忘れた頃にやってくるもの
寒くなってきましたねー。
「どうしてですの?」
怒りを抑えた声。
「どうしてもだ」
返す素っ気ない声。
ふたりの態度には温度差があり、間には見えない壁がある。ほんとに婚約してるの? と聞きたいくらいに。
……ねぇ、ほんとにさぁ、もっとちゃんと話そうとか思わないの? カタコトで通じるとか以心伝心できるほど心通じ合ってんの? とてもそうは思えないけど。
どうも。
師長の部屋で、魔法の練習中に師長の婚約者さまに乱入されて、逃げるに逃げられないレンさんです。あ、前回の国王陛下との面談は、認識阻害系魔法で陛下の正反対の好みの顔に見えるようにしたため、無罪放免でした。
さて、いつものふたりのやりとり。もちろん、私は結界にお篭もり中だけど、私まだ結界張ったまま動かせないんだよね。
「わたくしは貴方のためを思って……!」
濃緑のドレスは、以前よりデザインが派手になってる気がする。手に持つ扇は今流行りのもので、高価なものだ。
「魔術塔の責任者はそなたではない」
相も変わらず、私を厄介払いしたい婚約者さまと、私の怒りに触れて婚約者さまの放置はヤバいことは理解した師長。
「相性サイアクじゃない? 一方通行って言うやつ、あれ?」
私の左肩で、もふもふと寝かけてる琥珀があくびをした。今は子猫サイズなので、重くはないけど、毛がくすぐったい。
「そもそも、誤解を解こうとしない師長が、てか、その誤解に気づいてない師長が問題なんじゃないかなぁ」
「誤解?」
「私のこと。誘拐云々は言えないにしても、ある程度の説明はできるでしょ」
なのに、突然補佐として弟子をとりました。年頃の女の子です、なんて言葉だけで納得なんて私でも無理だわー。
「魔術のこと以外はポンコツそうだもんね、あれ」
「そもそも、押し負けたはいいけど、その後愛情は育ってるの? どう見ても政略的なものしか感じられないんだよね」
必死な婚約者さまに、なぜそんなに必死なのか理解出来てない師長。会ったなら挨拶と一緒にドレスを褒めてあげなさいよ。それが貴族のマナーなんだしさ。
私があれこれ言えた義理も、言うつもりもないけど、いい加減気づけよと思わなくもない。
「琥珀、魔力の圧縮ってこんな感じ?」
「うん、大分扱いに慣れてきたね」
この世界に来てから魔力に触れた私は、魔法を使うことに慣れてない。魔力量は大分高いらしいので、暴走しないように魔力操作を練習中。
あ、琥珀曰く、この世界の人達が使ってるのは魔術だそうで、私と琥珀達魔族の使ってるのが魔法だそう。違いは私にはわからないけど。
普通にスルーしてたら、師長達は無言で睨み合ってた。なにしてんのさ。
「琥珀、どうし」
「レン、ふせて!」
「え!?」
おっきくなった琥珀に覆いかぶさられて、床に蹲ったその時。
魔法塔がぐらりと揺れた。
結界に守られてはいたけど、地震かと思うほど大きな揺れは、思ったよりあっけなく止まった。
「なになに地震?」
「違うよ、これは」
「え?」
「王宮の魔力が根こそぎ吸い取られてる」
「は!?」
私達は忘れていたのだ。私達が誘拐されたのは予行練習だったことを。
その日、本番である勇者召喚の儀が執り行われ、成功した。
……マジか。
インフルよりコロナより肩こり……!