デウス・エクス・マキナ
その王国は独立から一年を迎えていた。国民は歓喜し、王国の兵隊と音楽隊が王都を行進し、国中がお祭り騒ぎになる。
そのはずだった。
しかし、国民は歓喜どころか不安な顔をし、王国の兵隊は現れるそぶりを見せない。そもそもこの国には音楽隊というものは存在しない。そして国中は昼夜を問わず静まり返っていた。
空は、その国民たちの心情を映したように、どんよりと曇っていた。
プレヴェル地方南東。その地はライエン帝国が支配していた。しかし、一年前にこの地域に五つの小国が協力して独立した。その一つが、このハルシア王国である。しかし、そのハルシア王国に次々と災難が襲う。
度重なる独立戦争による兵士不足や財政難。さらに伝染病により多くの国民が倒れ、国王の優秀な配下たちも相次いでこの世を去った。
そして、さらに追い討ちをかける出来事が起きる。共に独立した四つの国がライエン帝国によりあっさりと飲み込まれてしまい、唯一、ハルシア王国だけが二年目を迎えることになった。ハルシア王国は、その四つの国を支援することができなかった。そのため、国王は「臆病者」、「裏切り者」というレッテルを貼られてしまった。その様子を見て国民たちは、前途多難なこの国に不安を募らせていた。
静けさの中過ぎた独立記念日の翌日。いよいよ事件が起こる。ライエン帝国軍の進撃が始まった。その兵の数は約十五万人。ハルシア王国軍全兵士の三倍の数だ。
「この国は終わりだ。あまりにも兵力差が多すぎる」
「俺たちは殺されるんだ。もう、神様、天使様に祈るしか助かる方法はない」
国民は声を揃えて言った。
迫り来る帝国軍。
王国軍は簡単に蹴散らされ、王都へ進む。
「反逆者を倒し、この地をまた手に入れる。国王の首をとった者は褒美をやる。狙いは国王。ただそれだけだッ!」
帝国軍の大将はこう叫び、兵士を鼓舞する。まさに、獅子奮迅と呼べる勢いだ。
一方、国王は王都で、自軍の壊滅状況や親族のや部下の戦死報告に耳を傾けていた。
「王都北西、ノートリクス砦、陥落されましたッ」
「王都北のカナストラル砦、謀反の知らせですッ」
届く報告は裏切り、壊滅のみ。しかし国王は怒りもせず、ただ聴いていた。すでに覚悟は決めている。
——我が弟は死んだ。二人の息子も死んだ。帝国軍は自分の命が狙いだろう。いっそ、命を差し出すか——
そう考えたとき。
国王の目の前が光り、何者かが現れた。
国王は驚きながら、その者に言葉を投げかける。
「あなたは……」
「私は天使ラキエル。神の使いです」
自身をラキエルと名乗る女の天使は、言葉を続ける。
「神に変わり、あなたの願いを叶えます」
「え……それは本当ですか」
「はい。では早速」
そういうと、天使は自身のステッキを一振りした。すると、どこからか、光り輝く兵が現れた。その兵に驚き、帝国軍は散り散りに逃げ帰ってしまった。
天使はステッキをもう一振りすると、弟や二人の子など、戦死者たちが生き返り始めた。
それから、王国のための財宝、武具、食料をもらい、そのことを知った国民たちも大いに喜んだ。
そして、王国の人々は幸せに暮らしていったということである——
鉄格子に朝日が差し込む。
『ハルシア王国 国王』は目を覚ます。
「夢か」
そういってあたりを見回す。
壁とテーブル、そして鍵つきのドア。それ以外はない。
「天使か……現れてはくれないものか。夢を叶えてくれるなら、独立を願いたいな」
そう呟いても、もちろん、天使は現れることはない。ただただ時間が過ぎるだけである。彼は帝国反逆罪として、処刑される。
なお、過去にも未来にも、『ハルシア王国』は存在しない。
「デウス・エクス・マキナ」
〔「機械仕掛けの神」の意〕
演劇・文芸で、行き詰まった状況やむずかしい結末を必然性なく登場して解決する便宜的な役柄。また、そのような技法。エウリピデスが多用したもので、クレーンのような機械で神の役を登場させたことからいう。転じて、安易な解決策。
(大辞林 第三版より)