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縛られた世界 3/3

 元『主人』のクソ野郎のおもちゃになる前の事だ。

 私はどっかの山の中に住む、あるじいさんの元に身を寄せていた。

 彼はかつて最強の狙撃手として、裏社会では有名な存在だったらしい。

 だけど、年を取って体力の衰えを実感するようになっていた彼は、自分の持っている技を受け継いでくれる人間を探していた。

 そんな中で、どこまでも狙撃向きな『体質』の私の事を知って、じいさんは貯めていた金の半分をつぎ込んで私を買った。

 私が自分で食い扶持(ぶち)を稼げるようにと、彼は銃器諸々の扱いをたたき込んでくれた。

 ……訓練の時は、毎度容赦なくゴム弾を喰らわせてきたけど。

 私が今まで生きてきた中で、じいさんと過ごした日々が一番幸せだった。

 だけどそんな日々は、突然、粉々に壊わされてしまった。

 ――私を手に入れようとやってきた、アレのせいで。

 朝飯に使う野菜を採りに来た私は、茂みの中から飛び出てきたアレの兵隊に、不意を突かれて捕まえられてしまう。

 猿ぐつわを噛まして腕を縛ると、そいつらは私をそのまま拉致しようとした。

 そのとき、異常に感づいたじいさんが駆けつけて、その連中をあっという間に全員片付けた。

 だけど隠れていた別働隊が、私の拘束を解いていたじいさんを撃ち殺し、また私を取り押さえた。

 泣きわめいている私は目の前にやってきたアレに、髪をつかんで顔を無理矢理上げさせられた。

「いいねえその顔、すごくそそるなあ!」

 私を見下ろしてそう言ったヤツが見せた、あの気持ちの悪い満面の笑みは一生忘れられない。


 元『主人』の死に顔は情けなく歪んでいて、涙と鼻水で汚くなっていた。

 ざまあみろ、この外道。

「……おい『情報屋』、得物を返せ」

「ほい」

 『情報屋』に視線を移して私がそう言うと、愛用している9ミリ口径の拳銃を返してきた。

 私が何をしようとしているのか、『情報屋』は察しているらしく、銃口の先にサイレンサーがついていた。

 安全装置を外した私は、あらん限りの罵詈雑言を吐きながら、ヤツの顔と股間に何十発も弾を撃ち込みまくった。

 どれだけこのときを待ったことか。

「……あはっ、あはははは! あはははは!」

 グチャグチャになった顔を見ていたら、おかしな笑いが込み上げてきて止まらなくなった。

「なんだなんだ」

 その様子を(のぞ)き見ているのか、右後ろの方から大森の声が聞こえた。

「あはははは! 好き放題出来て楽しかっただろう? このクソ『ご主人様』さんよぉ! よくもじいさんぶっ殺してくれたなこのハゲェ!」

 私は全力で、ヤツの頭を何度も、何度も何度も蹴ったり踏みつけたりした。その間も笑いが止まらなかった。

「あはっ……、あはは……。はぁ……」

 散々蹴ったあと、疲れ果てた私はアレから少し離れて、ぐったりと床にぶっ倒れた。

「ヒエー……」

「おお、怖」

 地獄のような光景を見てきたであろう男二人でも、さすがに肝が冷えている様だった。

「……?」

 大森に目をふさがれていた杉崎だけは、多分唯一、状況を把握せずに済んでいた。


「……」

 私は床に大の字で寝っ転がったまま、ぼけっとコンクリートむき出しの天井を眺めていた。すぐ傍にブルーシートがかけられた死体が転がっている。

「さてと、これどうする? 俺たちで掃除するには、ちょっと手間だぞ」

 私がこれでもかと死体蹴りしたせいで、血やらなんやらが辺りに飛び散っていた

「だよなあ……。仕方ねえ、もったいねえけど『掃除屋』を頼むか」

 『情報屋』は大森の問いかけにそう答えてから、なんでたまに掃除するとこうなるんだー、と嘆き、深い深いため息を吐いた。

 そりゃ悪いことをした。反省はしていない。

「……おい、なんだよその『掃除屋』ってのは?」

 会話の中に出てきた聞き覚えが無いそれが気になり、私は『情報屋』にそう訊ねた。

 『情報屋』が言うには、金さえ出せば完全に殺人の証拠隠(いん)(めつ)をしてくれる連中だそうだ。

 大体の殺し屋をやってる連中は、自分で片づけるのが面倒なとき、その業者に頼んでいるらしい。

「へえ、そんな業者あったのか……」

「えっ、お前さん知らねえの?」

 『情報屋』とその隣の大森は、私が、初耳だ、と答えると目を丸くしていた。 

「それはそうと大森、さっきからその子の顔、やたら赤いぞ?」

 私はそう指摘して、大森の腕に抱かれている杉崎を指さした。ついさっきまで目をふさがれていた彼女は、なんでか若干にやけた顔で気絶していた。

「だ、大丈夫なのか? なんかの病気なのか?」

 その様子を見て焦りまくっている大森に、『情報屋』がニヤニヤを押し殺して、寝たら治るから寝かせとけ、と言った。

 大森は指示通り、囲いの中に置いてあるソファーに寝かせに行った。

 ……私には二人の関係性が、ますます分からなくなった。


 『情報屋』が電話の相手に文句言いつつ『掃除屋』を手配すると、しばらくして作業服の男達がやってきて死体の清掃を始めた。


                  *


 『掃除屋』とあの妙な二人が帰って、店の中にいるのは私と『情報屋』だけになった。

「そんで芙蓉さんよ」

 カウンターの椅子に座って私が水を飲んでいると、パソコンを睨んでいる『情報屋』がそう話しかけてきた。床は何事も無かったかように綺麗になっていた。

「なんだ」

「あんた、ウチで働かないか?」

 もう一人ぐらい人手が欲しいと思ってたんだ、と言って、『情報屋』はA4位のサイズの書類を私の目の前に置いた。

「性欲処理なら――」

「なわけねえだろ。ウチの兵隊兼店員だよ」

 私が言い切る前に、『情報屋』は遮ってそう言った。今までの事があるから一応訊いたけど、心配は要らなかったらしい。

「私、銃ぶっ放す以外は能が無いけどいいのか?」

「おう」

 間髪を入れずに肯定して、むしろそれ以外求めてねえから、と、すっぱり言われてしまった。

 いやまあ、それはありがたいんだけど……。そう言われるとなんか腹立つな……。

 とりあえずそんな小さな事は置いといて、

「じゃあ、よろしく頼む」

 私はそう言うと、『情報屋』から差し出された手をつかんだ。

「ほんじゃ、さっさと契約書を書いてくれ」

 パソコン横のペン立てに刺さってたボールペンを渡して、『情報屋』はそう催促してきた。

 一応、返事はしたけど、私は記名欄にペン先を向けたまま固まっていた。

「……なあ『情報屋』」

 それはなぜかというと、

「あ?」

「私の名前って、どう書けばいいんだ?」

 恥ずかしい事に私は、名前どころか(ほとん)ど漢字が書けないし読めないのだ。

「……マジで?」

「マジで」

 おいおい冗談だろ……、と言って、がっくりうなだれて『情報屋』は額を抑えた。

「まさか社員教育がそこからだとは……」

 彼はぼやきつつも、ちゃんと文章を読み上げてくれたし、代筆もしてくれた。

 ……よし、漢字ドリルでも買おう。


                  *


 こうして私は、変態共のおもちゃから解放されたわけだけど、

「勘弁してくれよ……」

 口座を作りに来た私は、客と行員と一緒に手足を縛り上げられて、銀行強盗の人質になっていた。

 どうやら私は、こういう星の下に生まれてしまったらしい。

 ちなみにこのあと、『情報屋』がいろいろ手を回してくれたおかげで、犯人が立てこもってから3時間ぐらいで事件は解決した。

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