻風』」
随分と気持ちの籠ってる詠唱に聞き入っていると、突然アイリスの姿が消えた。
「あれ? アイリスさん?」
「こっちこっち!」
アイリスは、スーパーなんとか人みたいに空を飛んでいた。
なるほど。あんな事が出来るんじゃ、この世界は科学技術より魔法が発達するのも頷ける。
「威力は抑えて。周りに誰もいないから、試しに詠唱無しでやってみよう。よし、『来来廻風』」
垂直に真っ直ぐ飛び上がった後は、風に乗るようにゆっくりと飛翔していった。
すごいぞこれ、何処までも飛んでいける気がする。
高度300mくらいまで上昇して、周囲の景色を一望する。
死ぬ思いで散々彷徨った針葉樹の森や、僕が転生した洞窟がある山地、川の先には海が広がっていた。
「こんなに色彩豊かな世界だったんだなぁ」
アイリスは僕のところまですーっと飛んできた。
流石は先生、鳥みたいに自然に飛んでいる。
僕の周りをぐるぐる回った後、背後から抱き着いてきた。
大きい胸が惜しみなく押し付けられ、赤面しそうになる。
「どう? これが貴方が生きていく世界よ」
「最っ高に気持ち良いです!」
「え?」