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14 最後の団欒

 ゴブリンの襲撃から一週間が経った。

 僕たちは、今まで通りの日常を取り戻そうとしていた。

 ただ、ゴブリンの一件があってから、この町の中を歩いていると変に目立ってしまってどうにもやり辛い。

 

 今日も一人で市場に出かけていると、

「お、魔導師の英雄さんじゃねえか、これを持って行きな!」

 顔なじみのオジさんから、果物を貰った。

 

「ありっ!」


 隣の屋台も顔なじみのおばちゃんが居て、

「あら、魔導師の英雄さんじゃないの、これを持って行きなさい!」

 と言って、クレープを二つくれた。

 この町の人に新しい定型文が刻み込まれているのか、大体同じことを同じように言う。

 

「ありっ!」


 こんな調子で、何処へ行っても色んな物をもらえたり、サービスして貰えている。

 美味しいものをいっぱい貰えるのは滅茶苦茶嬉しい。

 ただ、なんだか物乞いみたいなので、そろそろこの待遇を止めていただきたい。

 市場を一周し、僕は買い物から引き上げることにした。

 

 家に帰ると、休みを貰っているアイリスが、くつろぎながらコサギとボードゲームに興じていた。

 最近はマンカラという、カラフルな石と硝子玉を使ったゲームにハマっているらしい。

 硝子玉のからからとした小気味よい音が聞こえてくる。

 

「ただいまー」

「おかえり!」「ぱぱーん」

「あれ、百火ひゃっかは?」


 見渡すと、妖魔の百火ひゃっかが見当たらない。

 ようやく元の世界に帰ったのか?

 

「あの子は遊びに行ってくるって、どっか行ったよ」

「あぁ、そうなんだ。そうそう、今日も屋台でクレープ貰ったから、二人で食べていいよ」

「やった!」「いえーぃ!」


 アイリスとコサギは仲良くハイタッチしてる。

 

 二人とも甘いものに目がないので、僕の分が無かろうと遠慮なくがっついて食べ始める。

 

「タカキはコサギちゃんと遊ばないの?」


 クレープを美味しそうに頬張りながら、アイリスが言う。

 

「ボードゲーム以外なら、遊んであげてもいいよ。なんか、出来ればもうちょっと身体を動かせる遊びがいいな」

「サギに勝てないから、ゲームしたくないだけでしょ?」


 コサギはニシシと笑う。

 

「うっせ」


 リビングの窓からは太陽の光が眩しく差し込んでいる。

 買ってきたものと貰ったものを手際よく棚に仕舞う。

 

 この世界にもだいぶ慣れた。

 機械がないなら魔法で生活するってわけだ。

 なんとかポッターみたいに、片付けも魔法で出来たらいいのに、と思いつつ台所の作業を終わらせる。

 

 果物籠くだものかごを物色して、手頃な大きさの林檎を手繰り寄せ、手に取った。

 服で林檎の表面をごしごし拭いて、そのままかぶりつく。

 甘い、美味だ。

 

 林檎を齧りながら、アイリスの隣に歩いていくと、頬っぺたにクリームがくっ付いているのに気付いた。

 頬にクリームを付けたまま、クレープに夢中になっていてる彼女の姿を見ると、ここ一番で心が和む。

 ぺろっと舐めとると、アイリスは顔を赤らめて、僕に足を絡め、服の袖を引っ張ってくる。

 

「タカキ、身体を動かせる遊びがいいの? そうだよね、脳震盪のうしんとうで暫く安静にしてろって、言われてたもんね」

「そうですね。割と家に籠ってる時間が長いので、身体が鈍ってる感じがします」


 彼女は露骨に誘惑してくる。

 真っ昼間に、娘の目の前だと言うのに!

 

「ダメー! そういうのダメー! サギが暇になっちゃうでしょ! それに……」

「「それに?」」

「ご……ゴブリンだってムラムラするの! いろいろ大変なんだからっ」


 薄緑色の肌を真っ赤にして、カミングアウトするコサギは、それでもパクパクとクレープを食べている。

 

「照れるか食うか、どっちかにしなさいね」

「うっさい! バカパパ!」


 僕に対する口の利き方が、コサギらしくなってきたような……。

 

 ◇◇◇

 

 日が沈むころに、来客があった。

 玄関に向かいドアを開けると、綺麗な女性が佇んでいた。

 長い金髪、凛とした顔だちに青い瞳の美人さん。

 見覚えのある女性だな、と思ったら町長の屋敷で褒美を渡してくれた人だった。

 

「こんにちは、シノ君」

「あれ、イエッタ、どうしたの?」

 リビングからアイリスが顔をのぞかせていた。

 そうそう、イエッタさんだ、名前と顔が紐づいた。

 

「ちょっと、上がってもいいかな?」


 イエッタが訊くと、アイリスは苦虫を噛み潰したような顔をして、渋々承諾した。

 あんな顔をするアイリスは、今まで見たことがない。

 この二人、仲が悪い印象なかったんだけど。


 イエッタをリビングに案内し、お茶を出した。

 コサギは既に、リビングの隣にある自室に隠れてくれている。

 僕が椅子に座ると、イエッタは少し口を湿らせてから、アイリスの顔を見る。

 

「今日は、なんの用なの?」


 話し出しづらいひり付いた空気を、最初に切り開いたのはアイリスだった。

 

「用が無いと、友達の家に行ったらダメなのかな」

「そんな事は言わない、イエッタは友達だよ。けど――」

「お姉さんはママの友達なの? じゃあ、サギとも友達になれる?」


 話を聞いていたコサギが、ふらっとリビングに出てきてしまった。

 イエッタはコサギの声に振り返り、姿を目撃する。

 

 まずい! と思っても遅い。

 コサギの外見はかなり人間に近いが、その本質はゴブリン、肌の色で一目瞭然の種族の違いがある。

長く伸ばした綺麗な水色の髪も、人間ではあり得ない毛色だ。

 きっと、初めてコサギと相対したアイリスの様に、大声で叫ぶだろう。

 そう思っていたのだが、全く動じていなかった。

 

 イエッタはコサギに向き合って言う。

 

「サギちゃんって言うの? なれるよ、友達に」

「あたしはコサギって言うの。あなたのお名前は?」

「コサギちゃんかぁ、可愛い名前だね。私はイエッタよ。アイリスとは、貴女と同い年くらいの頃からの付き合いなの」


 コサギが生後5カ月ほど、と知っていれば出てこない台詞だろう。

 人間目線だと、コサギは10才くらいに見える。

 

「イエッタ、あなた驚かないの?」

「うん。ゴブリンに襲われた日に、朦朧もうろうとしてたけど少しだけ意識があってね」


 やっぱりあの時の人もイエッタだったのか。

 イエッタは、コサギの頭を撫でながら、何か言いたそうに口籠っている。

 リビングには静寂が訪れていたが、ようやくイエッタが口を開いた。

 

「アイリス、今、幸せだよね。見てれば判る」


 散々言葉を選んだ末に出てきた台詞、と言う風に感じた。

 

「そうね。今まで生きてきて、一番幸せだと思う」

「そう、だよね」


 アイリスの言葉に、イエッタは酷く深刻そうな顔をしている。

 

 嫌な想像が、頭をよぎった。

 アイリスはそれに、最初から気付いていたんだろう。

無言のまま刻一刻と時間は過ぎていき、時間を引き延ばそうとしている。

この人が何を告げに来たか、僕たちはとっくに理解しているはずだった。

 

「私が今日訪ねたのは、貴女を側室に戻すように、言われたから」


 やっぱりそうか、とアイリスは呟いた。

 

「貴女が素直に従えば、ゴブリン娘の事は不問にする。と言う条件」

「コサギちゃんの事、どこまで知られてるの?」

「1週間の監視で、この家に3人住んでるところまでは把握されてる。物の流れとか、生活面で色々隠せてない」

「最初から目星は付けられてたって事か」


 アイリスはそう言って、深く嘆息たんそくした。

 

「シノ君がコサギちゃんを背負って飛んでったとこ、見られてたらしくてね。シノ君に当たり付けてたみたい。でも、仮に、コサギちゃんの事が無かったとしても、町長は、遅かれ早かれアイリスを側室に戻すつもりだったわ。私がずっと懐妊かいにんしないから。ごめんなさい。私のせいで、貴女の自由時間を短くしてしまった」


 イエッタはそう付け足した。

 

「コサギの事は僕がなんとかするから。行かないでよ、アイリス」


 僕は、何度も喉から出かかった言葉を紡ぐ。

 

「アイリスと離れ離れになるなんて……それに、あんな男の所へ連れていかれるなんて、許せないよ」

「ごめんね、タカキ」


 彼女は、短く謝った。

 

「私だって、タカキと一緒にいたい。でも、息子とも一緒にいたい。側室には戻りたくない、けど町から離れることも出来ない」

「でも……」


 でも、なんだ?

 アイリスを独り占めにしたいっていうだけの口実を、口にしようとしていた。

 彼女の境遇も鑑みずに、息子を棄てて僕と逃げよう、なんて言えるはずもない。

 子供ならではの短絡的で、幼稚な逃げ道を提示する以外に、僕には何も思付かない。

 

「また、思ってること言わずに飲み込んだね。本当に物分かりがよすぎるよ、タカキ」


 アイリスは寂しそうに言って、タカキとの子供欲しかったんだけどな、と呟きながらお腹をさすった。

 

「シノ君、とても嫌な気分だろうけど、我慢してね。この小さな町は、町長の胸先三寸で廻ってるの」


 イエッタは立ち上がり、アイリスへ手を差し伸べた。

 すると、今まで黙っていたコサギが、涙ぐみながらイエッタの腕を掴んでいた。

 

「お姉ちゃん、ママを連れて行かないで。そんな酷い事されたら、友達になれないよ」

「ごめんね、コサギちゃん。怒ってくれていいよ」


 コサギが縋りつくものの、優しくおさめられていく。

 

「それで、イエッタ。いつまでに屋敷へ行けばいいの?」

「今日、このまま私と帰ってもらうわ」

「……気持ちの整理もさせてくれないのね」

「そうだね」


 アイリスはそのまま、玄関口に向かった。

 

「さよなら、タカキ。コサギちゃん。再来年くらいには、たぶん帰ってくるから」


 背中越しに告げられる別れの言葉は、とても静かに僕の心に刺さった。

 

「ママ……」


 コサギは泣きべそをかいたまま、その場にへたり込んでいる。

 

 ◇◇◇

 

 イエッタは膝を折り、僕と視線を合わせる。

 

「シノ君は〝少ししたら〟アイリスの荷物を纏めて屋敷に届けてほしい。〝ここまでが町長の命令〟よ」


 彼女が何を言いたいのか、僕はすぐに理解していた。

 クズの考えそうなことだ。

 自分の妻と思っているアイリスが、子供とはいえ男と暮らしていれば面白くないのは確かだ。

 僕たちの繋がりを破壊したいんじゃないか?

 あの男は、僕の目の前でアイリスを辱めるつもりだ。

 だからわざわざ、『少ししたら』などと細かい時間差まで考えている。

 僕以外の男にアイリスが好き勝手される、その様子が一部始終、頭の中に浮かんで離れない。

 

 死んだ時より気持ち悪い、最悪の気分だ。

 心の中の理性の糸が、ふっと切れる感覚があった。

 

「――くん」


 声に反応して、がっくり落ちていた首を持ち上げる。

 

「シノ君。君の杖、カッコイイね! 先っぽが二股になってて、片方白いんだ。珍しい品だなぁ」


 あまりの話の落差に、言葉を失う。

 

「その杖、肌身離さず持ち歩きなよ? 特に今日は、絶対ね。ほら、ちゃんとローブの間に隠してね」


 バイバイ。待ってるからね、シノ君。と手を振ってイエッタとアイリスは去っていった。

 

「なんでもっと引き止めないのよ! なんでそんな簡単に諦めちゃうの! パパが言えば――」


 僕は口元に人差し指を添えて、コサギの言葉を遮った。

 

「パパが何とかする」

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