20 吟遊詩人
サフランさんの店は道具屋だった。
店内は日本のコンビニくらいの広さで、日用品から冒険のお供まで、品揃えは豊富に見える。
僕とコサギの件でギルドに顔を出している間、店は閉めていたらしい。
後々知らされると、流石に申し訳なくなってくる。
軽食を取るスペースがあり、5席ほどの椅子とテーブルが設置されている。
「じゃあ、あたしは仕事するから、あなた達はそこで相談してなさい」
どことなくアイリスに似ている声で言うサフランを、目で追う。
道具屋だったら、杖くらいあるんじゃね、と思って聞いてみることにした。
「二人とも、ちょっとだけ待っててくれ」
と、コサギとアリーヤに一言断った。
「サフランさんの店って〝杖〟を取り扱ってたりしますか?」
「杖? その辺で枝でも拾ってくれば?」
「う……。じゃあ、なにか木の端とか、枝っぽいの貰えませんか?」
「枝っぽいもの……ウチは廃品回収の業者じゃないよ」
サフランは渋々、カウンターの中を物色し始め、最終的に芳香剤に刺さっている棒を一本寄越した。
「なんか、匂いますよコレ、濡れてるし……」
「文句言うなら返せ」
「いや、貰いますけど」
まぁ、復元で〝ツィネル〟にすれば済む話だしね。
詠唱する。
《『仮想復元』 "二股の杖・妄念のツィネル〟を復元しました》
芳香剤のスティックは、僕の進化魔法によって愛用の杖に姿を変えた。
すべすべで肌触りもよく、二股の片方が白く色落ちしているのが、洒落てて気に入ってるんだ。
その一部始終を見ていたサフランは、僕に掌を見せてきた。
「なんですか、その手は」
「お金。〝杖の代金〟を寄越しな。あたしから受け取ったよね? ソレ」
「受け取ったのは芳香剤のスティックですが?」
「じゃあ、あんたが手に持ってるのは何だって言うの!」
「僕の杖ですが?」
「ほら杖だ。金を払いな! 金がねぇなら身体で払いな!」
奇しくも僕は一文無しだったので、身体で払う事と相成った。
◇◇◇
「二人ともすまん、待たせたな」
「どうしたの、パパ」
「この短時間で随分と、げっそりとしたような気がしますね」
「リズボン家は強引ってことが、今日証明されたよ……」
気を取り直して、自己紹介の時間だ。
「僕は士野タカキで、こっちが娘の士野コサギだ。二人ともブロンズの駆け出し冒険者だよ」
「よろしくねぇ~ん」
「よろしく、タカキとコサギ。俺はアリーヤ・ハフナーだ。『ロール』は〝吟遊詩人〟で……よく馬鹿にされるんだけど、変えるつもりはない。君たち、俺の『ロール』が嫌じゃなければ、是非パーティを組んで欲しいんだ」
「なんで嫌がられるの?」
コサギがばっさり質問する。
「それは、一般的に〝吟遊詩人は必須じゃない〟からだね。俺がするのは味方の応援と音楽での支援さ」
「アリーヤは戦わないの?」
「一応、護身用の短剣は持ってるけれどね。専門は支援だよ」
なるほど、彼がパーティーに入れてもらえない理由がわかった。
口ぶりからして、戦闘不参加、音楽で何らかの上昇効果を味方に与えるだけの役割ってところか。
実際に組んでみないと判断が難しい。
パーティでクエストを受けたら報酬は山分けになるだろう。
戦闘に参加しないアリーヤも当然、報酬を貰う権利はある。
僕とコサギは、衣食住の問題は抱えていないから、報酬に関しては多少寛容になれるが……。
他所はそうもいかんだろう。
「とりま、一曲やってよ! アリーヤの音楽を聴いてから、採用するかどうか、サギが判断する!」
「お前が決めるんかーい!」
「もちろん、いいですよ」
アリーヤは外套の内側にあるポケットから、使い古されたオカリナを取り出した。え、吟遊詩人って、オカリナなん⁉ てっきりギターみたいなのを使うと思ってた。彼が演奏した曲は、聴いたことのないものだけど、コサギはとても気に入ったらしい。確かに、吟遊詩人に強い拘りがあるのも納得できるほど上手だった。
「うん。きみ、さいよう」
演奏が終わると、簡単にコサギが言う。
「ほんと⁉ ありがとう! よかったぁ、一生仲間が見つからないかと思ってたんだよ」
「コサギがいいなら、僕は文句ないよ。冒険者になったのもコサギの為だしね」
「改めて、二人ともよろしくな! そうだ、よかったらこの後時間ないか? パーティを組んだら、まずはギルドの模擬戦場で手合わせするのが通例なんだ」
「やるやる! パパ! 早く行こう!」
「わかったわかった、行くよ。サフランさん、僕たちギルドに戻りますね。今日はお世話になりました!」
「はいはい。もう家族なんだから、いつでも帰ってきな。いってらっしゃい!」
せっかちな娘に従い、ギルドにとんぼ返りすることになった。
◇◇◇
ルオッタ受付嬢にパーティの申請書を提出して、模擬戦場の入場を許可してもらった。
案内され模擬戦場に行くと、そこはギルドの広い中庭だった。
「模擬戦はこちらで行ってください。怪我には十分気を付けてくださいね」
「判りました。ありがとうございます」
「一つお尋ねしますが、タカキさんは木剣はお持ちですか?」
「いや、なーんもないです」
僕はどう見ても、杖以外は手ぶら。
それを見越して、ルオッタが教えてくれる。
「ですよね。木剣は銅貨1枚で販売しておりますが、お持ちしましょうか?」
「いや……無一文なんで……なんか無料のやつ、あったりしません?」
「……でしたら、少々お待ちくださいね」
ルオッタは中庭の端っこの方までとことこ歩いていき、薪置き場の前で角材を拾って帰ってきた。
タカキとコサギは、角材を手に入れた。
アリーヤ・ハフナーは、ちゃっかり木剣を購入した。
《進化 仮想付与〝木刀〟状態記憶しました。付与効果『日本剣術Ⅱ』『抜刀術Ⅰ』》
僕はこっそり角材を木刀に〝進化〟させ、一本コサギにあげた。
「パパ! まずはサギと遊ぼう!」
「いーよっ」
「私は観戦させてもらいますね」
「俺も見てるぜ!」
ルオッタとアリーヤは離れたところで見学するようだ。
僕とコサギの二人で木刀を手に向かい合う。
付与効果の関係で、僕たちは剣道みたいな構えをする。
「いくよーん、パパー!」
「応っ! かかってこい!」
コサギは前動作無しで、すっと僕の懐に入ってくる。
剣先は既に、僕の首筋に届いていた。
実戦だったら動脈斬られて死んでる。
想像以上に速かった。
一本取られたな。
距離を取り、再び向かい合い下段で構える。
さっきと同じように、コサギは一瞬で詰めてきた。
剣先を弾き、僕は一歩左へ逸れて避ける。
間髪入れず、連続で打ち込んできた。
あしらい、隙をついて剣先をコサギの首筋に当てる。
「今度は僕から攻めるぞ」
「いいよいいよ! かもーん!」
僕から打ち込む。
木刀が激しく打ち合わされ、パンパンと乾いた音が中庭に響く。
僕の攻撃を蹴りで弾いたり、足で受け止めたり、剣術としては滅茶苦茶だけど、コサギは強かった。
木刀を振り回すコサギは、実に活き活きとしている。
それから何度も打ち合った。
中々決着が着かなかったが、僕の木刀を足で受け、飛んだコサギが空中で『抜刀術』を構える。
状況が変わる。
自由落下しながら技を打つつもりか!
ならば此方も技で対応するまでだ。
木刀の柄を左手で握り右手を添え、刀身を寝かせる。
木刀に魔力を流し、帯電させてみた。
『雷切』
互いの技は一瞬で交差した。
漫画でよくある、斬り合いながらすれ違うヤツを人生で初めて体験し、興奮して鳥肌が立つ。
「ぐはあぁぁっっっ!!」
コサギはワザとらしく吐血する振りをして、血を拭う演技まで挟んでから、木刀を腰に差す。
「すっげぇなぁ二人とも! それじゃ、今度は俺だ!」
「サギとやろ! まだまだ動き足りないや!」
「負けないぜ、コサギ!」
アリーヤと軽々打ち合っているコサギの動きを眺めていると、隣にいるルオッタが話しかけてきた。
なんだか、妙にもじもじしている。
「タカキさん、若いのにとってもお強いのですね。まるで何度も死線を超えた名のある冒険者の様でした」
「そんな、大したことないですよ。モンスターをちょっと倒したくらいです」
「謙遜されてますね。どんなモンスターを倒したか伺っても?」
「いや本当、僕は人並みですよ。ゴブリンを50匹くらいと、フライ・ゴブリンを70匹くらい。ゴブリン・フォートレス1匹ってとこです」
言うと、ルオッタは驚嘆し、僕の腕を組んで手を絡めて握ってくる。
いわゆる、恋人繋ぎを初対面でされてしまった。
「やはり貴方が、伝説のゴブリン・フォートレスを倒された『雷嵐の魔導師』様なのですね⁉ マリア様が保護している異世界人の殿方と聞き、もしやと思っていたのです。あぁ……受付の仕事抜けだして良かった……」
「あ、ああ。ベルストックじゃ魔導師って呼ばれてたね」
「私はルオッタ・ライネ。ルオとお呼び下さい。あぁ、なんて小さく逞しい。魔法のみならず剣までも腕利き。なんて素敵なの」
「あぁ、うん。ありがと」
銀髪美人のルオが、組んだ腕を更に絡めて身体を押し付けてくる。
いや、違う!
お胸が控え目で気付くのが遅れたが、これは……。
〝当ててんのよ!〟ってやつだ!
Aカップだから気付くのに30秒も費やしてしまった。
こいつ……まさかその胸で僕を誘惑しているのか……⁉
だが、それもまた佳し!!
「パパー! なにその女を発情させてんのよ!」
「えへへ」
ゴブリン娘に怒られるのであった。




