8 朝焼けの空
あれから、一年がたった。
あの日以降、俺は彼女の家で家事全般などを任せられている。
実質、自宅警備隊になってしまったわけだが、それでいいと思っている。
何かを助けようとして、何かを失うのなら、それでいい。それがいいのだ。
「いーまかえったぞぉおおおおお」
モネは冒険者として超優秀な部類に入るエリートらしい。
その美貌に似合わぬ剣技で冒険者として最上位のSクラスの地位を得ている。
「お帰り・・・・・、っておい、凄い顔だな」
真っ赤になったモネは、恐らく物凄い大量の酒をカッ喰らってきたに違いない。
それなのに右手のウイスキーのボトルはなんだよ。
「ったく、るせぇなぁ!!お前は俺が雇った家政婦なんだから、文句言うなっての」
「それは・・・そうだけど」
「だろ・・・・・オロロロロロロロロ」
「・・・・・・時給上げてくれ」
「たすけ・・・・・オロロロロロロロロロ」
早朝から、俺の仕事は始まる。
彼女の仕事の整理、つまり、秘書のような役割も担っているからだ。
「エイトさん!モネさんの報酬の受け取りと、クエストですね!」
「ああ、次のクエストは・・・・、これはまた、偉くキツイクエストばかりだな」
「えへへへ、もう、この町にはSランクの方は一人しかいないものですのでね・・・・・」
「仕方ない・・・・か。では、これを受注させてもらう」
「レッドドラゴン1頭の討伐ですね。緊急を要するクエストのために飛竜への騎乗が可能が条件となっておりますが、モネ様は・・・・」
「俺が騎乗訓練を受けている。問題ない」
「エイトさんが・・・?!凄いじゃないですか!冒険者として上位クラスの方でも苦手とする方も少なくないのに」
「これくらい大したことじゃない。どうせ、貰い物の力だ」
「そうだぜ、このくそ野郎が」
突然、後方から冒険者たちが話しかけてきた。
「モネさんに助けられたことをいいことに寄生するなんて、男の風上にも置けねぇくそ野郎だな。寄生虫が」
「そんな言い方・・・・」
「いい、かばうな。彼らの言い分は間違ってない。何の努力もせずにSクラスの冒険者のおつきになれるなんて、おかしいよな」
「でも、エイトさん、冒険者資格も得てないから報酬も貰ってないし」
「邪魔したな。またよろしく頼む」
「け!すかしやがって」
冒険者たちの怒りの声が聞こえた。
飛竜訓練場は、飛竜たちを訓練し、冒険者が操れるようにする施設だ。
この町には飛竜訓練場はないので、この町から馬で2時間ほどのところにある場所まで行かなければならない。
「モネ!馬借りるぞ!」
「痛・・・・・、叫ぶな、割れる」
頭を抱えながら寝るモネ。
「はぁ、だから言ってんのに。まぁいいや、夕方には戻るからな」
モネの木製のコテージのような家を出て、庭の厩から大きな馬を出す。
「今日もよろしくな」
嘶く馬に乗って訓練場に向かった。
「久しぶりです。モネさんの飛竜を契約しに来ました」
「おう、坊主。また3週間でいいんだな」
「はい。悪いんですけど、またナイトドラゴンでもいいですか?」
「ったく、わかってると思うが、希少種だから一応おいてるが、ありゃお前さんしか騎乗できねぇよ。最初に訓練にきたときゃ、驚いたもんだぜ」
モネはもともと馬やドラゴンへの騎乗が苦手だったため、馬を持たず、クエストに行く際に毎回運び屋と呼ばれる馬車や、飛竜が必要なクエストでは訓練場の騎手を雇っていたために莫大な金を使い、また道具なども気ままに工房に出していた。
そのため、クエストの報酬のほとんどを次のクエストにつぎ込むという訳の分からないことになっていた。
だから、すぐにそれをやめさせようと馬の訓練を俺が受けようとしたのだが、魔王として作られたこの体か、あるいは封印している悪魔たちのせいか、ほとんどの動物が俺を嫌うのだ。
仕方なく、ほかの面で何とか節約させつつ、もったいないなぁと嘆いていた時だった。
その日、飛竜の騎手と契約しに訓練場に行くと、いつも通りほとんどのドラゴンが目を合わせず、おびえていたにも関わらず、一体のドラゴンがこちらをじっと見つめてきたのだ。
もしかすると・・・・・と、そのドラゴンを使って訓練を受けさせてくれと頼みこみ、だめもとでドラゴンに騎乗してみると、なんと、そのドラゴンは暴れず、それどころかこちらの思う通りに動いてくれた。
それがこのナイトドラゴンだったということだ。
どうやら、魔の属性を宿すドラゴンだったらしく、魔属性の生き物にならなつかれるということが分かった俺はひそかに下位のモンスターであるナイトホースを捕まえ、全身に馬鎧をつけさせることで、ばれないように町に連れ込んだのだった。
ナイトドラゴンのレンタル契約をすまし再び家への街道を進んでいるときだった。
「・・・・何の用だ」
数人の冒険者が俺を囲んでいた。
「寄生虫め。二度と生意気な態度が取れないようにしてやるよ」
「はぁ、いいのか?犯罪だぞ」
「こんなところでだれが見ていると?」
たしかに、この時間帯はモンスターが出ることもあるため、街道には殆ど人の気配はない。
「命乞いでもしてみろよ」
「それとも、モネを呼ぶか?」
冒険者たちが獲物を構える。
「仕方ない・・か」
俺は馬を森に向かって走らせた。
「逃げる気かよ!!!!!」
「馬鹿が!!そんなところに丸腰で入ったらすぐ死ぬぜ!!」
「戻っても殺してやるけどな!!はははは」
冒険者たちの声を受けながら俺は森に馬を走らせた。
「やっと着いた」
家に着いたのは明け方になってからだった。
「エイト!!!」
モネに駆け寄る。
「お前、ボロボロじゃねぇか。何があった?」
「別に、大したことはない。気にするな」
「なんだ、その言い方は。誰か、冒険者がやったのか?」
モネが剣をつかむ。
「やめろ、折角得た信頼だろ?」
モネが町に来たのは1年半ほど前らしい。凄いスピードで成り上がっていった彼女だが、最初の方はやっかみなどからの嫌がらせが多く、非常に苦労したという。
「そんなものは・・・・・・」
「大事・・・・なんだろう?なら、俺のためなんかに捨てるな」
「・・・俺はお前に感謝してもしきれないんだ。この町に来て、冒険者になって、ある目的のために金が必要で冒険者を始めたのはいいものの、馬鹿だから金はたまらないし、詐欺にはあうし、預けてた金もなんでかなくなるし、お前を助けたつもりが、逆に助けられたんだ。ありがとう」
「・・・・・、いや、俺は感謝を受け取るに足らない存在だ。やめてくれ」
「どういうことだ?」
「俺は、お前に隠していることがある。だから」
「それは、俺も同じだ。みんな一つくらい、隠し事があるものだ」
「・・・そうかもな。だけど、許されない罪を犯した俺は、やっぱりお前とは違うんだよ」
次の日の朝、モネを後ろの馬車に乗せ、訓練所に向かう。
「そういや、この馬凄いよな。鎧をきた俺とエイトをこの速さで引っ張るなんて、いい馬だぜ。しかも、安かったんだろ?」
「ま、まぁな」
訓練所では既にナイトドラゴンが鞍をつけた状態でスタンバイしていた。
「じゃ、これが前金だ」
「おう、がんばれよ」
「うん、モネ!」
「ああ」
俺とモネはナイトメアドラゴンに飛び乗った。
ナイトドラゴンは二人を乗せても少し余裕があるほどに大きい。
「今回もよろしく!いくぜ」
ひとたび鳴き声を上げると、その漆黒の翼を羽ばたかせてドラゴンがその巨体を浮き上がらせる。
「うっひょーーーーー、なんかい乗ってもいいな!!」
「あんまり暴れないでくれよ、モネ」
その巨体は朝焼けの空を突き刺すように空を駆けるのだった。