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Saga05:これは、賭けだ

 次の瞬間には、ミカは部屋の中に立っていた。見なれた木目調の壁、カウンター、窓口。ここはジャングルかと散々馬鹿にしている大量の観葉植物――まぎれもなく、アサボアのギルドだ。

 ミカは思わず辺りを見回した。いつもより客が少ない。ふと、ギルドの出入り口でミカの目が止まった。既にシャッターが降りている。営業を終了しているのだ。

 瞬間移動。稀な魔術を目の当たりにしたギルドの面々は、驚きで目を真ん丸に見開いた。騒然どころか沈黙だ。驚きで声も出ないらしい。


「ねぇ、スズは?」


 ミカは真ん中の窓口に座った女性に声をかけた。そして一番左端の窓口を見る。左端はスズの特等席だ。しかし今は空だった。

 二十前後の窓口女性は、ミカに声をかけられて、我に返ったようだった。すると今度は狼狽し、「あの、えっと、そのスズさん、そう、スズさん」と文章にならない言葉を発する。相当に動揺しているようだ。


「とりあえず落ち着いてよ。スズがなに?」

「えっと、スズさんが、妙な男達に連れていかれてしまいました。伝言がありました。えっと――『小出ミカが戻ってきたら、カイエンの倉庫まで来い』だそうです」


 深呼吸をした後に、窓口女性が言う。彼女は潤んだ目でミカを見た。


「スズさんを助けてください」


 言われなくてもそのつもりだ。スズがいなくて困るのはミカなのだから。ミカはノアを見た。ノアの形がよい口が歪む。


「カイエンの倉庫群か」


 カイエンはアサボアの町の西はずれだ。知名度は薄い。ノアは僅かに顔をしかめた。場所を思い浮かべにくい場所かもしれないとミカは思う。


「行ける?」

「だいたいの場所はわかる。小出、お前は仲間の顔を思い浮かべろ。できる限り鮮明に、だ」


 緊急事態でありながら、ミカはノアの命令口調にむっとした。小言を言ってやろうかと思ったが、スズを助けるにはノアの力が必要だ。カイエンに行くためにはもちろん、ミカではトルエン=リザーラに勝てない。仕方なくミカは頷いた。

 目を閉じて、ミカは脳裏にスズの姿を思い描く。浅黒い肌。銀糸のような細い髪。青の目。百七十センチだと言い張るが、どう見たって百七十センチもない身長。


「飛べ」


 ノアの言葉と同時に、ミカの体が浮遊感に包まれる。体が飛んだ。


 浮遊感が消えるとともに、磯の香りがした。肌にはりつくような潮風。遠くに聞こえる潮騒。磯臭さと埃臭さが混じった、独特の匂いがミカの鼻をつく。

 目を開くと、ミカの目の前には埃かぶった倉庫の内部が見えた。大柄の男が三人、なにかを囲んでいる。木箱にもたれかかっているのは――


「スズ!」


 反射的にミカが叫ぶと、「小出」とか細い声が返ってきた。弱いが、確かにスズの声だ。

 スズを囲っている男達がミカの方へと振り返った。その中の一人、中心にいる男はトルエン=リザーラだ。相変わらず、品のないハゲ面ゴリラ。


「久しぶりだな」


 トルエンが大きく口元を緩める。途端、ミカの体を撫で回す、彼の手の感覚が蘇った。ミカは彼の笑みにゾッとした。気色が悪い。生理的に合わない男だ。


「窃盗団と組んで、町民からお金を巻き上げてたなんて、面白いことしてくれるじゃない」

「てめぇよりマシだ」


 トルエンは吐き捨てるように言うと、両脇の男達に目配せをした。彼らはトルエンの合図に頷くと、スズの腕を引く。無理矢理立たされたスズは、痛いのか、歯を食いしばっている。そんなスズを見て、トルエンは笑った。


「こいつはお前の命と盗んだ金と交換だ。剣を捨ててこっちに来い」


 どうせ、スズだって生かしておく気はないくせに。

 ミカはため息をついた。スズも同じことを思っているのだろう、苦々しい顔でトルエンを睨んでいる。

 次にミカは隣のノアを見た。相変わらずフードを被っているため、ミカの位置から彼の表情は見えない。ただ、助けてくれる気はなさそうだ。動く気配が全くない。

 どうすればいい。このまま素直に従ったところで、ミカもスズも殺されるだけだ。けれど従わなければ、スズは殺されるだろう。スズがいなくなったら困る。お金が稼げなくなるじゃないか。

 ミカは大きく息を吸い込んだ。どうしたって最終的には殺されるのだ。であれば、イチかバチか。ミカは浅く唇を噛んだ。


「イヤ」


 ミカは言う。


「そんなやつ、好きにしたらいいじゃない」


 ――これは、賭けだ。


 ミカの言葉に一番驚いた顔をしたのはスズだった。トルエンはスズとミカを交互に見遣り、苦虫を噛み潰したような顔をした。あの顔はミカの言葉を信用している顔だ。ミカは再度浅く唇を噛んだ。演じ切れ。スズさえ騙すつもりで言い切るのだ。


「そいつが居なくなっても、別の窓口に紹介してもらうだけだもん。書類の改竄も他にやらせればいいわけだし――何の問題もないけど」


 嘘だ。ミカに出来るのは消すことだけだ。それだって正確にはリングの力であって、ミカの力ではない。人を操る術力もないくせに、どうやって書類を改竄させる気だ。スズの表情はそう言いたそうに歪んでいる。その通りだ。

 だから、スズがいなくなると困るのだ。――例え、スズもミカの言葉を信じ、今の関係が崩れたとしても。


「お前の『力』は記憶を消すだけだろ」

「誰から聞いたの? スズ? スズはあたしの操り人形よ。スズはあたしのことなんてほとんど知らないわ」

「……こいつはてめぇに操られ、踊らされてただけっつうことか」


 トルエンは小さな舌打ちをした。スズがトルエンを見上げる。トルエンの心の中では、俺と同じように、と言葉が続いているのかもしれない。

 こんな言葉を信じるなんて、頭の弱い男だとミカは思う。しかしミカにとっては好都合だ。自分の言葉を信じ込め。ミカは念をこめてトルエンを睨みつけた。スズは関係ないと思い込め。そして、スズに興味を失え。

 ギルド職員はそれなりの護身術を身につけていることが多い。スズの性格を考えても、何かしら武器や道具は持っているはずだ。機会さえあれば、きっと、スズは自力で逃げ出せる。

 スズがミカを見た。スズの目は不満で一杯だ。けれどミカは平生を装い、腕組みをし、スズを見返した。僅かに唇を噛んだまま。しばらくは黙っててよね、とりあえずはあんたを助けるためなんだから。


「そうよ。残念ね。あたしは仲間を作らない主義なの」


 ――だから、スズを放せ。


 トルエン=リザーラが憎らしげに歯を食いしばる。両脇の男の内、ミカから見て右側の男は、スズを掴んだ手を緩めた。勝手の使えないと判断したのだろう。傍を離れる気はないだろうが、興味が大分薄れてきた証拠だ。もう一方の男も、仲間の様子を伺いながら、スズを掴んでいる手を離した。

 スズの体が落ちる。重力に従って、ゆっくりと。スズが膝つき、手のひらが地面につく。スズの手のひらが動いた。両脇に立っている男の足を掴む。男達は、スズが偶然自分の足に落ちてきただけだと思っているのか、スズを見もしない。

 スズの口元が動いた。そして、スズの両手首にある金の腕輪、そこにはまっている青の宝玉が光る。同時に、バチン、雷が弾けた。

 閃光。電撃が走る。


「うわぁあ!」


 悲鳴をあげ、男達が白目をむく。電流。ミカは瞬いた。スズの腕輪は術がかかった腕輪だったのだ。珍品だ。それを身に付けているあたり、さすがというべきか。倉庫に倒れ込んだ男は、床に倒れ、体を痙攣させている。

 それと同時に、スズは低い体制のまま走り出した。トルエンが振り返るのと、スズが彼の横を駆け抜けたのはほぼ同時だった。


「くそ!」


 トルエンが大剣を持ち直す。しかし彼の視線の先はミカだ。彼の興味はスズよりミカにあるらしい。ミカも自分の長剣に手をかけた。そこで気がつく。鞘から抜こうとした瞬間、ミカの目の前に立ちはだかった影。

 男にしては細い肩。浅黒い肌、銀の髪。


「スズ!」


 トルエンが大剣を振りかぶる。スズは両手を広げて、立ちはだかったまま動かない。ミカは左手を伸ばした。左小指のリングが光る。大剣が振り下ろされる。


 ――やめて!


 ミカの叫び声が倉庫内に響き渡った。


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