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12 科雨マリアはよく喋る

 すぐそばに生前のコサギがいる。

 妹は僕を押し倒し、マウントポジションを取って、拳を振り上げた。

 

「おいおいおいおいおいおい。折角の再会を喜ばないのかい? 妹よ」


 僕の声は、ひどく引きつっている。

 コサギの姿が、ゴブリンに見えたり生前の姿に見えたり、どうにも安定しない。

 

「バカ兄、死ねぇ!」


 コサギが一気に拳を振りぬいた瞬間、大地は揺れ、大型地震の予兆のような、遠方から響く地響きが迫ってくる。

 嫌な既視感だ。

 

 周囲の風景が暗転し、僕をマウントしていたコサギの姿さえ見えなくなっていた。

 何もない空間、此処は何処だ。

 あ、いや分かったぞ。

 これは、転生した瞬間の記憶じゃないのかな。

 転生した時こんな風に、世界が真っ暗になった途端、僕の意識は途切れてしまっていた。

 

 けれど、実際には世界をまたぐ間に何かあったんじゃないか?

 転生時に生じた〝一か月のズレ〟が、本当は存在するんじゃないか?

 だとしたら、これは僕の記憶なのか?

 途切れた記憶の、続きか。

 

「お前、まだ妹の事が好きなのか?」

「え、だれ? 誰の声だ?」


 振り返ると、人が立っている。

 姿を見やると、それは生前の僕と、瓜二つの容姿をしていた。

 

「誰じゃねぇって、僕だよ、お前だよ」

「だ、僕? 妹がなんだって?」


 目の前にいる、生前の僕と同じ姿をした男は、顔色一つ変えずに話を続ける。

 

「コサギの事だよ。好きだったろ、双子のくせに。犯したいとか、よく考えてたろ」

「はあ? そんな事、ある訳がねえだろが!」

「あはは。おいおい、自分に嘘をつくなって」


 目の前の男は、笑い飛ばしながら、続けて言う。

 

「事故から妹だけが生還したら、大事な大事な妹は、いずれ他の男の物になっちゃうもんな。それが嫌で、道連れにしたんじゃないか。なのにどうして? 冷たいよな、異世界に行ったら違う女に夢中になっちまってよ。節操のねえ、シスコン野郎だよ、僕たちは。なぁ?」


 僕は、自分自身に瞋恚しんいの眼差しを向け、

 

「違ぁう! 僕はただのシスコンじゃなあぁーい!!」


 そう叫びながら、僕は本当の意味で目を覚ました。

 

 ◇◇◇

 

「しす?」「こん?」「とな?」


 見慣れた天井だ。

 僕は、いつもアイリスと寝ているベッドの上で横になっていた。

 誰かに運んでもらったのだろう、どうにも記憶が混濁していて、状況がよく判らない。

 

 ベッドのすぐ脇に、コサギとアイリスが並んで座っている。

 そして、なんとも不思議なのだけれど、二人並んで、二人がそれぞれリンゴの皮を剥いていた。

 果たして二人同時にリンゴの皮を剥く必要があるのか、問うまでもあるまい。

 寝室の外からは、真っ白くて猫っぽい獣人が室内を覗き込んでいた。

 

 アイリスと視線が絡まり、彼女は言う。

 

「シスコンてなに?」

「おい! 今なんつった⁉」


 シスコン……。

 美味しいコーンフレークね。

 なんか、変な夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。

 

「コサギちゃん、シスコンてなに?」

「おい! 今なん――。いやそうじゃなくて。アイリス、あの後どうなったの? 僕が無事ってことは、町は守れたんだよね?」


 アイリスは、少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。

 

 アイリス曰く、あれから丸一日経っていた。

 僕がゴブリン・フォートレスを討伐し、僅かに生き残っていたゴブリンは全て、散り散りに逃げて行ったそうだ。

 フォートレスの投石により、家屋が6軒被害にあった他、町民が死亡4名、負傷19名、意識不明の重症が1名、と人的被害が甚大だった。

 重症というのは、僕の事だが。

 脳震盪のうしんとうで倒れたそうだ。

 アイリスは投石による小さな裂傷を受けたが、軽傷で済んだ。

 ただ、召喚魔法で魔力を大きく消耗して一過性の疲労状態にあったらしい。

 

 このゴブリン襲撃事件の一部始終は、瞬く間にベルストック中に伝わった。

 僕の活躍もまた、内外問わず広く知れ渡ることとなったそうだ。

 あのゴブリン・フォートレスは伝説級のモンスターだった、らしい。


 因みに、僕らのアイリス宅は、僕の殊勝な行いにより防音性以外にも耐衝撃性やらなんやら、色々な効果が付与されていた事もあり、日本住宅にも劣らない頑丈さで、外観の小さな損傷以外はほぼ無傷であった。

 少しの修繕で元通りになる。


 それから、戦闘に加わった者に報酬があるらしい。

 亡くなった住民の遺族にも、手当が出るそうだ。

 特に僕は、大物をたおし、フライ・ゴブリンと言う新種のモンスターも一人で撃退したことで、特別報酬が出るということ。

 要は功労者という訳だ。

 で、僕は意識が戻ったら町長の元へ行って、報酬を賜る手筈になっているらしい。

 

 これが、僕が寝込んでいる間のあらましって事だそうだ。

 

「ってことは、僕とアイリスは、一緒に町長のところへ行く必要があるってこと?」

「そう……なるね」

「行きたくねえええぇぇぇぇ!!」

「そう……だよねぇ」


 彼女も複雑な表情でいる。

 あのマッシュバーン町長とかいう奴は、アイリスの事を見捨てようとしたってだけで許せないのに。

 一応まだ、アイリスは町長の妻って話らしいし……。

 そのアイリスとよろしくやってる身としては、どんな顔して会えばいいのか皆目分からん。

 いや、しかし報酬を貰うだけなら、世間話を少々交わすくらいで終わるかもしれないな。

 よし、金だけは貰っておこう。

 それに、一般的に考えてみてくれ。

 僕のような年端もいかない子供しょたが、アイリスみたいな豊満な女性と仲良くしているなんて、誰が想像しようか。

 

 おねショタ? 

 

 この世界には無い概念だね、たぶん。

 

「あと、タカキ。町長のところへ行く前にね、お客さんが来てるんだよね」

「客?」


 リビングに行くと、窓辺で真っ白い獣人がいびきをかいて爆睡していた。

 あれ、さっき起きてなかったっけ……?

 それから、もう一人いる。

 以前〝私の男になれ〟と大見え切っていったお姉さん、科雨しなさめマリア。

 仏頂面で椅子に座り、紅茶を楽しんでいる。

 

「お久しぶりですね、科雨しなさめさん」

「おや、起きましたか。士野しの君、ご無沙汰だね」


 とりあえず、と椅子を持ってきた。

 科雨さんと向かい合う形でテーブルを囲む。

 

「ご苦労だったね、ゴブリン退治。他にも諸々、君のお陰で動きが出てきてね、予定がかなり早まった。重ねて礼を言うよ」

「うん? なんの話ですか?」

「聖水の町ベルストックの、裏の顔の話。君たち兄妹は近々、この町に居られなくなる。でも大丈夫だよ、安心して。手配は整っている」

「だから、なんの話ですか」

「士野君の妹、先の一件で数人に見られてる。まだ噂の段階だけど、どんどん探られてるね。もって半月かな、この家に踏み込まれるのも時間の問題」

「んな……マジですか」

「マジもマジ。唯でさえゴブリンに蹂躙じゅうりんされたばかりなんだ。忌むべきゴブリンの娘が実は町に住んでいました、なんて洒落にならない。君たち兄妹は、町を救った英雄であり、憎むべき敵でもある」

「それはそう、ですね。でも、じゃあ一体どうしたら……」


「それでは! 科雨しなさめマリアさんの~アドバイスタイム~! ぱちぱちぱちぱち~」

「……ん?」


 こほん、と科雨は咳払いをして、続ける。

 

「士野君の次の敵はこの町の人間です。ヤバくなったら、港湾こうわんの国と呼ばれる『シノク王国』に逃げなさい。そこでは、妹さんがゴブリンだと知られても、兵士に攻撃されることもなく、迫害されることもないように、私が全て根回ししています。妹さんにとって唯一の安全地帯だよ。士野君の部屋もギルドに用意させています。もし働きたいなら、即日でギルドの登録も出来ますよ。晴れて冒険者になれますね! 異世界転生って感じ!」

「な……なんで科雨さんが、僕の為にそこまで?」


 科雨は鼻を鳴らし、胸を叩いて言う。

 

「ふふん。わたし、どっかの町娘と違って、お金も権力もあるんですよ。5年も合衆国ステイツの為に働いてますからね」

「それは答えになってないような」

「シノク王国の場所は、既にコサギさんに伝えています。それから、実はアイリス・リズボンの妹がシノク王国で道具屋を営んでいまして、士野君が王国に到着した暁には身元引受人になるよう打診してあります。断られる事はないので、彼女を頼るといいでしょう」

「だーかーらー」


 アイリスが割り込んできた。

 

「私の! 身の上を! 勝手に話すな!」


 そして怒ってらっしゃる。

 

「そ・れ・に! シノク王国には私が開拓した食べ物が沢山ありますよ! そろそろ寿司しーすーとか食べたくないですか? ワサビ醤油でステーキを楽しむのもいいですよね? ネギたっぷりの味噌汁。醤油ラーメンも食べられる食堂を、この私が! 作ったんです! 日本で慣れ親しんだ食べ物がいっぱい! そこの乳臭い女の油ギッシュな手料理もいよいよ食べ飽きた頃合いでしょう? シノク王国にある私の『科雨しなさめ食堂』に来なさい、無料ただ特上寿司しーすーをお腹いっぱぁい食べさせてあげる! あら汁? 勿論あるよ」


 し……寿司しーすーがあるの⁉ この異世界に⁉

 

「だ……誰が乳臭いだ! いつもいつもベラベラと! 汚い手を使ってタカキを煽りくさって! 食べ物で釣るんじゃないよ!」


「じゃ、話し終わったので私は帰りまーす。怒られそうだし。あ、そうそう士野君、これは皆には秘密なんですが、貴方と〝キス出来る方法〟が判明しました。楽しみですね。シノク王国でたっぷり試しましょうね。首を長くして待っています。愛しのマリアより。バイバイっ」


 なんで手紙の文末みたいな締めくくり方してんの!

 皆には秘密って、みんな聞いてるし!

 言うや否や、そそくさと科雨マリアは退散していった。

 

 科雨しなさめマリア……。

 〝触れられない女〟と言うより〝会話が出来ない女〟って方がしっくりくる。

 

「タカキ? あんな魚臭い女の言う事を、真に受けちゃだめだからね。好きな物なんでも食べさせてあげるからね」


 とアイリスは言いながら、僕の頭をその大きなお胸に埋める。

 

「ふぁい」


 幸せで窒息しそうな頭の片隅で、回転寿司が回り始めていた。

 ハマチ……サーモン……エンガワ……ねぎとろ。

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