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Saga04:勇者らしい登場じゃないか


 十三時を過ぎると、ギルドへの客足は徐々に落ち着きをみせる。そして十五時半に差し掛かる頃には待ち人の列は消える。

 アサボアのギルドも類にもれず、十五時を過ぎる頃には待ち人の列が消えていた。


「あー、疲れた」


 独り言だ。スズは両手を上にあげ、思いきり伸びをした。最後の客の手続きは完了だ。

 それから時計とギルド内の状況を見回すと、スズは手元の書類を揃え、引き出しにしまう。小出は今、何をしているところだろうか。そう考え、スズは一枚だけ出しっぱなしにした仕事票を見た。ミカが受けた、ポポの強盗団退治の仕事票だ。

 しかし、不安だ。

 あの仕事は胡散臭いとスズは思っている。どうせ聞かないだろうから言わなかったが、貧困が激しい北エリアに、あれだけの大金を出せる人間がいるだろうか。しかも内容は強盗団潰し。前回の窃盗団潰しは一人千五百ルッツの仕事だった。それに比べると報酬があまりに高い。

 そもそも一か月の間に三回という依頼ペースもおかしい、ともスズは思う。前の悪党が捕まった途端、次の悪党が住み着き始める計算だ。しかしミカの話を聞く限り、悪党の住処は町外れであり、あの場所が空いたことを知るにしても、それなりに時間がかかるはずだ。あの場所が空くまでずっと待っていたのか――そんなことはあり得ない。

 ノア=トリエンナーレという名前も、スズは聞き覚えがあった。イヤな予感はしなかったから、要注意人物リストではないとの確信はあるが、しかし気になる。

 そこまで考えて、スズはふと顔を上げた。乱暴に扉が開く音と、妙に騒がしい足音が聞こえたからだ。目に付いた人物を見て、スズは眉を寄せる。


 ――これまた、面倒なのが来たもんだ。


 現れた三名の男を見て、スズは思わずため息を吐いた。リーダーらしい体格の良い男が一人、そしてその後ろにぴったりと付いた男が二人。皆、腰には斧や大剣を下げている。衣服の裾はほつれ、裂け目が入っており、元は萌黄色だったであろうチュニックは、煤けて溝色と化している。風格からして、まともな職業ではないだろう。

 男達はスズの窓口の前に立った。リーダー格の男がスズを見下ろす。顔立ちが暑苦しいほどに濃い。ハゲ面ゴリラ。ふとスズの脳裏にその言葉が浮かんだ。はて、この言葉はいつどこで聞いたんだっけ。


「こんにちは。ご職業を伺えますか」

「仕事紹介じゃねぇんだ。人を探してる」

「仕事依頼なら窓口は右手、緑色の枠が付いているところです」

「責任者を出せ」


 どうやらスズと話をする気はないらしい。再度ため息を吐きそうになるのを押さえ、スズは頭を振った。


「居ません」


 事実だ。ギルドマスターはどこか遊びに出かけている。その場合の現場責任者はスズだが、最終責任者はやはりマスターなのだ。


「じゃあ今すぐ調べろ。仕事ナンバー000123317の仕事だ。その仕事を紹介している窓口は誰だ」


 男は顔をしかめて言った。スズは仕事ナンバーを復唱すると、小さく喉を慣らした。そうか、あの言葉は小出から聞いたんだ。この男がトルエン=リザーラ。


「その窓口係にいったいどういった御用でしょうか」

「てめぇには関係ねぇことだ。さっさと調べろ」


 男が苛立ったようにカウンターに拳を叩き付ける。カウンターがきしむ音。もう一度同じことされたら、おそらくカウンターは割れるだろう。随分とマナーのない客だ。

 他の窓口係、二人が心配そうな面持ちでスズを見ている。このままでは業務に支障が出かねない。小出、覚えとけよ、あの女。スズは再度ため息を吐くと、トルエン=リザーラに満面の笑みを向けた。


「その仕事を紹介したのはオレですが、何か?」


 仕事000123317、ミカとトルエン=リザーラと組んだ、窃盗団退治のナンバーだ。



 アサボアの町の西側は海に面している。しかし面した部分が少ないせいか、港町やマリンリゾートのイメージは薄い。地元の人間が穴場として遊びにくる程度、それがアサボアの海だった。

 海辺に店を構える商売人達は、細々と商売を行い、生計を立てている。欲さえ出さなければ生活でき、極端に人工が少ないせいか、皆で盛りたてようという助け合いの精神が強い。アサボアの西地区――カイエン地区はアサボアの中でも格別のんびりした場所である。

 カイエン地区は、アサボアの町のギルドがある中心地区――リッテン地区から、車で三十分ほどの距離だ。主な交通手段はバス。南エリアのアサボアは交通整備が進んでいるため、距離の割には時間がかからない。

 しかしながら、海辺の倉庫群となれば話は別だ。カイエンの最終停留所から、倉庫群へは更に徒歩五十分近くある。一度は港として貿易を発展させようとしたカイエンだが、どうやらそれは失敗したらしい。港としてはほとんど機能していないカイエンの倉庫群は、全くといっていいほど人気がなかった。


 ――なんて好都合な場所だろう。


 もちろん好都合なのはスズではない、彼らにとってだ。


「よくまぁこんな遠いところをご存じで」


 スズが独りごちる。返事はなかった。

 スズの目の前にはトルエン=リザーラ、そして両枠を彼の部下らしい男に囲まれて、身長が大して高くないスズは完全に埋もれてしまっている。手足の拘束はされていない、スズは自由の身だ。けれど警戒されているのは感じる。逃げるのは容易ではないだろう。

 だいたい逃げたところでスズの所在は知れている。そう考えると、逃げるだけ無駄だ。この男達が何を考えているのか、あの仕事は一体どういう仕事だったのか、好奇心もあった。

 トルエンは倉庫群のうち、一つの倉庫内に足を踏み入れた。倉庫にしては天井が低い。四メートル程度だろう。中には一メートル四方の木箱がいくつか積まれている。窓は明かり取りの窓が天井近くにあるだけで、出入り口はこの扉のみのようだった。カビ臭さと埃臭さが鼻をつく。


「小出ならすぐには連絡つかねぇよ。南エリアにいるから」

「あの女、強盗団退治の依頼を受けたのか」

「そうだよ。一人二十万ルッツのね」

「ふん、思った通りだな。あの女なら飛びつきそうな依頼だ」


 トルエンは笑った。ひどく自嘲的な笑みだ。


「たいした女だ。底辺勇者のくせしてやってくれる。仕事は相手任せ。でも報酬は全額奪おうってか」


 同時に、木が割れる音が倉庫に響く。トルエンが背後の木箱を殴りつけたのだ。木箱の面は無惨に割れ、破片がぱらぱらと地面に落ちていく。力には自信があるらしい。使い方さえ覚えれば、戦士かボディーガードの職には就けそうだ、とスズは思う。

「これだから南の女は好かねぇ。南の男はもっと嫌いだけどな」

 トルエンは言う。そして彼は横目でスズを見た。南の女は好かないと言いながら、ミカに鼻の下を伸ばしたのは、紛れもなくトルエン自身である。要するに彼は南の人間が嫌いなんじゃない。自分を疎む人間が嫌いなのだ。北の人間らしい、南に対する偏見と過剰反応だ。

 ログザリア大河を挟んで、南と北――南北の対立は、南北統一されて十五年経った今でも、変化の兆しが見られない。大河と、大河の北側に建てられた長城によって、二つ分かれていた文化は、長城が破壊され、自由に行き来が可能になっても交わり切らない。その原因は決定的な経済格差にある。

 北側を大河、他の三方を海で囲まれていた南ログザリアと違い、北ログザリアは北東側を軍事国家のイオグラードと、北西側を同じく軍事国家のシュレンと隣接。他国を牽制するため、軍事に力を入れた結果、北ログザリアは文化、産業面で後進国となったのだ。それが現在でも尾を引いている。


「とにかくさ、小出が南に行くことも想定済みで、なんでオレを捕まえてんの? 底辺勇者なら、一人二十万ルッツの仕事なんか無理だろ。帰ってこねぇかもよ?」

「あの女は、よくわかんねぇ力があるんだろ。仕事達成しないとも限らねぇ」

「達成させていいのか? 仲間だろ」


 スズの言葉にトルエンは瞠目した。もちろんただのハッタリだ。しかしハッタリは的を得ていたらしい。トルエンは突如大声で笑い声をあげた。「よく気がついたな」と涙目になりながら笑う。トルエンの様子にスズは眉をひそめた。何がそこまで楽しいのか。随分と狂った男だ。


「別にいいぜ。あれくらいすぐに集まるからな。そもそも人数は少ねぇ方が、取り分多い。今回はちょっと集め過ぎた」


 次にトルエンは虚ろな目で空を見る。定まらない視線。どこかを見ているというわけではないようだ。

 ふーん、とスズが気のない返事をしようとした時だった。トルエンが弾かれたように振り、スズの首を掴んだ。そのままスズを木箱へ叩き付ける。円心力。妙な浮遊感と突然の衝撃。スズは呻き声をあげた。スズの顔に木箱の木片が落ちてくる。木片を払うように、スズはかぶりを振った。


「おい、あの女の、あの妙な『力』はなんだ」


 答える前に、トルエンはスズの襟元を掴む。首が絞まる。息苦しい。スズは顔を歪めながら、トルエンの太い手首を掴んだ。


「知らねぇよ」

「んなわけねぇだろ。てめぇがグルだってことは分かってんだ。吐け」


 座り込んでいたスズは、トルエンの力で無理矢理立たされる。情けないことに、さっきの衝撃が堪えているらしい。スズの足がふらつく。

 そこへスズの鳩尾にトルエンの膝が入った。呻きが声にならない。目一杯に瞠目し、スズは膝をついた。嘔吐しそうになるのを必死に堪える。歯を食いしばり、スズはトルエンを見上げた。


「一応、向こうの奴らには殺すなと伝えてある。――虫の息かもしれねぇがな」


 トルエンが言う。スズは拳を握りしめた。助けたければ吐け、ということか。

 スズは痛みに顔をしかめながら、ふと脳裏にある言葉を思い浮かべた。好奇心は人をも殺す。意味は違うが、確かに。やっぱ好奇心に負けるとろくなことがねぇ、とスズは思う。好奇心なんかほっときゃよかった。

 何をしたって、生かすつもりなどないクセに。けれどミカの『力』は利用価値があるのは確かだった。スズは深く息を吸った。深呼吸を繰り返す。こいつらは、小出の『力』を知ったら、小出を生かして利用しようと思うだろうか。


「……記憶を消せる。一部分でも、全部でも、自分が消したいところは全て。それ以外は知らない」


 思いのほか、か細い声が出たとスズは思う。言葉が重たい鉛のようだ。一つ一つ、紡ぎ出すのが重たく、辛い。

 トルエンはスズをゴミのように投げ捨てた。スズの背が再度木箱にぶつかる。

 突然、スズの肩に焼けるような痛みが走った。痛みにスズが顔をしかめる。スズの肩には鉄製のブーツ。トルエンの足だ。彼のブーツの靴底が、僅かだが刺のようになっている。トルエンが足を押しつける度、スズの肩に痛みが走った。血が滲む。


「ふん、これですっきりしたぜ」


 トルエンは腰に下げた大剣を抜いた。そして彼は笑う。


「助かったぜ。もう用はねぇ。死ね。あぁ安心しろ、あの女もすぐに後を追わせてやるからよ」


 あぁやっぱり、生かすつもりなど全くない。

 どうやらスズの思考は相当狂っていたらしい。判断ミスだ。スズは歯ぎしりをした。言わなければ、もう少しくらい時間が稼げたのに。時間稼ぎ? 時間を稼いでどうなる。小出は南エリアだ。今日中に帰ってくるのは無理だろう。依頼を達成できるとは限らないし、そもそも小出が助けてくれるとは限らない。小出ミカはそういう女だ――


「スズ!」


 スズにとって、聞き覚えのある声が聞こえた。幻聴か。スズがうっすら目を開けると、倉庫の入り口に人影が見えた。綺麗に体の線が出たシルエット。一つにまとめた長めの髪が揺れている。腰には長剣。あのシルエットは、多分。


「小出」


 珍しく勇者らしい登場じゃないか。そう思って、スズは口元を緩めた。


携帯用に改行しました。見づらいなどあればご報告いただけると嬉しいです。

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