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10 ゴブリン・フォートレスの行進

「森の杖よ。契約に従い、かの地より来る厄災を鎮め賜え。おいで、『車火猫しゃかねこ百火ひゃっか』!」


 杖の先を大きく振ると、空間が引き裂かれたかのように大きな亀裂が生まれた。

 そこから白いものが、ぼてっと地面に落ちる。

 

「痛ってぇのじゃ! え、なんじゃ? ここどこ?」


 召喚した妖魔は色白で、白い花が描かれた浴衣を着て、白くて長い髪から猫耳が顔を覗かせている。

 8年前に契約した時と、まったく変わらぬ容姿の、異界の妖魔だ。

 名前は百火ひゃっかと言って、年の頃は15くらいに見える。

 

「急に呼び出してごめんね、百火ひゃっか。ちょっと助けてもらいたくて」

「ほうじゃほうじゃ! 急すぎるんじゃ、うちは素麺を食っておったと言うのに! なんじゃ此処は! 戦場か! 飯の不味くなる臭いがするのう!」


 百火は大袈裟に鼻をつまんで言う。

 

「元気そうで安心したわ」

「お主、名前なんじゃったっけ? 久しく会っとらんかったからの。7年? いや10年ぶりかの」


 百火はきょとんとした顔で問いかけている。

 

「8年と少しかな。私はアイリスよ、忘れたの?」

「忘れとらんよ、からかっただけじゃ」


 ケタケタと笑いながら、百火は言った。

 

大方おおかたあのデカブツをたおせ、などと抜かす気じゃろ? けったいなやっちゃ」


 私は頷きながら、「出来そう?」と尋ねる。

 

「うーん、分からん。分からんが、面白そうじゃな! 勝ったらたーんと飯を食わせてくれ。おっと、それからもう一つ」

「なに?」

「お主、若いオスの匂いがするの? 生気の強いい匂いじゃ。勝ったら味見させとくりぇ?」

「ダメ」

「なんじゃ、そのオスに懸想けそうしとるんかぇ?」

「そうよ、だからダメ」

「ほーう、暫く見んうちに生意気になったの? あと、ちょっと太ったの? まぁよい。メシの途中じゃったが、一度腹ごなしするんも悪くなさそうじゃ!」

「頼むわね、百火」


 そんなに太ったかな、とお腹をつまみながらぼそっと呟いた。

 

 人間と妖魔が横一列に展開し、絶え間なく押し寄せる敵を迎撃し続けている。

 

「斃せ斃せ! なーにしちょるんじゃ、ワッパども! 大和魂やまとだましいみせんか!」


 いきり立った百火の甲高い怒声が平原に響き渡る。

 ゴブリン・フォートレスは、動かず立ち止まったまま。

 要塞に搭乗しているゴブリンが、地上に指示を出しているようだった。

 第2波の迎撃開始から、10分ほどが経過し、仲間から負傷者が出た。

 

 侮っていたわけではない。

 人間の何十倍もの数で押し寄せている相手だ。

 出し惜しみもしていなければ、加減もしていない。


 2匹のホブゴブリンと取り巻きがイエッタを狙って突っ込んできた。

 

「イエッタ! さがって!」

「なんの、これしき! アイリスに心配されるほど弱くないよ」

「はよぉ撃ち返せ! 小娘が!」


 百火と共にイエッタに加勢し、一旦は退けることが出来たものの、依然として形勢が悪い。

 

 私の魔力も、残り少ない。

 百火の魔法はどれも高火力で、その分、魔力消費が激しい。

 召喚魔の呪文は、召喚者の魔力を一部消費して使用される。

 短い間なら効果的だけれど、長引くほど、却って逆効果にる。

 だが、今更引っ込めるわけにはいかなかった。

 

「キリがねえ、応援は来ねえのか!」「誰か、誰でもいいから呼んで来いよ」


 皆、口々に不満や不安を口走るようになる。

 この町の人間は、誰一人として長期戦を経験したことが無いはずだ。

 当然の事だが、疲弊を隠せるわけがない。

 稀に迷い込んでくるモンスターを斃したり、森や山の中に時々退治しに行くことはあっても、町が攻めらる事は今まで無かった。

 これは、想定外の大災害のようなもの。

 自分がゴブリンに倒され、犯される様が、脳裏にちらつく。

 先の見えない戦いに、暗雲が立ち込めるにはさほど時間は掛からなかった。

 

 イエッタの表情が優れない。

 先程から息も荒く、汗も滝のように流れていて、疲労の色が濃かった。

 

「アイリス、ごめん、ちょっとマズイかも」

「イエッタ?」


 イエッタは頭を手で抑えている。指の隙間からは、血が流れていた。

 

「イエッタ! どうしたの⁉ そんな……攻撃されるほど近づかれてはいなかったはず……」


 彼女はそのまま、尻もちをついて、座り込んでしまった。

 

「確かに不味いのう。この場を凌ぎきることも難しそうじゃ。アイリス、空を見てみぃ」

「空? いったいなにが――」

「お主らの言葉で言うと、さしずめフライ・ゴブリンとでも言ったところかの」


 はじめは、大きな鳥が空を舞っている、と思った。

 しかし、あの緑色の肌と貧相な体躯は、見紛うことなくゴブリンだった。

 奴らは翼を持ち、自在に青空を飛び回っていた。

 

 ぽと、ぽと、ぽと、と空から何かが降ってくる。

 それは、石や、ゴブリンの排泄物、動物の死骸など、様々だ。

空を飛ぶゴブリンの姿は、人を陥れ、弄び、嘲笑う、まるで悪戯の妖精そのもの。

 

 私にはそれが、悪魔に見えた。

 

「これは、何かの悪い冗談じゃ……」

「しゃきっとせい! お主が戦意喪失すれば、たちまちウチらは皆殺しにされるぞ!」


 周りを見渡し皆の状況を見定める、現状は想像以上に厳しい。

 疲れ果て、気力を失った者や、列の端の方は対処が間に合わずゴブリンに捕まっている人もいる。

 もはや我々の隊列は、瓦解していく以外に道が無いほどに損耗していたのだ。

 

「食らえや空飛ぶゴブリンども! うちの家計は火の車! 『火車かしゃ無限軌道くるくる』!」


 百火ひゃっかのあまりにも酷い詠唱は、聞けたものではない。

 放たれた炎の車輪が、次々とゴブリンを焼いていくが、それはあまりにも、焼け石に水といった状態だった。百火の火力でも、どうにもならない。

 私達は勝てない。

 

 逃げる? 

 イエッタはどうする。

 彼女はもう動けない。

 見殺し?

 家族を守るにはどうしたら。

 このまま戦っても死ぬ。

 犯されてしまう。

 息子は無事?

 まだ死にたくない。

 助けて……タカキ。

 まだ何も。

 

 反芻はんすうする言葉の中に埋もれ、私の身体は動かなくなっていた。

 

 私は見ていた。

 悪魔の飛び交う戦場を。

 百火はしきりに何か叫んでいる。

 

 石の詰まった籠をゴブリンたちが運んでいた。

 その一つをゴブリン・フォートレスが掴み、振りかぶる。

 人間3人分ほどの太さはある巨大なゴブリンの腕が、大きくしなる。

 それから聞こえたのは、けたたましい風切り音、そして人々の悲鳴、家の崩れる原始的な音だった。

 

 ゴブリン・フォートレスは、地響きを立て、咆哮しながら、歩みを進め始めた。

 

「ゴブウォォオオォオオ!!」


 ◇◇◇◇◇◇ 

 

 避難所になっている教会の中は、人で溢れていた。

 老人、子供、そして若い女性が沢山いた。

 なぜか、健康そうな男も30人くらいはいる。

 神父は教会内をウロウロしながら、避難者へ声を掛けたり、ぶつぶつ何かを唱えたりしている。

 ゴブリンが現れてから、とっくに半刻は過ぎているだろう。

 コサギは、アイリスの事をずっと心配している。

 こんなに時間がたっているのに、戦闘が終わってない。

 遠くから聞こえていた戦闘音が、徐々に弱々しくなっている。

 戦いは終わってる? それとも、負けそうなのか。

 

 あの音の中でアイリスが戦っている。

 出来ることなら、今すぐアイリスの元へ行きたい。

 でも、コサギを一人でほっておけない。

 ゴブリンの娘であることを知られてはならない。

 コサギの存在を認識されたら最後、僕たちはベルストックから居場所を失う。

 僕はどうしたらいい。

 

 突然、雷が落ちたような、轟音が教会の中を貫いた。

 

「どうした?」「なんの音だ?」


 町民はそれぞれ不安を口にし、それは伝播でんぱしていく。

 入り口に立つ青髭の男が、騒ぐな、と一喝すると、再びしんと静まり返る。

 

 教会のドアが開いて、髪の長い中年の男が入ってきた。

 偉そうにマントを羽織り、髭を伸ばしている。貴族気取りでどうにも嫌な印象を受ける。

 身なりは良いが神経質そうな表情、仕草から、この町で立場が高い人物である、と想像できた。

 その長髪男が青髭の男に、「ここを棄てる」そう言った。

 真っ先に反応したのは神父だった。

 

「今、なんと仰いましたか、マッシュバーン町長。ここを棄てると? いや、有り得ませんな、モンスターに屈してはなりません」


 やはり、あれが町長だったらしい。

 町長はゆっくりと神父に詰め寄り、

「デール神父。よく聞け、住民が死んだ。ここに居れば俺たちは全滅するだろう。最終避難経路へ生き残ってる住民を逃がす。さっさとしろ」

 そう言った。

 

「しかしですな、マッシュバーン町長――」


 神父が言い返そうとすると、一人の女性が町長へ迫る。

 

「死んだって、誰がですか? 私の夫は? 外で戦っているはず、助けに行かせて下さい」

「残念だが、戦った者は全員死んだ。だから逃げるんだ。いいな? スラック! 住民を移動させろ、急げよ」


 町長は、死んだと言った。

 アイリスが? 死?

 

「町長、全員死んだって、本当ですか? アイリスは?」


 いつの間にか僕は、町長のマントにしがみ付いていた。

 彼は怪訝そうな顔をしながら「誰だ、てめえは」と言って僕を蹴り飛ばした。

 

「スラック! 早く移動させろ、手遅れになる」

「はい、町長」


 スラックと呼ばれた男は、教会のドアを開け放ち、住民を外へ誘導していった。

 

「町長! アイリスは、無事なんですか⁉」


 町長は、面倒くさそうに口を開いた。

 

「見ねえ顔だな、ガキ。お前はアイツの何だ? お前が気にする事か? 生憎、よそ者を構ってる暇はないんだがな」

「僕はアイリスの家族です」


 そう言い返すと、町長は鼻で笑い飛ばした。

 

「いいかガキ。アイツは俺の妻だ。つまりアイツは俺の家族だが、お前は知らねぇな。鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ、馬鹿が」


 再び、町長に蹴り飛ばされた。

 

 頭を打ち、数秒の間、意識が飛んだ。

 

「パパ、パパ」


 頭を優しく撫でられている、コサギに介抱されていた。

 

「早く起きて、すぐにママのところに行こう」

「場所が、わかるのか?」

「大丈夫、ママは生きてる。ママの声が聞こえる。でも急がないと危ない」


 コサギの言葉に頷いて返し、「僕に掴まれ」と言うと、すぐ背中に飛び乗った。

 スラックと呼ばれた男が入口から離れて近づいてくる。

 

「おいガキども、さっさと此処から出ろ。俺の手を煩わせるなよ」

「あんたの手なんか借りねえよ」


 僕はコサギを背負ったまま、教会を飛び出して飛行魔法を使った。

 

「おい! ガキ! 何処行きやがる!」


 後ろでスラックが吠える。

 

「サギの指の方へ飛んで!」


 コサギがアイリスの居る方へ指をさした。

 

「分かった。二人でママを助けに行こうな!」

「うん!」

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