Saga02:計画の裏側
拠点 ポポ
依頼人 ポポ町長 並び 町民百十七名
内容 北の森に廃工場に強盗団が住み着いてしまって困っている。前に住み着いていた窃盗団と人数、武力共に桁違いであるため、不安でも夜も眠らない日々が続いている。今すぐにでも排除して欲しい。
相方名 ノア=トリエンナーレ
氏名 ノア=トリエンナーレ
読み仮名 同上
性別 不明
年齢 不詳
経歴 非公開
まぁ、見るからに不審な経歴表ですこと。
ミカは相方の経歴表を見て、小さく息を吐きだした。今更ながらスズが言っていてことを理解する。
言っとくがどの地域でも埋まらなかった仕事だからな。小出みたいに寄っかかろうとしてるやつが仕事を受けたかもしれないし、経歴に問題あるやつが審査を通ってるかもしれない――
「問題あるなんてレベルじゃないでしょ、これ」
ミカは独りごちると、経歴表をたたみ、ジーンズのポケットにしまった。
ポポの町はアサボアのほぼ真北に存在する。アサボアから北へ登る夜行列車に乗り込み、ログザリア大河を越え、およそ九時間でポポの外れの駅に着く。
そこから徒歩四十分でバス停留所に着き、バスに乗って更に三時間、そうしてやっとミカはポポのギルドがある場所へたどり着いた。所定の手続きを終え、ミカが相方との集合場所に着いたのは昼三時のことだ。
ミカは役所の壁にもたれかかると、目の前の通りを見渡した。まだそれらしい相手は現れていない。
ポポ、役所前。廃工場にいくには、まず役所で森に潜入する許可をもらわなくてはならないらしい。前に廃工場へ行った時――前に、といっても三週間前のことである――には許可など不必要だったはずだ。どういうことだとポポのギルド窓口に問い合わせたところ、窓口係は小さく肩を竦めた。
『産業が変わったからだよ。知らないか? エタ製品って』
エタ製品――ポポの森に生えるエタの木と樹液を使って作る、高級木製品のこと。
『最近そっちの方面で有名なコンクールがあったらしくてね。高級食器だったかな。そこでエタ製品が優勝したんだよ』
つまりは産業の要となる森に、そう易々と人を入れるわけにはいかない、そういうことだ。
『さすがはグレナーデだろう? ――あれ? お嬢ちゃん、グレナーデ=ポポを知らないのかい? ポポの最年少市長だよ。これが頭の良い切れ者でね。器もでかい、とてもよくできた人間なんだよ』
饒舌に褒め言葉を並べる窓口係の言葉を話半分、ミカは頷いた。なるほど、これでポポの町の異様な活気にも合点がいく。
確かにポポは、北エリアで最も栄えている町の一つだが、最近では頼りの繊維業が上手くいかず、暗い影を落としていたはずだ。それがここまで復興したということは、相当な勢いで売り上げているに違いない。
役所前の通りは、せわしなく行き交う人と物で溢れかえっている。よく見れば店頭に出ているのは、食器を始めとし、テーブルやタンスといった、木でできたインテリア商品ばかりだ。
ミカはエタ製のお椀の値段を覗き見した。一つ千ルッツ――高い、高すぎる。ミカの部屋にある器は三つで二十ルッツの代物だ。ミカからすれば、器一つにそこまでお金をかけることがバカバカしい。
『もうすぐポポは金で溢れかえるぜ』
そういえば、あの男――トルエン=リザーラも言っていた。ポポにもうすぐ莫大な金が入ってくると。今思えばあれは、コンクール優勝による、大型発注のことだったのだ。
――ってことは、ふっかけたら四十万より高く取れるかしら。
「小出ミカか」
そこへ名前を呼ばれ、ミカはハッと我に返った。本日の相方だ。ミカはおそるおそる声がした方を振り返った。――そして、思わず瞠目した。
「……誰?」
ミカは言う。ぱちぱちと目を瞬かせて。ミカの目の前に立っているのは、身の丈を覆うような長い外套を羽織った男。
――いや、男の子という方が正しい。
年は十歳くらいだろう。背は一メートル二十センチくらいか。目を引くような綺麗な顔立ちの少年が、ミカの目の前に立っている。灰色の外套のフードを被った彼は、真っすぐにミカを見た。黒の長い前髪から覗く、水晶玉のような灰色の目。
「ノア=トリエンナーレの代理人だ」
「代理人?」
彼の言葉にミカは怪訝そうに顔をしかめた。代理人とはどういうことだ。
「ちょっと待ってよ。これ、ペアの仕事なんだけど、って言ってもわかんないか。ともかく、そのノア=トリエンナーレって人がいないと、すっごく困るの。今すぐ連れてきて」
この子供が相方でも困るが、相方がこないのはもっと困る。なんせ九割以上は相手に押し付ける気でいるのだ。
ミカの言葉に少年は小さくかぶりを振った。それはできないということなのか、意味がわからないということなのか。
「この場には来ないだけだ、現地には来る」
「『現地には』って……」
「とにかく、まずは許可を取ってきて欲しい」
ミカの言葉を遮り、彼は透き通った声で言う。有無を言わさない口振りに、ミカは思わず言葉を止めた。大きくもない、荒げるでもない声、しかし妙な強さがある声。
「わかったわよ」
気が付けば、ミカはそう言っていた。少年が嘘を言っているとは思えないし、実際少年では許可が降りないだろう。ミカが許可を取りにいくしかない。
随分としっかりした少年だ。いまいち釈然としない気持ちはあるけれど、ミカは役所内に足を踏み入れた。
子供の代理人を寄越すなんてどういうつもりだろう。この間に一人で仕事を解決し、報酬を独り占めする気だろうか。ミカは許可申請の手続票を書きながら考えを巡らせた。いや、それはない。四十万ルッツを独り占めしたいのなら、一人解決に変更届けを出しているはずだ。
二人ペアの仕事は、申請が通れば一人解決の仕事に変更できる。ギルドからすれば、何人だろうと仕事が解決すればいいのだ、申請は確実に通るだろう。それではミカに解決させて、報酬だけ持っていく気か。いや、それもあり得ない。ミカが乗ってこなければ、この仕事は勝手に一人解決の仕事になっていたのだ。
それでは、なぜ。
「最悪、二十万ルッツで我慢しよう」
ミカは小さく独りごちた。その場合、スズの分け前はなしだ。ごめんね、スズ。
ポポから一歩外に踏み出れば、鬱蒼と生い茂った森が広がっている。広葉樹が多く、薄暗い森の中は、犯罪者たちが隠れるには絶好の環境だ。それ故、人は森に入ることを避け、人気がなくなった森はさらに悪党を呼ぶ。悪循環だ。
ここのところ、北エリアの依頼が南エリアまで回ってくることが多いのは、おそらくポポのせいだろう。森の安全を確保するため、ポポは野党の一掃を試みているに違いない。しかし野党はあまりに多い。北エリアだけでは対処しきれず、南エリアまで依頼が流れる。
――しかし、一か月に三回も野党や強盗団が住み着くこの場所は、いかがなものか。
何の因果か、ここ一か月間で三回もこの森へ来ることになろうとは。ミカは小さく息をついた。妙な縁があるものだ。
相変わらず湿気が多くて薄暗く、肌寒い。ミカはTシャツから出た二の腕を撫でた。ミカの腕に鳥肌が立っている。
「お前、勇者か」
「え?」
唐突に問いかけられ、ミカは思わず足を止めた。ノア=トリエンナーレの代理人と称した少年が、ミカの経歴表を見ている。
「まぁね。英雄史に名が残るような、功績ある勇者じゃないけど」
ミカの経歴表をまじまじと見つめる少年に、ミカは肩をすくめた。そもそも勇者という職は子供に人気がある。代々英雄史――歴代の英雄達の名前と功績が記された書物である――に名を残す人間は、勇者である確率が非常に高いためだ。実態はともかく、勇者のイメージは総じて悪くない。
「あんたは将来何になりたいの?」
ミカの問いに、少年は目を見開いた。灰色の目が数回瞬く。少年の口は僅かに開いたまま、言葉が出てこない。そんなに驚くような質問をしただろうか。ミカは首を傾げた。少年には定職などまだないだろうから、軽く問いかけたつもりだったのに。
「何になりたい、と考えたことはあるのか」
「あたし? いや、どうだったかな。まぁ、職業は能力である程度決まっちゃうし。あまり深く考えたことはないけど」
「――職業選択の自由はないからな、この国に」
少年は目を細めると、眉を潜めた。苦々しいという表現がぴたりと当てはまる表情だ。
ミカは数回、目を瞬かせた。十歳くらいの少年にしては随分と大人びた言葉だ。いや、そもそも口調や態度だって年不相応だ。
――まぁ、この少年のことはどうでもいい。
大事なのは報酬。目的は一攫千金だ。ミカは背後を振り返った。目的地が木の合間から見えている。
「あれが、その廃工場」
ミカは小声で呟くと、目線だけで促す。ノア=トリエンナーレの代理人と称した少年は、ミカの言葉に無言で頷いた。
二人で、広葉樹の影から木の向こうにある廃工場を覗く。ミカが三週間前にも訪れた廃工場だった。壁が崩れ、ところどころで中の鉄筋がのぞいている。この廃工場を目にするのは三回目だ。
この廃工場は元々織物を染色するための工場だった。こんな森の中に作られた理由は、この近くにあるアクア湖にある。美しい水をたたえたアクア湖。上等な染物を作るための、上質の水がここにあったのだ。ポポは染物で有名な町だった。
しかし増産すればするほど当然水は汚染が進む。汚染を浄化する技術のない北エリアに、汚染を止める術はない。
今では、アクア湖は美しいとかけ離れた、汚染された湖と化してしまった。湖が汚れれば上質な染物はできない。だから、工場は潰れたのだ。
同じことの繰り返しだとミカは思う。今はエタ製品で産業を立て直したと胸を張るが、製品を作るために、ポポは森を伐採しているという。それも、相当なスピードで。資源はもってあと十年だろう。
「で、ノア=トリエンナーレはいつ来るの?」
「さあ」
さあって、どういうことだ、おい。
ミカは怒鳴りだしそうになるのを押さえ、少年を睨んだ。怒鳴らなかったのは、強盗団に勘付かれるといけないからだ。相手が子供だという配慮など、残念ながらミカにはない。
「先に乗り込まないのか? ノア=トリエンナーレが来なければ、四十万の報酬は全て自分のものになるだろう」
「冗談言わないでよ。四十万の依頼なんて、一人で対応できるわけないじゃない」
それどころか相手一人に全て任せる気でいるのに、という本音はさすがのミカも言えなかった。変わりに「四十万はさすがの私でも無理なの」と呟く。ただの見栄だ。
少年は瞬きもせずミカを見ていたが、やがて「そうか」と小さく呟いた。
「こっちに関しては白か」
「白?」
ミカはますます眉を寄せた。なんのことかさっぱりわからない。しかし彼はそんなミカを気にも止めず、廃工場に向かって歩き出した。
「え、ダメだってば! なにやってんの」
思わず制止の声をあげたが、少年は足を止めない。しっかりとした足取りで、それも早足に向かっていく。ミカは舌打ちをすると少年を追いかけた。四十万の依頼だと言っているのに。強盗団に見つかれば、少年の命はまずない。
「あんた、死にたいの?」
周りの様子を伺いながら、ミカは少年を追う。すると唐突に少年は足を止めた。ぶつかりそうになり、「わっ」とミカは短く声を上げる。
ミカの声を聞いて、少年は状況に気が付いた――というわけではなさそうだった。少年の足下でなにかが光ったのだ。よくよく注目してみると、それは細い糸だった。
「罠か。よく気が付いたね」
そう言うと同時に、少年が糸にひっかかっていた場合を思い、ミカの背筋を悪寒が走った。少年を追ったミカ自身の命も危ういところである。
「ほら、行くよ」
ミカが言う。少年の腕を引いたが、少年は動かない。じっと糸を見つめたままだ。
「ねぇ」
ミカが再度声をかけた、その時だ。少年は右足を蹴りあげた。目の前のボールを蹴るように。
無音で切れる糸。同時に、シンバルを思いきり叩いたような音。耳をつんざくような衝撃音。反射的にミカは耳を塞いだ。
木の葉が揺れる。草が擦れる。無数の足音。廃工場のドアが空き、怒濤のように溢れて出てくる男達。彼らの手に握られた刃物がきらりと光った。
音が消える頃には、ミカと少年はすっかり彼らに取り囲まれていた。
廃工場から出てきたのは四十名ほど。逃げるのも至難の技だろう。のっけから四面楚歌。絶体絶命とはこのことだ。
「少年、なにしてくれてんのよ!」
責めたってどうにもならない。けれど責めずにはいられない、この状況。
ミカは少年の腕を強く引いた。そして少年を睨む。しかし少年は相変わらず淡々と周りを見回している。
「背後を見ろ。どちらにしろ、森に入った時点でオレ達の存在は筒抜けだ」
少年の言葉に促され、ミカは自分の背後を見た。確かに背後の森にも仲間の男が、五名ほど立っている。森で待ち伏せをされていたのだ。一体どこで情報が漏れていたのか――
「待ってたぜ、上出イコ。いや、本名は小出ミカか」
名前を呼ばれ、びくりとミカは体を振るわせた。廃工場から出てきた男達の中で、おそらくリーダーなのだろう、腕に赤のバンダナを巻いた男が、いやらしい笑みを浮かべている。なぜ、奴らは名前を知っているのだ。それも本名と偽名を両方とも。
「ここに来るのは三回目だろう」
男の言葉にミカは瞠目した。