灰色の空
走れ。
走れ。
脚がちぎれても、振りすぎた腕が折れたとしても。
「んー…おはよぉ」
のそのそと眠気に逆らいながら身体を起こすこたつに笑んで「おはよう」と返す。
「こたつ、ニコとリト起こしてきて。」
はぁい、と間延びした返事でパタパタと戻っていく。
外は静かだ。
5年前に始まった戦争はいよいよ佳境に向かっている。
敵国にも自国にも戦力も気力もぎりぎりだ。
煙で晴れない空がそろそろ限界だと悲鳴をあげていた。
戦力も何も無いのなら終戦でいいのに謎に停戦状態が続いている。
意地でも勝ちたいものか。
くだらない。
「うぃ」
後ろから間抜けた声がした。
「おそよう、ニコ。リトは?」
「まだ寝てるわぁ」
灰色の襟足を伸ばした髪をボサボサにしてソファに沈むニコにコーヒーを渡す。
「ありがとぉ、やっぱ狐黒は気が利くわァ」
軽く笑って礼を言う。
「ん、シグは?」
「部屋で本書いてるよ」
とやも一緒、と付け足す。
戦争中はどこも似たようなものだ。
物書き、医学に精通したもの、化学者、子供は戦場に出ない。
いや、子供も、は少し違う。
戦士が減れば戦場に出される対象年齢はどんどん下がる一方だ。
とやはシグと本を書く。戦場に行かないために。
こたつは狐黒と勉強する。医者になるために。
リトとニコは戦場へ行く。
家族を行かせないために。
「リトちゃん〜おーきーてー!」
ベッドの上に乗っかってやかましく騒ぎ立てるこたつの頭を撫でて、わかったわかった、と適当な返事を返す。
「ん〜……起きるから…あと3分もしたら起きるから」
寝起きで出にくい声を絞り出す。
少し不貞腐れて「絶対だよ!」と言い残してこたつは退室していった。
シン、と静まった部屋に1人。
ぼんやりと天井を見上げる。
目に映るのは灰色のコンクリの天井ではなかった。
銃声、硝煙の匂い、吸い込まれるくらい真っ黒な子供たちの瞳。
ついに子供まで戦士と呼ばれるか。
銀の首輪が妙に重たい。
このネックレスに名を刻んだ時から軍の狗だ。
人はやめた。
辞めるしかない。
でなければ母国のために敵国の何も知らない子供達に手はかけられないだろう。
どうか、こたつ達にはこんな残酷な事は知らせたくない。