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04 アイリス・リズボン

 町の中でモンスターが現れた。

という片田舎では珍しい騒ぎは、日が沈む前には大人しくなっていた。

 聞くところによると、少年は森の中へ消えていったらしい。

当のモンスターを見たのが私だけだった事と、少年の姿は後姿しか見られていなかったこと。

 以上を踏まえて、


「これは子供の悪戯だろう」

「変なガキに絡まれて災難だったな」


 と、皆私を慰めた。

 

 私は家に帰り、コップ一杯の水を飲んで、台所に籠を置いて開ける。

 商店で買った布オムツが半分と、食べ物が半分、残っていた。

 全部盗まなかったのは何故なのだろう。

 オムツも盗っていったのは、あのモンスターが幼体だから?

 人間がモンスターを育てている、と言うの?

 

 数日前にベルストックを訪れた旅人が、ゴブリン退治に行くと話した、と町中で少し話題になっていたのを思い出した。

 

 ゴブリン……あまり見たことはない。

 確か緑色の肌で、痩せこけた小さな体躯に、少し人と似ているモンスター。

 シノ君が抱いていたモンスターの特徴も、ゴブリンのそれだ。

 ゴブリンは、ベルストック近辺には生息していない。

 しばらく南下した先の山に幾つもの洞窟があって、ゴブリンの巣になっている場所が複数あるから近づかない様に。

 と教会から御触れが出たばかりだった。

 

 今日の昼頃、広場に馬車が入ってきた後に、神父から聞いた話だから記憶に新しい。

 

 旅人、ゴブリン退治、ゴブリンの赤ちゃん、シノ君、森の中で三日間の遭難。

 

「これって、全部関係しているんじゃないの?」

 

 シノ君の話が本当なら、あの子たちは、あと数日ももたずに行き倒れてしまう。

 私の持っていた食べ物を半分盗んだところで、たかが知れている。

 それに赤ん坊が口にできる食べ物は入ってなかった。

 滅多に見ないモンスターに驚き、私が取り乱してしまったせいで、見ず知らずの少年の活路を閉じてしまったのではないか。

 

 私のせいで、また森に戻るしかないシノ君は、どうなるの?

 

「ああ、ダメダメ。気になって眠れなくなっちゃう」


 籠を抱えて市場に戻り、食料品と食器を買い足してから、私はシノ君を追って森へ入った。

 

 日が暮れかけていて、森は既に薄暗闇の中だった。

 腰のベルトに挟んでいる短い杖を引き抜き、呪文を唱える。


 こほん。

 

「森の妖精よ、七色の言葉を我に贈り賜え。『花火はなび』」


 呪文を唱え終わると、杖の先から火花が散り、ぱちぱちと絶え間なく照らし続けてくれる。

 

「よし、行くぞー! シノ君は絶対に川辺にいる、ここをまっすぐ行けば、絶対会えるさ!」


 自分に言い聞かせるつもりで声に出し、気力をふるう。

 ベルストックの北側にある大きな川は、この辺りでは唯一の水源なのだ。

 シノ君が生きようとするなら、川を頼る他ない。

 少し歩くと、川辺に沿った真新しい足跡があった。

 

 よし、近いね。

 

 子供の小さな足跡が続いていく先に杖を振ると、そこには照らし出された少年が、一人で俯いていた。

 

「シノ君? なにをしているの?」


 声を掛けても返事がなく、膝をつき、くっと俯いたままだったが、ズボンを上げてベルトを締め始めた。

 よかった、ちゃんと意識はあるんだね。

 

「シーノくん、なーにをしていたのぉ?」


 再度確認すると、彼は困り顔で答えた。

 

「いえ、死ぬ前に、少しだけ気分転換しようかなって思ったんですけど、そんな元気すら無い事に気付いて絶望していたところ、です」

「何を訳の分からないことを言っているの。ご飯は? 少しは食べたの?」


 彼は、近くの木を指した。

 抱っこしていた赤ん坊と、背負っていた荷物が置いてある。

 荷物の上には千切れたバケットが放置してあったが、殆ど手を付けた様子はなかった。

 

「口の中が乾いてて、パンが喉を通らないんです」

「わかった、少し待っててね。食べ物を持ってきたの」


 シノ君の状態が想像以上に悪かったことが判った。

 

 肩を貸して木の根元にもたれかけさせ、安静にさせておく。

 念のため赤ん坊の様子もみてみると、やはり緑色の肌をしている、ゴブリンの赤子だった。

 ただ、色を除けば人間の赤子と殆ど差異はないように見える。

 私の子も、生まれてすぐはこんなに小っちゃかったっけ。

 

 よしよし、赤子の頭を撫でて、食事の準備に取り掛かる。

 

 と、その前に、籠からランタンを取り出し、ずいっと杖を突っ込んで火を灯した。

 

「森の妖精よ、七色の祝福を我に与えよ。『来来炎らいらいえん』」


 魔法で火をおこし、石を組んで焚き火台を作った。

 川水を使って、魔法で飲み水を生成しシノ君に飲ませる。

 初めてエールを呑んだ時の私みたいに、豪快で気持ちのいい飲みっぷり。

 よく見ると結構可愛いんだ、この男の子。

 

「アイリスさんって、魔法使いなんですか?」


 喉が潤ったのか、シノ君が話し始めた。

 

「そうですよ。魔法を見たことないの?」

「綺麗な魔法は初めてみました」

「卵スープを作るから少し待っててね」


「あの、アイリスさん。僕の荷物の中にお米があります」


  ◇

 

「最強のリゾットでした、ご馳走様です」


 大袈裟に手を合わせるシノ君が、子供っぽくて面白い。

 彼は、リゾットの残りを冷まして、なんとか赤ん坊に食べさせようとしていた。

 

「口にあってよかった。ところで、その赤ちゃんは、人間の子じゃ無いのよね?」

「ええ、恐らく違います」

「理由を聞いてもいいかしら、どうしてその子を連れてるのか、貴方が何処から来たのか」

「……たぶん、信じられないと思いますよ」

「いいから、ね? 教えてよ」


 彼は少し思い悩んでから、ぽつぽつと話し始めた。

 

  ◇

 

「──で、やっと町を見つけて飯屋を探していたら、アイリスさんに会ったって訳です」

「それは、なんと言うか……本当にごめんなさいね……」

「いいえ、結果的に助けてもらったので。それに今考えたら、僕お金持ってないんですよ。だから結局、飢えていたと思います」

「そうかもね。それで、その子が妹さんかもしれない、と言うのは、どこまで確信を持っているの?」

「状況としては、9割くらいですね。この子が妹ではない理由を無理矢理つけるなら、この肌の色だけです」

「なるほどねぇ」


 想像していたよりも、複雑な事情を持つ少年とゴブリンの赤子だ。

 ただ、家族を見捨てることが出来ずに、必死にもがいてきた彼の行動には、酷く共感を覚えた。

 

 私も彼と同じだから、非情な決断を迫るようなことは、とても言いたくない。

 本当は、モンスターの赤子を育てるなんて、自滅の道へ進むだけにしか思えないけれど。

 

 もしこの兄妹を救えたら、私の人生が何か変わるかなって、淡い期待も浮かぶ。

 

「妹さん、ご飯食べれてる?」

「ダメみたいです、殆ど吐き出しちゃう」

「そっか。ちょっと待っててね、お乳出すから」

「え、それも、もしかして魔法で?」

「あはは。違うよ、流石にそんなトンデモ魔法は使えないよ。私はこれでも一児の母なの、母乳がまだ出るから、出してあげるよってこと」

「そうだったんですか」

「なんだ、反応薄いね」


 だって直視できませんし、と言って赤面するシノ君は、なんだか可愛い。

 服の下から、自分の乳をコップに少しずつ絞り出し、シノ君に渡す。

 

「ゆっくり飲ませてあげて」

「これが……アイリスさんの母乳か。すんすん」

「観察しない! 匂いをかぐな!」

「ごめんなさい! あ、飲んでる! やっと水以外を口にした……よかったぁ」


 三日も絶食していて元気の無かった赤ちゃんが、ちびちびと母乳を飲み始めた。

 彼は安堵の息を漏らし、飲みやすいように角度を調整しながら、ゆっくり与えていった。

 飲み終わった頃には、赤ちゃんは満足そうにげっぷをして、追加をねだる様に手を振っていた。

 

「本当にこの子、生まれてから水しか飲んでなかったの?」

「ええ。と言うか、水と固い生米しか無かったので」

「よく生きてたわね、人間の赤ちゃんだったら助からなかったかも」

「それ、僕も同じこと思ってました」


 ◇

 

「ねえシノ君、君はこの先、どう生きていくつもりなの?」


 ちょっと意地悪なことを聞いてみた。

 

「それは……まずは……どこか、腰を据えて妹を育てられる場所を探します」


 言葉を選びながら話しているのが伝わってくる。

 

「この町以外でってこと?」

「そう、ですね。ここだと、騒ぎになってしまったので。きっとすぐに捕まります」

「じゃあ、私の家で匿ってあげるって言ったら、どうする? それでもこの町は嫌?」


 シノ君の表情に、ぱっと光が射している。

 

 よしよし。

 

「いいんですか?」

「もちろん。まぁ妹さんは、絶対家から出さないって条件で、だけれどね。また騒ぎになっちゃうし」

「でも、旦那さんとか、息子さんにはなんて──」

「今は居ないから気にしないで、私一人で住んでる家だし。あのオムツはね、間違えて買っちゃったんだ。最近、息子を手放したばかりだから。それにお客さんも来ないし、退屈なの。どう? 来る?」


「お言葉に甘えさせていただきます」

「決まりね。しっかり面倒みてあげる!」


 私は新しい日常の始まりに、密かに心躍らせていた。

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