1.「ねぇ、イズミ」
僕には九龍ゆずという幼馴染がいた。
運動神経が悪い奴で、締まりのない呑気な顔をしている奴で、そこそこ綺麗な容姿を持った奴で、僕とは殆ど人生全部の付き合いだった。
これまでの人生、僕の隣には、いつだって九龍がいたわけだけど、果たしてそれは九龍が僕の隣にくっついてきたのか、僕が九龍の隣にくっついていったのか、どっちだったんだろうと時々僕は疑問に思ったりするのだ。
僕は19歳になって、大学二年生だった。
生まれ育った土地を離れて、ぼろぼろのアパートに一人暮らし。それでも、当たり前のように九龍はすぐ近くにいた。
僕が住んでいるアパートから徒歩10分ほど離れた、少しだけましなアパート。そこに居を構える九龍は毎日僕の部屋を訪れて、さして重要でもないお喋りをして、そうして、帰っていくのだ。
今日も九龍はやってくる。
「ねぇ、イズミ」
「何?」
「なんでもない」
「ん」
「ねぇ、イズミ」
「何?」
「なんでもないよ」
「…」
「ねぇ、イズミ」
「…何だよ」
「…」
「…」
「話しかけて置いて黙るの止めない?」
「ごめん。なんでもなかった」
「…」
「ねぇ、イズミ」
「…」
「…」
「えいっ」
「痛い」
「へっへー」
「ねぇ、イズミ」
「…」
「ねぇ、イズミ」
「…」
「ねぇ、イズミ?」
「…(bot?)]
「ねぇ、イズミ」
「…」
「おっぱい見せてあげようか」
「え?」
「なんでもありませんでしたー」
「ねぇ、イズミ」
「もういいだろ」
「さっきなんで振り返ったの?」
「別に」
「男の子だもんね」
「女の子だろ」
「…ん?何が?」
「はしたない」
「こういうの、最近きびしいらしいよ」
「何が」
「女の子だって、はしたないこといいたいんだー、みたいな」
「ああ」
「女の子だって、おっぱいでふりむくんだー、みたいな」
「ああ」
「で、イズミはなんで振り返ったの?」
「もういいじゃん」
「なんで?」
「男の子だから」
「あーあ」
「なんだよ」
「おこられる」
「お前が黙ってりゃいいだろ」
「ねぇ、イズミ」
「なんだよ」
「おっぱいのはなしの続き」
「要らない」
「えー、なんでさ?」
「どうでもいいから」
「男の子なのに?」
「おこられろ」
「黙っててよ」
「イズミはさぁ」
「うん」
「おっぱいならなんでもよかった?」
「…ん?」
「わたしのおっぱいじゃなくても振り返ったんでしょ?」
「あのさ、九龍」
「何?」
「適当にしゃべりすぎ」
「えー」
「シリアスなのに」
「嘘つけ」
「でも、イズミもさっきまじめな顔してたよ」
「いちおう聞くけど、さっきって?」
「おっぱいにつられて振り返った時」
「はぁ」
「それでさぁ、イズミ」
「分かったよ」
「何が」
「お前のおっぱいじゃなきゃ振り返らなかった」
「きゃー」
「楽しそうでなにより」
「嘘つき」
「何が」
「知ってるよ」
「何が」
「…知ってるよ」
「…何が?」
「イズミがわたし以外のおっぱいにも興味あること」
「…まぁ、そりゃあ」
「ふん」
「…」
「…」
「…」
「…」
「なぁ、九龍」
「何?」
「なんでもない」
「ん」
「なぁ、九龍」
「何?」
「いや、あのな」
「うん」
「…」
「…」
「ちゃんとしゃべってよ」
「あー、九龍?」
「何?」
「ほら」
「ひゃん」
「ほらほら」
「ちょっと、ひゃ、うわ、うわわ」
「怒りました」
「ごめん」
「本気で怒りました」
「うん」
「ふん」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「あー」
「あー」
「…」
「…」
「ねぇ、イズミ」
「何?」
「なんでもない」
「うん」
「…」
「…」
「…」
「…」
「九龍?」
「何?」
「そりゃあ僕はさ」
「うん」
「九龍以外のおっぱいにも興味はあるけど」
「…うん」
「九龍が不機嫌だと悲しいよ」
「うん」
「えっと、九龍じゃなきゃ、こうはならない」
「うん」
「言いたいこと分かる?」
「まぁ、わたし別に怒ってないけど」
「だろうね」
「ねぇ、イズミ」
「何?」
「結局さ」
「うん」
「なんでもなかったね」
「まぁ」
「じゃあわたし正解じゃん」
「何が」
「ずっとなんでもないって言ってるんだもん」
「なんでもないなら、なんにも言わなくていいだろ」
「さっき、ちょっぴり不安になってたくせにー」
「ねぇ、イズミ」
「もういいって」
「こっち向いて」
「…分かったよ」
「はい、おっぱい」
「…」
「…」
「何かいってよ」
「…」
「…ねぇ、ほんとに、お願いだから」
「…」
「はい、もうおしまい」
「…」
「…」
「…ねぇ、イズミ」
「何?」
「なんでもないの?」
「何が?」
「なにがって、もう知らない」
「九龍」
「…何?」
「明日もさっきのやってもらっていい?」
「…駄目にきまってるじゃん」
「そっか」
「…物分かりいいんだ」
「え?」
「なんでもなーい」
「ばーか」
「…」
「ばーか、ばーか」
「…」
「満足?」
「うん」
「ねぇ、イズミ」
「うん」
「明日も遊びに来るからね?」
「うん」
「嬉しい?」
「別に」
「ふぅん」
「来なかったら僕が行くし」
「…ふぅん」
「じゃあ、また明日」
「うん」
「ねぇ、イズミ」
「何?」
「なんでもない、ばいばい」