23 撤退不可能
「くっそ、なんだこいつ⁉」
「ぎゃあぁぁ! いきなりボスみたいなの出てきたー!」
「こいつは……〝デスシーカー・シザー〟だ! 俺たちじゃ勝てねぇよ!」
「勝てないって、なんで?」
「『シルバー』が相手にするモンスターだぞ⁉ そもそもなんで湿地帯にいるんだ、海にいるモンスターなのに」
コサギは臆さずに、デスシーカー・シザーに攻撃を仕掛ける。
巨大な爪を機敏に動かし、コサギと交戦するシザーは、口から泡を吹いている。
なんだ? 何が起きている⁉
コサギは抜刀術の構えで、シザーの動きに対応する。
爪の攻撃に合わせてコサギは木刀を抜く。
「食らえぇっ!!」
ばきっ、と嫌な音がした。
コサギの木刀が折れた。
当たり前だ、これは模擬戦じゃない。
あの巨大な質量の爪を、木刀で受けきれるはずはなかった。
衝撃で吹き飛んだコサギが、僕の後方にいるアリーヤの目の前に落ちる。
「アリーヤ! 僕が時間を稼ぐ、コサギを連れて逃げてくれ!」
僕はそう言いながら、杖を握ってシザーに向かう。
魔力を流し、杖に力を溜める。
「いや、タカキ! 〝鼠のマーチ〟を使うから、君が背負って逃げてくれ! 俺の演奏があれば――」
「いいから! コサギを助けろっ!!」
アリーヤは僕の指示を無視して、〝鼠のマーチ〟を吹き始めた。
「『来来鎌風』!!」
泡を吹いているデスシーカー・シザーに風魔法を打ち込むが、分厚い殻を貫くことは出来なかった。
しかし、荒れ狂う風の刃が爪の一部を剥がした。
その一部分は粉々に砕け、空気中に散って、漂う。
その破片は、コサギの身体にも触れた。
この時もやはり、コサギの特殊固有スキル〝情報吸収〟が発動していた。
けれど、まだ本人は気付いていない。
◇◇◇◇◇◇
「アリーヤ……どうして何もしないの?」
コサギはよろよろ立ち上がりながら問う。
「ちゃんと支援してるだろ、俺の演奏で戦闘が有利になってる。じゃなかったらシルバー級のモンスターは相手に出来てない!」
アリーヤは面白くなさそうに、眉根に皺を寄せて言い返す。
「そうじゃないよ、サギが言いたいのは、そんな事じゃない」
「それに、俺の短剣で斬りかかっても意味ないだろ? タカキの魔法だって、そこまで効果がないじゃないか」
「なんで、言い訳するの? サギ達はパーティでしょ? 仲間になったのに、助けてくれないの?」
「助けてるじゃないか、演奏を使ってる」
「使った使ってないとか、そんな事どうでもいい! 仲間でしょ⁉ サギがアリーヤをパーティに入れたの! サギが受け入れたの! どうして一緒に戦ってくれないのよ! 危ないときは互いに助け合う、それがパーティじゃないの⁉」
「俺は! 一緒に戦って……るだろ」
アリーヤは足もとに浮いているシーカーの残骸を睨みつけながら、絞り出すように言った。
轟音を伴いながら、タカキとデスシーカー・シザーの戦闘は続いていた。
「くっそ……こんなに素早い相手じゃ〝進化〟を撃ち込む隙が無い」
タカキは独りごちり、風の呪文で応戦する。
進化は強力だが、リスクも伴う。
相対しているデスシーカー・シザーの外殻は非常に頑丈で、その上動きは俊敏だ。無理に素手で触れようものなら、自身の骨が粉々に砕けてしまうことは容易に想像出来た。それに万が一にも進化で倒せなかった場合、対象となる敵を強化してしまう恐れがある。
〝急速な進化〟に耐えてしまう個体、その例としてマッシュバーン町長がいる。
「やっぱり、今回は逃げるしか――」
「パパ! 今行くよ!」
声に振り返ると、コサギが武器も持たずに突撃してきていた。
「ばか! やめろ!」
「うぉぉらあああぁあっあ!!」
コサギは勢いよくデスシーカー・シザーの懐に入り、拳を放った。
瓦が割れるような音がした。
同時に、シザーのお腹がばっくり割れ、体液が周囲に撒き散らされる。
「マジかよ、やったな! コサギ! お前のパンチは大地も揺るがすもんな!」
声を掛けて、異変に気付いた。
流れているのはシザーの体液だけではなかった。
コサギの腹部から血が溢れている。
シザーの鋭利な爪が、コサギの腹に食い込んでいたのだ。
まるで、相打ちのような状態に陥っていた。
「コサギ! 僕に掴まれ!」
シザーからコサギを引き離し、アリーヤの元まで背負っていく。
「どうしたんだ?」
訳も判らないアリーヤは、状況が飲み込めていなかった。
コサギは意識が朦朧としていて、尚も出血が止まらない。
このままでは死んでしまう、とタカキは判っていた。
そんな彼らを、モンスターは待ってくれない。
デスシーカー・シザーがその場で絶命すると同時に、腹の外殻が弾けた。
シザーの腹を蹴破って、腹部から何体もの〝探求者〟が這い出てきたのだ。
シーカーの群れは一直線に、タカキたちを目指して歩き始める。
その光景を目の当たりにしたタカキは、決断した。
「アリーヤ、コサギを背負え。すぐに病院へ連れて行くんだ」
「いや、俺には……俺が……行軍速度を上げれば大丈夫だ」
タカキは口籠るアリーヤを殴り、無理矢理コサギを背負わせた。
『来来廻風』
タカキはアリーヤに呪文を唱え、大空へ浮かび上がらせる。
「コサギを頼むぞ、アリーヤ」
「タカキ! ちょっと、待ってくれ! お前はどうするんだよ!」
「後で必ず帰る。コサギを任せるからな!」
他人を飛翔させるのは初めてだった。
細心の注意を払い、空中のアリーヤを移動させる。
タカキはシーカーに包囲されながらも、アリーヤに掛けた飛行魔法に神経を尖らせていた。
シーカーに身体を掴まれ、殴られても、飛行魔法にのみ意識を傾けている。
◇◇◇◇◇◇
風に乗り、彼らは飛ばされた。
湿地帯を抜け、原っぱの上をそよぐ風の様に移動していき、やがてゆっくりと着陸した。
シノク王国の大きな城門が見える。
まだ、人を背負って歩みを進めるには遠い。
アリーヤはコサギの状態を見て、即座に止血を試みた。
とは言え、布を押し当て患部を圧迫する以外に、現在できる応急処置もない。
〝鼠のマーチ〟を演奏し、行進速度を上げる。
それから言われた通り、アリーヤはコサギを背負って、病院を目指して走った。
アリーヤが城門に着く前に、門兵が異変に気付いていた。
数人の兵士がアリーヤに駆け寄り、「負傷者か⁉」と大声で尋ねる。
「お腹をえぐられてて、血が止まりません! 早く手当を!」
「これは酷いな……わかった。おーい! 担架を持ってこい!」
兵士たちは人を集め、ゴブリン娘を病院へ搬送した。
それから数時間後。
病院に担ぎ込まれたコサギは手術を受け、一命をとりとめていた。
容体が落ち着き、眠りに就いたコサギを看病しながら、アリーヤはタカキの無事を心から祈った。
少しして、近づく足音に反応し、アリーヤの猫耳が動く。
「アリーヤ、コサギは無事か?」
彼は声に驚き、ハッとして振り返ると、泥だらけの士野タカキが凄然と佇んでいた。
◇◇◇◇◇◇
僕はコサギの病室にいる。
意識は戻っていないが順調に回復している、と医者は説明してくれた。
人間だったら失血死で死んでいたらしい。
コサギは驚くべき生命力と回復力を見せている。
「幸い内蔵は無傷ですし、傷口も縫合してすぐに塞がりました。ゴブリンの少女というのは自然治癒力が強いのですね」
落ち着いた雰囲気の医者は、そう言って感心するように頷いた。
僕はコサギの顔を眺め、優しく撫でる。
もう命の心配はないとわかって、心から安堵した。
医者は胸ポケットに刺さっているペンを手に取って、頭を掻きながら言う。
「容体は安定しておりますが数日は絶対安静です。2、3日は様子を見ましょう。ゴブリンの治療に関しては前例もないので、念のため」
「判りました。本当に有難うございます」
コサギはこのまま入院することになった。
アリーヤは最後まで無言のまま、何処かへ消えていった。
ベッドで静かに眠っている娘の額にキスをして、僕は病院を後にする。




