18 パパきもい、と言われる日
「〝思い人に設定された異性は30m圏内にいる場合、防壁の対象となる〟〝思い人の異性との接触が両方向で可能になる〟」
らしいよ⁉ と言って、マリアは一人勝手に盛り上がっている。
「もしかしなくても、僕ですか、その〝思い人設定〟って」
「当り前じゃないですか。これ〝彼ぴ設定〟って呼ぶと可愛くない?」
「可愛いっちゃ可愛いんじゃないですかねぇ⁉」
僕の進化魔法もランク上がってるかな、と思って久しぶりにステータスを開くものの、変わらず『進化魔法Ⅰ』だった。
結構使ってるのになぁ……。
「彼ぴなんだから、タカキって呼んでいいよね? ねぇねぇ、両方向で接触可能って書いてあるよぉ? 触ってほしいなぁ?」
もう、彼女面がすごいんだ。
僕は仕方なく、マリアに正面から向かい合い、顎をくいっとしてみた。
「あ、ほんとに触れるんだ」
「はぁん! いきなりソレは、反則だよぉ……」
普段のくっそ偉そうな態度とのギャップに、少しばかり興奮してしまう士野少年であった。
僕は調子に乗って、顎くいしたままマリアに質問する。
「じゃぁ、そろそろベルストックで何があったか、話してくれないかい?」
「はぃ」
トコトンしおらしくなったな。
可愛いところもあるじゃないか。
◇◇◇
「っていうと何、タカキは町長を〝玉無し〟にしたの、覚えてないんだ?」
と言って、マリアは笑った。
最初から話すね、とマリアは仕切り直す。
「マッシュバーンが町長の座に落ち着いてから、ベルストックの金の流れが怪しくなったんだ。私はイエッタや他の諜報員から情報を集め続けた。多すぎる側室、隠された赤子、採取された血液。そして禁忌に触れた。赤子の血は〝穢れの無い無垢な血〟聖水の効力を何倍にも引き上げる禁断の手法なんだよね。ただ土地柄、手を出しづらい厄介な町なんだ。地図上ではどう見てもシノク領なのに、ベルストックは合衆国領に属する、飛び地ってやつね。で、合衆国お抱えの〝絶対死なないマリア〟が、出張ったってわけ」
「じゃあ、マリアは僕じゃなく町の監視でベルストックに来てたんだね」
「両方だよ、監視対象が一か所に集まったのは幸運だった。で、私は証拠を手に入れたかった。ただ中々ガードが硬くてね。一筋縄ではいかなかったの。でも、最終的に、タカキがひと暴れしてくれて、私は火事場泥棒して一件落着って訳よ」
「僕が暴れるところまで、想定してたのか」
「まぁね。……思い出すだけで笑っちゃう、あの町長の姿! マッシュバーンが宇宙人になっちゃったのよ、タカキの進化魔法で」
「くっそぉ、なんでそんな大事な所が記憶に残ってないんだ……」
「そのうち見られるよ、裁判所で。もっとも、あんな姿で証言されてもね。〝玉無し〟が子供を作ってましたなんて、神でさえ信じないよ」
そう言って、マリアはケラケラ笑い転げる。
散々笑った後、彼女は落ち着きを取り戻し、そっと神妙な面持ちで俯いた。
「ただ何より悲劇なのは、リズボンは何も知らずに、我が子の血で聖水を造らされていたってこと」
◇◇◇
それから数日後。
シノク王国での僕の居場所は、『冒険者ギルド』の3階その角部屋で、娘の部屋は隣にある。
理由は、ギルドもまた合衆国の〝飛び地〟だから。
マリアが最も権力を発揮できる場所に住まわせてもらっている。
家賃無料、ギルド食堂に行けば無料で飯が出る。
隠居するならここしかないって場所だけど、若い僕は数日で持て余していた。
「隠遁生活きちぃー!」
僕が町に忘れてきた小太刀や、リュックサックはイエッタが回収していた。
お陰で全て、今は手元にある。
アイリスが誕生日に買ってくれた絵本もね。
しかし、ゴブリン討伐で受け取ったお金は、僕の手元にない。
アイリスが持っているだろうか。
それから、存在を忘れていた僕と妹の水筒を見つけ、試しに進化させてみた。
《水筒【改】 状態記憶しました。『容量増加Ⅳ』『浄化Ⅳ』》
2つとも同じ性能になった。
隣の部屋に行き、コサギに声を掛ける。
「おーいコサギ、水筒あげるよ。後さぁ、なんか杖になりそうなもの無い?」
「ぎゃあぁ! なに勝手に入って来てるのよ!」
ドアを開けると、半裸のコサギが窓から差し込む日光で輝いていた。
なんと美しい。
「別にいいじゃん、赤ちゃんの頃から裸は見てるんだし。で、杖っぽい物ない?」
「デリカシー無さすぎ! パパきもい! 杖? 欲しいなら買いに行けば?」
「じゃあ、一緒に街に出かけようぜ?」
言いながら、僕はずかずかと娘の部屋に侵入していく。
「分かったから、分かったから! 着替えるから出て行って!」
コサギは赤面しながら僕を追い出した。
「前世じゃ双子の兄妹で、今は親子だぞ。何がそんなに恥ずかしいんだか」
だいたいさ、『パパきもい』ってなんなんよ。
僕はぼやきながら、着替えを待った。
◇◇◇◇◇◇
ギルドの1階、メインホールに降りて行った。
そこはいつも、人や獣人の冒険者でごった返している。
冒険稼業にとって、ギルドは家みたいなものらしい。
クエストを受けるでもなく、談笑や立ち話の為に立ち寄る人たちも多い。
そして、煌びやかなギルドの受付嬢さんたちが、いつもズラリとカウンターに並んでいる。
その中から、既に何人か好みの子を見つけていた。
あの子達が待っていてくれるなら、確かに危険な冒険に出るのも悪くはない。
「また女の胸ばっか見てる。ママに言いつけちゃうんだけど?」
「見るだけならタダ、見るだけならタダ」
目ざとく注意してくるコサギに辟易しつつ、ホールを通り過ぎようとした。
「だから――――て、マリアさんに頼まれてるんだ」
聞き慣れた名前が耳に入り、僕は足を止めると、後ろを歩いていたコサギの巨乳が後頭部にぶつかった。
こいつは色々と、でかくなり過ぎだ。
身長は僕より20㎝は大きいし、足は長いし胸はⅮカップくらいある。
けしからん。
「だから、シノって男の子とゴブリンの娘の身元保証人になれって、マリアさんに頼まれてるんです!」
「サギのこと?」
受付嬢に突っかかっている女性の口から、僕の名前が出たので近づいた。
女性は僕たちの声に振り返り、顔を見せる。
短い赤毛に精悍な顔つきの、男勝りな雰囲気がある女性が、僕たちを頭の先からつま先までじっと見る。
「いや、あたしが探してんのは、ゴブリンの娘っ子だよ。全くなんで、ギルドに話通ってないんだか。面倒な事頼まれちまったよ」
「いや、それ僕たちですよ」
僕がそう言って、コサギはにぃっと笑いながら、ゴブリンらしいギザギザの歯を見せる。
「じゃあ、君がシノ君なの?」
「そうです。マリアさんに頼まれたって言ってました?」
「そう、そうなんよ! アイツいきなり店に来て、〝二人の身元保証人になれ〟って言って大金押し付けてきて。ギルドに来てみりゃ『聞いてない』『そも、身元を保証する子供が一緒にいない』って、話が通じやしない! 昨日も空振りだったんだよ⁉」
前に、シノク王国に着いたらアイリスの妹に頼れって言われたな。
此処の3階にある自室でダラダラしていた、なんて口が裂けても言えねぇ。
受付嬢の前に陣取っていては迷惑になるので、ホールの端っこに移動して話をする。
「それは申し訳ない。最近この国に来たばかりでして、色々行き違いになったのでしょう」
それっぽい言い訳を並べて置く。
コサギ頼む、良い感じに僕に話を合わせろ。
「そう、やっとシノク王国についたもんだから、部屋に引き籠ってダラダラ食っちゃ寝してたんよ」
「うん、だから言うなよ! お前空気読めよ少しはよ!」
「ところで、お姉さんは?」
コサギは僕を無視して、女性に話しかける。
「アイリスの妹、サフラン・リズボンだよ。で、君たちは姉と暮らしてたって聞いてるけど、本当?」
「ママとパパと3人で暮らしてたよ!」
「ママとパパ……?」
「色々とその、僕たち訳アリで」
僕たちの事情を話すのに、30分ほど掛かるのであった。




