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13 裸の王様

 町長の屋敷は町外れにある。

 

 屋敷は、大人の胸ほど高さがある石垣いしがきに囲まれており、ついでに金属製の立派な門まで構えている。

 下町の防備とはえらい違いだ。

 屋敷もやたらと広そうで、いったい何LDKあるんだ。

 マッシュバーンは貴族気取りのいけ好かないクズ野郎だと思っていたけれど、気取りじゃなくて本当に貴族なのかもしれないな。

 まぁ、ここまで清々しく格差を隠す気もないなら、町内で多少の不満も生まれてそうだけど。

 その辺は上手くやっているのかな、性格悪いし。

 

 普段なら引っ切り無しに話題を振ってくるアイリスも、町長の屋敷に向かう間は大人しかった。

 正門にはスラックと呼ばれていた青髭の男が立っている。

 こいつ……町の入り口でも守ってればいいのに。

 

「止まれ、お前がシノか?」


 スラックはぶっきらぼうに言う。

 

「ええ、僕が士野しのタカキですよ」


 仲良くする気もないので、僕もそっけなく返す。

 

「はっ。こんなガキが本当に、伝説のゴブリンをたおしたとは、信じられんな」

「そうですか」

「ちっ。うぜぇな、すました顔しやがって。ほら、さっさと入れ。そしてさっさと帰れ」

「はいはい。そうしますよー」


 お前に、すました顔しやがって、とか言われても気持ちが悪いだけだわ!

 

 通された広間には、まるで玉座のような、豪華な装飾のされた椅子が置かれている。

 マッシュバーン町長はその玉座のに腰かけ、足を組み、ふんぞり返っていた。

 そして、まぁまぁ綺麗な女が二人、際どい服装で町長と絡まるように引っ付いている。

 側室って奴か? 

 羨ましい。

 

 しかし、客人の前でも女をはべらせるとは、礼儀の欠片も感じない。

 広間の脇には、配下の男が数人控えている、身なりからして、荒事向きの用心棒みたいな連中だろう。

 

 僕とアイリスは町長の前に並び、軽くお辞儀をする。

 こういった行儀は、家を出る前にアイリスから少し齧らせてもらった。

 

「待っておったぞ、少年。久しぶりだな、アイリス。二人ともこの度の活躍、誠に大儀であった」

「有難うございます」「ござまぁーす」


 お前マジで王様みたいな態度やめろ。

 ただの田舎村の町長風情が!

 と、本当なら言いたい。

 それにしても、初見の時と態度が違い過ぎて気持ちが悪い。

 

「話は聞いている。シノ殿といったな、其方そなたの尽力のお陰で我がベルストックは、奇跡的にも危機を回避することが出来た。礼を言うぞ」

「町民の方々が懸命に戦った結果ですよ」

「ふむ。確かに皆よく戦った。イエッタから聞いたが、アイリスもよく堪えてくれていたそうだな。お主にも褒美を贈ろう」


 アイリスは深々とお辞儀をする。

 この男、アイリスを見捨てようとしたくせに、よく回る舌だな。

 マッシュバーンは咳払いをしてから、

 

「して、シノ殿。褒美の前にいくつか聞きたいことがあるのだが、よろしいかな?」


 そう切り出した。

 

「まぁ。えぇ。はい」

「シノ殿、覚えているだろう。教会で俺に、お主はアイリスの家族だと言ったな? だがアイリスに弟がいた覚えはない。説明せよ」


 やっぱ聞くよね、それ。

 しかしそのままずばり訊くなんてウィットに欠けるオジさんだな。

 

「実は、数か月前に森の中で生き倒れそうになっていた所を、アイリスさんに助けてもらったんです。それ以来、アイリスさんの世話になっています」

「それは本当なのか? アイリス」


 マッシュバーンはアイリスに話を振る。

 

「ええ、その通りです。シノは記憶も曖昧で両親の事も判らず、今にも死んでしまいそうだったので、私が助けました」

「ふむ。では何故、保護した後に俺へ報告しに来なかった? 住民が増えたのなら、町長に通すのが筋だろう」

「失礼しました。記憶が戻ったら親のところへ帰そうと思っていたので、定住させるつもりが無かったのです」


 記憶喪失の設定はアイリスの完全アドリブだけど、色々と辻褄を合わせるには一番都合のいい解釈だ、流石は僕のアイリス。

 

「なるほど。事情はおおよそ把握した。ふむ……念のため両者に訊くが、お主ら、やましい事はしておらんだろうな? 年の差はあれど男と女だ」


 マッシュバーンめ、意外に切り込むな。

 奴は僕たちを睥睨へいげいしながら、鋭く訊いてくる。

 アイリスは鼻で笑いながら、

 

「こんな小僧に? 私が子供に劣情を抱くと、本気でそう思っているの? 御戯れを、マッシュバーン町長」


 と、嘲笑うように言った。

 演技なんだろうけど、実際言われると精神的にくるものがある。

 町長はその言葉に気を良くしたらしい。

 奴はニッコニコで、

 

「なに、冗談だ。気にするな」


 と、あっさり引き下がった。

 

「もう一つ、シノ殿に訊きたいのだが、〝飛行魔法を使用しながら攻撃魔法を放った〟と報告を受けているが、事実か?」

「ええ、そうですよ」


 僕が肯定すると、広間の空気がざわつきだした。

 な……なんだ? 

 魔法の同時使用って、やっちゃダメだった……?

 不安に思い、アイリスへ視線を送っても、彼女は僕の目を見ようとしない。

 別にまずい事は言ってないだろ。

 

「ふぅむ。嘘をついているようにも見えん。しかしこれほど若い〝魔導師〟は初めて会うな」

「珍しいですか?」


 魔導師ってなんだ? 

 魔法使いと違うのか。

 

「そうだな。魔導師なんぞ、こんな片田舎では百年に一度も生まれん。さて、質問は終わりだ。褒美を持て」


 町長が言うと、広間の奥にあるドアが開き、金髪の女性が一人出てきた。

 手には巾着袋を二つ、持っている。

 僕に袋を一つ渡しながら、

 

「あの時はありがとね、助かったよ」


 と言って、頬にちゅーしてくれた。

 どの時だっけ。

 

「あ、どうも」


 金髪の女性は、アイリスに向き合うと、少し涙ぐんで言う。

 

「アイリスも、一緒に生き残れて良かった」

「イエッタも無事でよかったよ。頭の怪我は大丈夫?」

「うん、もう平気」


 イエッタ。

 その名前は、何度か聞いたな。

 あの時、戦場でアイリスが助け出そうとして背負ってた人かな。

 

 ◇◇◇

 

 褒美も受け取り、話も終わった。

 ようやく帰れる。

 と緊張から解放され、さっさとお暇しようとしたところ、再び町長が口を開いた。

 

「ところでアイリス。遠路はるばる足を運んできたと言うのに、息子に会わなくていいのか?」


 アイリスはハッとして、視線を町長に向ける。

 

「会わせてもらえるの?」

「構わんぞ。お前が俺の為に、お腹を痛めて生んだ子だろう。母親なら顔くらい見てやらなくてはな」


 彼女が僕から離れ、町長の方へ進んでいくと町長は一言付け加えた。

 

「ただし、お前が〝俺の側室へ戻る〟なら、な」


 アイリスは立ち止まり、しばらく逡巡しゅんじゅんしたあと、

 

「いえ、今は結構です」


 その場から踵を返した。

 

「まぁ聞け。イエッタが中々身籠らなくてな、難儀している。俺はまだ、子を増やさなければならん。今日は帰って構わんが、いずれ戻ってきてもらうぞ。お前には、最低でもあと三人は産んでもらわないと困る」

「……わかりました。では、失礼します」


 僕たちは、大金の詰まった巾着袋を抱えながら、無言で帰路に着いた。

 家に帰ると、アイリスは泣き崩れて僕に謝った。

 町長の前で僕を蔑んだことを、酷く気に病んでいるらしい。

 

「別にいいですよ、本心じゃないのは判ってましたから」


 そう慰めると、

「貴方は、物分かりがよすぎる」

 と言って、アイリスはもっと泣いた。

  

 ◆◆◆◆◆◆

 

 シノが帰ってすぐに、町長は配下の男3人を広間に呼び出した。

 町長ははべらせている女の胸を触りながら、男たちへ言う。

 

「それで、アイリスが飼っているガキの話だが、噂はどこまで事実なのだ?」


 フードを被った男が一歩前に出て、答える。

 

「教会でスラックが目撃した話と、戦場となった平原での目撃情報を合わせると、ほぼ間違いないかと」

「〝ゴブリンの様な風体の娘〟を背負っていたという事で間違い無いのだな」


 町長は喉を鳴らし、顎髭を触りながら報告を聞く。

 

「はい。しかし、戦後処理を進めていますが、平原でゴブリン娘の足取りが途絶えたまま、その後どこへ消えたのか不明です」

「不明だあ? そんな訳あるか! ゴブリンの娘だぞ! 一目見れば誰でも気付くだろうが!」


 町長は苛立ちを隠せず、フードの男を蹴り倒した。

 

「し……しかし! 死体も出ておらず、町の中のどこにも、そんな隠れ場所は――」

「俺に口答えするな! 大方あのガキが匿っているんじゃないのか? 家の中は? 探したのか⁉」

「その可能性が最も高いと思われますが、あの少年とアイリス氏は今や町の英雄扱いです。公に無理な詮索をすると、却って町長が、住民に不審に思われるかと」


 町長は悪態を付きながら、側室の女を殴る。

 

「その娘がゴブリンである確証さえあれば、強行してやるのだがな。止むを得ん、アイリスの家を監視しろ。今回の騒動が落ち着くまでは、情報収取に努めるのだ。さっさと行け! 穀潰しどもが」

「……はっ」


 配下の男たちは、少々不服そうに広間から出て行った。

 町長は殴った女を、今度は撫でまわしながら、口づけをする。

 

「アイリスもすぐに、ここに戻してやる。俺を騙せると思ってるのか、あんなガキを寵愛ちょうあいしやがって。戻ってきたら三日三晩可愛がってやる」


 側室の女の首に、鎖に繋がった首輪をつけ、寝室に連れていく。

 女に酒を注ぐよう命令し、ベッドに腰かけながら、町長は平原に転がっていたゴブリン・フォートレスの死骸を思い出していた。

 

「しかしあの死骸はなんなのだ、ただの風魔法で殺したようには見えん。まるで、別の生物に生まれ変わる途中で絶命したかのような、言い知れぬおぞましさ。……忌々しい魔導師め。俺の町で何を隠しているのか知らんが、ゴブリン娘もろとも根こそぎ暴き出してやるぞ!」


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