21 初めてのクエスト
パーティ結成から一夜明け、今日から冒険にでる。
水筒【改】に入るだけ水を入れ、ギルド食堂でお弁当を包んでもらった。
まるでピクニックに行くぐらいの手軽な準備だけど、僕たちは最低ランクの『ブロンズ』だ。
戦闘のあるクエストがあるのか知らないが、最弱には最弱が相手するって具合だろう。
と予想している。
武器はどうするか。
ツィネルは勿論持って行くけど、木刀か真剣か。
真剣の〝仄〟は付与効果が一切不明で、実戦で使うにはいまいち気乗りしない。
数分悩んだ末、木刀に決めた。
帯電させれば威力と速度も乗るし、壊れても構わない代物だからだ。
これで、僕の装備は整った。
出発前にマリアが僕の部屋に訪れる。
「ついに初めての冒険ですか、昨日は眠れたの?」
「ばっちりですよ。遠足前の幼稚園児じゃあるまいし。ちょっとモンスター倒してくるだけです」
「へぇー? クエストを受けてもいないのに随分と余裕ですね。あまり調子に乗って怪我しないように気を付けてくださいね」
「判ってますって。マリアは、今日も仕事?」
科雨マリアは僕たちがシノク王国に到着してから、ベルストックの違法聖水に関する裁判で忙しいくしている。
厳密には裁判の準備段階らしいが、肝心のマッシュバーン町長が口を割らないため……いや、僕の〝進化〟のせいで喋れなくなった上に、生殖器も失ってしまったため〝どう考えてもマッシュバーン町長が犯人だが、肝心の町長が犯行を行えない状態になった〟せいで、捜査がかなり難航してしまっているようだ。
その節は、誠に申し訳ございませんでした。
「そう、今日も明日も仕事仕事。シノク王国で、合衆国の〝飛び地〟ベルストックを起訴するのは手続きが複雑でね。だから合衆国の私が間に入ってるって言うのに。まぁ町長は〝あんな風〟になったけど、死んだわけじゃないし、不起訴にはならない。もう一人の主犯のデール神父は健在だしね。昨日、ベルストックの町民と修道女から供述録取書も取ったから」
「そうですか。その……すみません僕のせいで、町長が〝あんな風〟になっちゃって」
「いいよ別に、そろそろひと段落つくし。あ、そうだ! タカキがクエストから帰ってきたらさ、『科雨食堂』で打ち上げしよ? まだ案内できてないし。特上寿司でお祝いしよう! せっかく海の幸が豊富な国に来たんだから、魚を食べなきゃね」
「いいですね、楽しみにしてます」
「決まりね。じゃ、いってらっしゃいのキスして?」
「はいはい」
顎をくいっとして、そっと口づけするとマリアは少し顔を赤らめていた。
「行ってくるね。タカキも気を付けて、怪我しないように」
「わかったよ」
何度かこんな風にマリアとキスしている内に、僕はアイリスへの言い訳を考えるようになっていた。
キスしてるからか、同郷の人だからか、命の恩人だからか判らないけど、僕は彼女を受け入れ始めてる。
◇◇◇
ギルドのメインホールに降りていくと、既に冒険者たちで賑わっていた。
コサギとアリーヤは端の方で、楽しそうにお喋りしている。
昨日の模擬戦で打ち解けたらしい。
コサギは前世でも、友達作りは上手な子だったからね。
階段を降りて、パーティメンバーの元へ向かった。
「それで、どのクエストを受ける?」
朝の挨拶を交わし、早速クエストを探す。
今までスルーしていたが、ギルド入口のすぐ右側に、大きいクエストボードが設置されている。
依頼書が煩雑に張り付けられているが、依頼書は色分けされているので探すのはそれほど手間じゃない。
クエストボードに3人がかりで張り付き、依頼を物色する。
『ブロンズ』の依頼は、数は沢山ある。
「俺はこのゴブリン退治でいいと思うよ。ほらこれ〝洞窟に住み着いたゴブリンの討伐〟」
「まーたゴブリンかぁ」
「サギはねぇ、強いの倒したいね! あ、これがいい! 〝オメガ・ダイヤシャークの討伐〟!!」
「それは『エーテル』級な」
「俺たち一回目のクエストだし……討伐ならゴブリンとかスプリガン、スライムだよ。ちょっと背伸びしてトロルとか、〝シーカー〟かな」
「〝シーカー〟って?」
「死んでゾンビになった冒険者を〝探求者〟って呼ぶんだ。冒険者の後始末も冒険者の仕事さ」
「皮肉利きすぎな」
「それな! サギはぁ、これだ! 〝シーサーペント・アギトの討伐〟!!」
「「それも『エーテル』級な」」
結局〝洞窟に住み着いたゴブリンの討伐〟の依頼書を手に取った。
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シノク王国 南東 ロイヴェーグル草原の東
サナス山の麓にゴブリンの巣窟有り。
壁外の農作物に被害有り。
人的被害、現状無し。
早急に対応されたし。
【報酬】 小銀貨3枚 大銅貨20枚
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「この報酬って、相場的にどうなん? 安いの?」
「俺も初めてクエスト受けるけど、3人で一日働いて小銀3は……その日の宿代で消えちゃうね」
「しょぼー! しょぼいよ」
「まぁ冒険者はその日暮らしの人も多いよ? 『ブロンズ』の依頼でも一日食っていけると思えば十分だよ」
「なるほど、納得! アリーヤは頭いいね! でも、しょぼいね!」
コサギはかなり不服そうだが、僕はこの依頼書を受付に持って行く。
ルオッタがカウンターの端から手招きしているので、そっちに向かった。
僕がカウンターの前に着くと、ルオッタは『Close』と書かれた木のプレートをひっくり返し、『Open』にする。
「ちょ……ルオッタさん、贔屓は止めてください。周囲の目がありますから」
「まぁ! その若さで身の振り方まで心得ているなんて!」
「茶化さないでよ……こっちは真面目にやってるんだから」
「わかったわ。じゃあ、今回は初回だから特別って事で! 次回からは普通に並んでね、必ず私の所に。それじゃ、依頼書を見せてもらえる?」
「はい、ゴブリンです」
「うんうん、千里の道も一歩からってね。でもタカキさんはゴブリンを100匹以上倒してるし、今更ゴブリンじゃなくても」
「実は僕、パーティを組んだんですよ。仲間と戦うのは初めてなので、小手調べです」
「まぁ! それでパーティ名は? 昨日受け取った申請書は未記入でしたが、名を売るには必須なの。〝俺たちはワイバーンを倒した何某だ!〟って具合に売り文句になるから」
「パーティ名か……まだ考えてないですね。後から決めてもいいですか?」
「構いませんよ。では、依頼書を受理します。一時的に仮のパーティ名が自動で振り分けられるので、確認して下さい」
ルオッタは依頼書をコピー機みたいな長方形の箱に通し、ハンコを押してから僕に返却した。
依頼書に〝受注済〟のハンコが押され、パーティ名の欄に『ホワイトスミス』と自動記入されていた。
ブリキ職人か……〝進化魔法〟使いの僕には、言い得て妙とも言えるし、皮肉ともとれる。
「それでは、よい一日を! タカキさん」
「ああ、ルオッタも! よい一日を」
こうして僕たちは、冒険の第一歩を踏み出した。
◇◇◇
シノク王国、南門を抜けてロイヴェーグル草原に出た。
芝生の絨毯が地平線まで延々と続いていくような、平らで起伏の少ない草原の東側には、岩肌の目立つサナス山が顔を覗かせている。
暦の上では梅雨頃だろうが、この地域には関係ない。
異世界だからね。
今日の気温はやや肌寒いくらいで、天候もいい。
いい冒険日和だと思う。
僕たち3人は現場に向かう道中、ずっと世間話や身の上話に夢中になっていた。
コサギはアリーヤをかなり気に入っているようで、色々と質問攻めにしている。
話を聞くと、彼はごく普通の家庭で生まれた少年だそうだ。
母親がネコ科獣族のハーフで、アリーヤもその血を引いているクォーターなんだとか。
年は僕より2つ上の16才で、つい最近冒険者になった。
「ほら、俺のは母親譲りで垂れ耳だから、髪に隠れてて普段は見え辛いだろ?」
アリーヤは白い髪を掻き分けて、隠れている白い耳をつまんで見せる。
肌は褐色なのに、猫耳は毛がびっしり生えていて白いんだな。
「ほんとだぁ! ええ⁉ じゃぁ耳が4つあるってこと⁉」
「そうだよ。人の耳と猫耳は聞こえる周波数が違うらしくて、普通の人より聴力がいいんだ」
「すごーい! サギもね、耳が良いんだぁ。ゴブリンだからねっ」
「未だに俺、コサギがゴブリンなんて信じられないな。確かにゴブリンの特徴的な部分はあるけどね」
そりゃゴブリンが皆コサギみたいに普通に話し、理性もある種族だったなら、獣人と同じように人族と共存しているだろうな。
暫く歩いていくと、目的地のサナス山が大きく見えてきた。
荒い岩肌が目立つ、標高600メートルくらいの小さい山だ。
所々に横穴が空き、大きな洞窟も目立つ。
穴あきチーズみたいだ。
なんとなく頭の片隅で思った。
サナス山は最初の洞窟があった山と、似ている。




