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冬の女王

作者: Lirica

みなさまにお得なお知らせ!


今年もやってまいりました、一年の感謝を込めまして12月24日から25日の夜にキャンディ・スノーを降らす予定です。クリスマスの風物詩の味を是非ご賞味ください。

降る雪を舌でキャッチする「食いしん坊集まれ大会」も例年通り開催します。

みなさま奮ってご参加ください。


季節の甘味協会 理事長 モルト・グラッソ

実行委員代表店 レジーナドルチェ

店長 コルポ・ロトンド


空からたくさんのビラがまかれた。

ビラは「わたあめパピルス」で出来ていて文字はチョコレートで書かれていている。ヒラヒラと街に落ちていく様はビラが踊っているかのようだ。

街中が甘い香りに包まれていく。

家々から皆一斉に出てきてビラをキャッチしたり拾い集めて、それぞれワイワイと話に花を咲かせた後に、思い思いにビラを美味しく食べる。

ここは遥か遠い世界の甘いもの好きが住む街。

それぞれの四季を甘党の女王が治める。

花の蜜を甘くさせる春の女王

川の水を甘くさせる夏の女王

青果物を甘くさせる秋の女王

季節の甘味協会代表店のレジーナドルチェは季節毎に女王の好きなお菓子をお納めする老舗中の老舗だ。

女王の機嫌が悪く荒い気候になったとしても、それは一時のこと。

レジーナドルチェのお菓子を献上すれば、あら不思議!暴風や大雨や地震なんかも、たちまちピタリと止む。

秋の収穫祭前の女王への貢ぎ物と言ったらそれはもう、街中がお菓子の国になったかと思うくらいだ。

秋の女王はそのお礼に溢れんばかりの青果物を大地に実らせる。

街は女王に守られて豊かであった。

そんな平和な街にも困難な季節がある。

そう冬だ。

冬の女王は何もしてくれない。

恵みをもたらすどころか、いつも機嫌が悪くどか雪を降らせる。

春夏秋と肥えていた街の人達も毎日の雪かきで痩せてしまうくらいだ。

冬の女王の所へご機嫌伺いに行きたくても、お城に居ることがない。

なのでだれも冬の女王を見た者はいない。

ここの街の人達にとって冬はただただ耐え忍ぶ暗い季節なのだ。

そんな暗い中にもひとつだけ楽しみがある。

それはクリスマスの夜に、困難な季節を過ごす人達を見かねた三人の女王が、ささやかな魔法をかけてくれる。

雲に砂糖を混ぜる魔法。

ただの砂糖ではない。

レジーナドルチェ店の上砂糖だ。

そうすると自動的にクリスマスには必ず機嫌が悪くなる冬の女王が雪をたくさん降らせる。

街の人達は外灯に照らされたキラキラと光る甘くなったキャンディのような雪をたくさん食べてクリスマスをお祝いする。

この日だけは皆の顔に笑顔が戻り神秘的で暖かな夜を過ごすことができるので、砂糖を用意するレジーナドルチェ店に対する期待が一年で一番大きい。

宙を舞うビラをみんなが手を伸ばしてキャッチする。

まるで暗い生活の中から甘い希望を掴もうとするかのようだ。


「クリスタロ!まだ雪かきが終わらないのか!」

厨房からでも店長の大声ははっきりと外に聞こえてくる。

「はい、もう終わります」

クリスタロと呼ばれた少年は自分より幅のある大きな雪かきスコップを忙しく動かし、レジーナドルチェ店の門の道は綺麗に整った。

しかし達成感にひたる間もなく、ぬれた髪を振りながら少年は走って店の中に入った。

毎日作業は山のようにある。

クリスタロは孤児で5才の時に修道院からレジーナドルチェ店長のコルポに引き取られた。コルポ曰く引き受けの決め手は砂糖の味の違いがわかったかららしい。

将来は有能なパティシエになると思ったそうだ。

10才になったクリスタロは、今はまだ雑用係りだが腕利きのパティシエになって、季節の女王にたくさんお菓子を献上するのが夢になった。それならば、多少きつい仕事でも平気だ。

厨房に入るとパティシエ見習いの兄さん達が慌てている。

「おい、クリス。上砂糖を選別しろ」

一番歳のちかいフレット兄がクリスタロを呼び止めて言った。

その場にいた皆が安堵する。

たくさんの似たような袋に砂糖を入れてしまい、上砂糖がどれかわからなくなったらしい。

「ええと・・これは上、こっちは普通」

クリスタロは軽く砂糖をなめると手早く振り分けていった。

ものの数分で全部かたがついた。

パティシエ見習いの兄さん達はクリスタロにお礼を言おうとした時

「クリスタロ!まだそこにいたのか!上砂糖を早く格納庫へ運べ!」

コルポ店長が現れてまた大声をあげる。

「お前達もぼさっとするな!今夜が本番なんだぞ!」

店長の一声で皆は各々の作業に戻っていった。

店の中は買い物客、ラウンジカフェ利用者でいつも溢れている。だから厨房は菓子作りに戦場のように慌ただしいのだ。

時間は1秒でも惜しい。

その内に店のベルが鳴り、真っ赤なワンピースを着た上品なマダムが入ってきた。

「これはこれはミセス・クロース、ご機嫌いかがですかな?」

店長はにこやかにサンタクロース夫人をお迎えした。

「ご機嫌よう、コルポ店長。今夜のキャンディ・スノーはどんな感じかしら?」

ミセス・クロースは親しみある様子で尋ねた。

これはレジーナドルチェ店にとって毎年の光景だ。

世界中を一夜で回らなければならないサンタクロースにとって、キャンディ・スノーがあるこの街は飛びながら栄養補給ができる重要なポイントなのである。

「お任せください、ミセス・クロース!今年の砂糖は近年まれに見る出来となっております。」

店長コルポは胸を張って答えた。

「それは楽しみね。夫がいつも感謝をしておりますの。この街にきたらトナカイにキャンディ・スノーを与える事ができて、すぐに元気が回復すると。トナカイのスピードが上がり全世界を回る事ができると申しておりましてね。」

夫人はコルポに固い握手をして、注文していたミルクソースとジンジャークッキーを手にすると、にこやかに去っていった。

砂糖を運びながらクリスタロは誇らしげにそのやり取りを聞いていた。間接的にも自分の店は全世界の子供たちの役に立っている。

格納庫へ砂糖を運び込んでいる最中に遠くから笑い声がいくつも聞こえてきた。

雪を裂く音も一緒に聞こえて、クリスタロは今度は少し憂うつになった。これは見なくてもわかる。

店の向かいにある公園から雪山をソリに乗って遊ぶ子供達の声だ。

クリスタロは毎日仕事に忙しくてソリに乗って遊んだ事がない。

同年代の子供なら大好きな皆がする遊び。

クリスタロもソリに乗って雪を裂いて風をきって遊んでみたかった。

どんな高い山でも怖がらずに滑りきる自信がある。

両手に砂糖を抱えたクリスタロはソリに乗って颯爽と滑りきる自分の姿を思い楽しんだ。

「これで砂糖は全部かえ?」

聞き覚えのない声がしたが、ソリに乗る自分を考えていたクリスタロは砂糖をソリの上に置いて

「そうだよ。」とだけ答えた。

「ヒヒヒ、それじゃありがたく頂いて行くわさ!」

身なりの良いキツネがニカーと笑い答えた。

クリスタロは意味がわからなく妄想から戻り砂糖を置いた場所をみる。

目の前には白鳥に引かれて見事な大きなソリがなんと浮いていたのだ。

ソリが浮いているのを見るのはサンタクロース以外で初めてだ。

そしてソリにはレジーナドルチェ店自慢の上砂糖が全部積まれていた。

クリスタロがしまった!と思ったが最後、身なりの良いキツネは白鳥に合図を送ると上砂糖を乗せたソリは恐ろしく素早く空へ向かい飛び去ってしまった。

「だ、だめだよ!戻ってきてー!」

クリスタロの叫び声は空しく雪空に響いた。


「ばかものがー!」

店中に店長の怒り声が響きわたる。

皆恐ろしくて固まっていた。

もちろん店長の目の前で怒られているクリスタロは言うまでもない。

「砂糖を盗すまれただと!今夜が本番なんだ!ミセス・クロースにも約束してしまった。もうすぐ三人の女王の使いも砂糖を取りに来る!どうするのだ!」

コルポ店長はその大きなお腹を揺らし、同じ場所をイライラと行ったり来たりする。

皆がぶるぶると震えていると

「店長、冬の女王はキタキツネを使い魔として扱い、白鳥のソリを所有していると聞きます。盗んだのはおそらく・・」

一番賢いパティシエのフルボ兄さんが口を開いた。

「冬の女王か!僕探してきます!」

クリスタロはいても立ってもいられなかった。レジーナドルチェは大好きな自慢の店だ。それが自分のせいで開業以来の危機にひんしている。

「待て!クリスタロ!待ちなさーい!」

皆の間をすり抜けてクリスタロは店を飛び出して行った。

「あいつ、冬の女王がどこにいるかも知らないのに一体どこに行くんだ?」

パティシエの兄さんは唖然とした。

「クリスタロはすぐに戻る、行き先がわからないからな。その前に冬の女王の居場所を探せ!今から店を閉めて全員取りかかれ!」

コルポ店長は大声で指示をだした。


雪道に足跡が素早く刻印されていくようだ。クリスタロは無我夢中で白鳥のソリが飛んで行った方角めがけて走っていた。

しかし、少し冷静になると足を止めた。

「このままじゃ、女王の場所へ行けないな」

クリスタロは少し呼吸を整えると、何か手掛かりがないかと探す。偶然にも鼻に微かに甘い砂糖の香りを感じた。

「上砂糖の香り・・」

クリスタロはもっと集中してみる。

ゆっくり歩きながら、間違えないように砂糖の香りを辿ると時おり上砂糖のかたまりが落ちている。

目を凝らすと上砂糖が雪の上でキラキラと輝いていた。

「きっと荷積めが緩くて溢れ落ちたんだ!」

クリスタロは砂糖の香りと点々と落ちている上砂糖を頼りにずんずんと雪の深い山奥へ入って行った。

こんな山奥までくるのは初めてだ。

すると不自然に一角だけ雪が止んでいる場所を発見する。クリアになった視界に飛び込んできたのは凍った湖の上に建つ氷の城だった。

透き通った氷が陽の光に照らされて結晶の様に輝いている。

「なんて綺麗なお城なんだ。今まで気がつかないなんて」

クリスタロは氷の城に入った。

お城の中は外観よりも、もっと綺麗だ。

調度品は全て氷で出来ていて、天井は空のように高く、吊り下げられたシャンデリアは星のようにキラキラ輝いている。

クリスタロは一瞬目的など忘れてお城の様子に魅了されてしまった。

こんな美しいお城のようなお菓子を作りたい、クリスタロは目に入る物を次々手にとり眺めていると、一番奥にある突き当たりの部屋から少女の泣き声が聞こえてきた。

「なんだろう?何かあったのかな?」

クリスタロは突き当たりの部屋へ行ってみることにする。部屋に近づくにつれ、泣き声も大きくなってきた。

部屋の前に着く頃には耳を押さえていないと少女の泣き声に耐えられない程だった。

そっと部屋のドアを開けて中の様子を伺ってみる。

部屋の奥にあるベッドの上で同い年くらいの少女が大泣きしていた。

傍らに身なりの良いキツネもいた。

砂糖を盗んだ張本人だ。

「そんなにお泣きにならないでおくんなまし、キツネめが悪人達の砂糖をちょろまかしてやりましたぞ」

キツネはエヘンと胸を張ると、少女はさらに大きな声で泣いた。

「バカなキツネ!そんなことをすれば、さらにみんなに嫌われてしまう」

少女はわっと顔に手をあてたかと思うとじたばたと激しく動きだし、もうキツネはどうして良いかわからなくなってしまった。

「あの、すみません」

クリスタロは勇気を出して二人に声をかけると、先ほどまで大泣きしていた少女はひどく驚いたようでぴたりと泣き止んだ。

身なりの良いキツネはすぐにクリスタロを捕まえようとしたが少女はそれを止めて

「おまえ、この城の場所がどうしてわかった?」

とクリスタロに聞いてきた。

少女の顔は急に大人びていた。

「はじめまして、僕はレジーナドルチェ店で見習いをしているクリスタロです。盗まれた砂糖を返してもらいにきました。」

クリスタロは少女の前に立つと挨拶をした。少女は信じられないといった面持ちでクリスタロをまじまじと見ている。

やはり大泣きしていたせいか、少女の瞳は赤くまわりも少し腫れていた。

「何で泣いていたの?大丈夫?」

クリスタロは心配になって尋ねると、少女の顔はいきなり上気して

「泣いてなどおらぬ!我は冬の女王、ネーベぞ!」

と言って赤い鼻をぐじっと鳴らした。

こんな少女が冬の女王だなんて!

クリスタロは少し可笑しくなってポケットからキャラメルを取り出した。

「僕が初めて作る事を許されたお菓子なんだ。食べてみてください。」

ネーベは初めてみる手渡されたキャラメルを思いきって口の中へ運んでみた。

ネーベの体は一瞬ビクッと震えた。

それから口を閉じてゆっくり舌を動かすとだんだんとその顔がさらに赤くなってきた気がする。ネーベは胸に手をあてた。

「あの、お口に合わなかったらごめんなさい。」

クリスタロは不安になって尋ねると、いつの間にか涙目になっていたネーベは答えた。

「甘くて驚いた。世の中にこんな美味しいものがあろうとは」

二人は向き合いしばらく見つめ合っていると、どちらともなく笑いだした。

「ネーベ様、僕は砂糖を返してもらいにきたんだ。それがないと今夜キャンディ・スノーができなくて、みんな困ってしまうよ。」

クリスタロは冬の女王にお願いをする。

「よかろう。すぐに砂糖を返すように命じよう」

とネーベは返事をしてくれた。

「やった!どうもありがとうネーベ様。僕は今から大急ぎで帰って今夜の仕度をするよ!ぜひキャンディ・スノーを食べてみて。キャラメルのように甘くて美味しいんだ!」

クリスタロは喜び跳ねて部屋から駆け出そうとした時

「クリスタロは帰ってしまうのか!ならぬ!ならぬ!では砂糖を返してやれぬ。」

冬の女王は今度はひどく怒って返事をした。

「どうして?早く帰らないと準備が間に合わないよ。また遊びに来るから。」

クリスタロは驚いて女王をなだめようとしたが

「ならぬ!また我を独りにする気ぞ!」

と女王は怒りに我を忘れて暴れだした。

「どうして怒るんだ?キャンディ・スノーを食べてみてよ!1年で1度しか味わえないから。」

クリスタロは必死に女王に抗議をする。

「なんと!まだ逃げ失せるつもりだな!」

女王は手をあげてクルクルと回すと光の玉が浮かび上がった。そのまま手の内に包み込むように持つと口の前にかざして軽く息を吹いた。

すると女王の息に乗った光の玉はみるみるうちに氷の塊と化し空を突き刺すかのような氷の山ができた。

クリスタロは迫力ある魔法の前に体が震えそうになった。

ニヤりと笑った女王は竜巻を出してクリスタロを氷の山のてっぺんへ吹き飛ばした。

「うわっ」

いきなり風に飛ばされたクリスタロは尻餅をついて下をみると、思わず声が出た。ものすごく高い氷の山の頂きに自分はいる。

「どうだ?恐いだろう?まだ店に帰ると言うのであれば、そこから突き落としてくれようぞ!」

冬の女王はまるで家臣に命令するかのような口調で言った。

クリスタロは思わず反抗してしまった。

「絶対に砂糖を持って店に帰るんだ!女王の好き勝手にはさせない!」

女王はそこまで聞くとカッと頭に血がのぼって

「ならば店に帰らぬと我に土下座するまで何度も突き落としてやろう!」

と大声で答えるとその手を勢いよく振り下ろした。

クリスタロは背中を押されたかと思ったら、もう息をする隙もないくらいに氷の山を滑り降りていた。

「っっっー!!」

ものすごいスピードで急降下する、得体の知れない力に体を強く引っ張られているようだ。氷のキラキラとした光が止むことなく瞳に飛び込んでくる。

その時、下で仁王立ちしていた女王の姿が見て取れた。

「そこにいたら危ない!!」

とクリスタロは言いたかったのだが、

「ああああー!」

としか声が出せなかった。

女王の驚いた顔が見えたと思ったら、そのまま2人はぶつかり合って、ゴロゴロと転がってしまった。

クリスタロは女王を抱えてぐったりと倒れ込んだ。女王はクリスタロの胸の中で放心していたようだ。

しかし気丈に振る舞いたいと思ったか、軽く咳払いをして

「氷の山は恐かったようだな。ぬしの心臓がばくばく音をたてているぞ。」

クリスタロの胸に顔をつけていた女王は取り繕った感じでニヤリと笑った。

クリスタロはそんな女王を可愛らしい人だと思った。

「恐いのは最初だけだよ。風をきって滑るのは本当に楽しい。僕はこんなソリ遊びをずっとしてみたかったんだ。ネーベ様も一緒に滑ってみようよ」

クリスタロの思わぬ返事に女王は戸惑いを隠せなかった。

そんな女王をよそにクリスタロはあちらこちらと目を動かして

「あ!これなら2人で滑れるかも!」

捨てられていた上砂糖の袋を見つけると喜んで飛び上がり、袋を手にしながら女王の前に戻ると優しくネーベを立たせてあげた。

女王はずいぶん大人しくなっていた。

どうやら一緒に氷の山を滑ろうと決心したらしい。

氷の山の頂きで上砂糖の袋をひき、女王を抱える様にして座りクリスタロは準備を整えた。

女王の胸に手を回した際に手に感じた彼女の心臓が、そのまま飛び出しそうなくらい鼓動をたてている。

「大丈夫だよ。恐いのは最初だけ。すぐに楽しくなるよ。」

クリスタロは優しく声をかけた。

少し震えていた女王は意を決してコクりと頷くとクリスタロは勢いよく飛び出した。

「ぎ、ぎゃー!!」

「ははははは!!」

2人の興奮した声が城中に響き渡る。


レジーナドルチェ店の皆は大慌てで冬の女王の部屋に入り込んできた。

大きな麺棒を振り回したコルポ店長は

「クリスタロを返せー!」

と叫んでいる。

パティシエの兄さん達も総動員で女王の城に殴り込みにきたのだ。

「でえー!でえー!」

と我を忘れて麺棒を振り回している店長にフルボ兄さんが軽く肩を叩いて前を見るように注意を促す。

「お、おえ?」

コルポ店長の目に入ったのはクリスタロと少女が転がりながら笑い合っている姿だった。

「クリスタロ!クリスタロ!」

両手を大きく広げてコルポ店長はクリスタロを抱き締めた。

「て、店長!どうしてここに?」

クリスタロは驚いて声をあげた。

「クリスタロの足跡を辿って来たんだ。心配させるなよ!」

フレット兄さんも一緒に抱きしめてくれた。

そんな光景を目にした女王はさっきまでの笑顔はどこへやら、うつむいてしまっていた。

「この子は誰だ?」

コルポ店長はクリスタロに尋ねると

「我は冬の女王、ネーベである」

冬の女王は自ら答えた。

周りにいたパティシエの兄さん達はたちまち女王を取り囲み、初めてみる冬の女王に興味津々な様子だ。

「おお、女王陛下。初めてお目にかかります。私はレジーナドルチェ店長のコルポ・ロトンドです。名前の通りに丸い体です。大の甘い物好きでしてな。」

コルポ店長は女王に親しげな挨拶をする。

「まさか冬の女王陛下がまだ少女でいらしたとは知りませんでした。僕はパティシエのフルボです。」

フルボ兄さんも女王に挨拶をすると、ネーベの顔はさらに暗くなる。

「前世の我は誰にも愛し愛されず雪と化して溶けてしまった。四季の女王は誰にも必要とされないと消滅してしまうのじゃ・・」

悲しげに女王は答えた。

「え?じゃ、今の女王陛下は生まれ変わりってこと?」

フレット兄さんが思わず声をだした。

「うむ。我はまた独り寂しく消えとうない。」

小さな少女の声に皆が胸を動かされた。

「では、砂糖を返すとしよう。迷惑をかけたな。すまぬ。」

女王はいつの間にか消えていたキツネを呼び出し、砂糖を返すように命じた。

身なりの良いキツネはその命令にぶるぶると震えて

「じょ、女王様。なんたるキツネの醜態・・いやいや、あの白鳥らめも責任が、そのその」

と歯切れの悪い返事をするので女王が詰め寄ると

「ひ、ひぃ!申し訳ありません。急いで積み荷をした為にほとんど全部の砂糖が飛び去り、ソリにはわずかな砂糖しかありません。」

と白状してキツネは何度も何度も頭を下げた。

「なんと!」

冬の女王もクリスタロもパティシエ兄さん達も、みんなみんな固まってしまった。

それではどうしよう。

皆が楽しみにしているキャンディ・スノーが作れない!

「いやいや、それならば仕方ありますまい。」

コルポ店長は落ち着いて答えた。

「店長、キャンディ・スノーが作れませんよ」

クリスタロは驚いて言った。

「クリスタロ、お前は上砂糖よりも遥かにすごい宝物を見つけたんだ。」

そう言ってコルポ店長はクリスタロの背に手をあて、優しく女王の前に促すと

「女王陛下。今まで寂しい思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。その償いと言ってはなんですが、これからはこのクリスタロに毎日菓子を届けさせるように致しましょう。」

と言った。思いがけない申し出に何て返事をしたら良いのかわからず、女王の顔は真っ赤になっていた。

「店長いいんですか?ありがとうございます」

クリスタロは嬉しくて飛び上がった。

「毎日会えるね、ネーベ様。今度はキャラメルよりもっと美味しいお菓子を持ってきます。」

クリスタロがそう言うと、ネーベはこれ以上ないくらい可愛らしい笑顔になった。

胸に手をあてているだけだが、言葉がなくてもよくわかった。

「クリスタロ、いいなー!店長、菓子作りは僕にさせてください。」

パティシエ兄さん達は次々と店長にお願いをしている。

「女王陛下、街にも遊びに来てくださいよ。ラウンジでとっておきのココアをご馳走します!」

みんなネーベにいろいろと話しかけていた。

「ははは」

そんな様子をみたコルポ店長は大笑いだ。

「僕は今年のキャンディ・スノーの中止を連絡しに行きますよ。」

フルボ兄さんは店長にそう話しかけた。

「そうだな。早い方がいいな」

コルポ店長が頷くと、胸に手をあてていた女王がにこにこして言った。

「その必要はなさそうじゃ。我の胸は甘い気持ちでいっぱいじゃ。きっと美味しいキャンディ・スノーを降らすことができる。」


サンタクロースは大急ぎで子供達にプレゼントを配っている。

まだあと半分は配らないといけない。

「トナカイ達、頑張ってくれよ」

サンタクロースは夜空の中、ソリを走らせる。

すると疲れていたトナカイ達のソリを引くスピードが上がった。

「おやおや、もうあの街か。」

サンタクロースも舌で雪をキャッチしてキャンディ・スノーを食べてみた。

「ほほう」

とサンタクロースの顔がとろけるように崩れた。

「今年の上砂糖は近年まれにみる出来と聞いていたが、なるほど、なるほど。一番うまい!」

トナカイ達もたくさんのキャンディ・スノーを食べて踊るかのようにソリを走らせた。

その年から街はより豊かになった。

もうどか雪など降ることはなくなり、代わりに冬の間は美味しいキャンディ・スノーをずっと食べることができた。

いつしか旅人がわざわざこの街に足を運ぶまでになった。

冬の間の気候が穏やかで、峠を越えるにもキャンディ・スノーを食べながら栄養補給ができるのだ。

みなさまも冬のご旅行時にはぜひお立ち寄りください。



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― 新着の感想 ―
[一言] 冬の女王を見つけたのが、彼女と同じ年頃のクリスタロだったのが良かったのでしょうね。 追いかけてきたのが、年少者の扱いに慣れているレジーナドルチェ店のスタッフだったのも良かったのでしょう。 今…
[一言] 人前ではあくまで尊大に振る舞おうとするネーベと、そんな彼女を女王ではなく普通の子どもとして扱ってくれたクリスタロ。二人のやりとりがどこか微笑ましくて、思わずどうなることかと読みはまってしまい…
[一言] 豪雪もキャンディスノーになればいいなぁなんて思いながら拝読しました。
2021/01/16 18:15 退会済み
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