晦まし峠 1/3
とあるペンションでの仕事を終えた私は、帰りがてらこの間選ばなかった方の峠を走っていた。
その頂上辺りにある駐車場で、一息入れようと自販機で飲み物を買おうとしたところで、薬か何かを嗅がされたのか急に眠気が襲ってきて私は意識を失った。
どっちにしろかよ……。
「――ン……」
気絶から目を覚ました私の視界は暗闇で、このかび臭い空間がどこかは分からないが、少なくともいつもの様に拘束されていた。
やれやれ、またなんかに巻き込まれたな……。
ターゲットは放火魔で、宗司の調査で仲間はいない単独犯だと分かっているから、多分また勘違いでもされてこうなってるんだろう。
まあ致死性じゃなかったのとヤられてないだけマシか……。
スチールの棚かなにかにバンザイの格好で拘束はされているが、どうも手首の感覚から考えて結束バンドなのは幸いだ。コイツは強い力を掛ければ簡単に外れる。
手首以外は何も無かったので、私はあっさりとそれを外して手を自由にする。
胸辺りのヤツは……、ガムテープかこれ。
胴体を拘束している道具は単なる布ガムテープで、手首に仕込んであるカード型のナイフで棚に巻き付いているテープを切る。で、触った感じ足首も結束バンドでそれもナイフを使って切った。
口とアーマーに張り付いているテープを剥がした私は、背中のパックから銃と懐中電灯を取りだした。
点灯して天井に向けてみると、私が監禁されている部屋は大分古くさいモルタル造りの小部屋で、どうも元は何か書類でも入れておく倉庫だったらしい。
床に落ちている紙は、アルファベットの親戚みたいな字が書いてあって意味がよく分からなかった。
しかしまあ、見張りもいなけりゃ拘束もあんなトーシロ細工の連中に捕まるとか、基本誰かとセットじゃねえと仕事出来ねえのか私は……。
スポッターは要らないんだが、まあその名目で文でも付けて貰うとしよう。
後のことは置いといて、さっさとここからずらかる事を考えねえとな。
多分手口を考えると相手はほぼ素人だろうし、油断しなけりゃ2度目はねえだろ、と考えた私は、誰かが様子を見に来るまで息を潜めて扉の裏で待っている事にした。
すると遠くから、誰かがごにょごにょ話す声が聞こえてきた。声の高さ的に女かガキのどっちかだろう。
扉の近くまで来たがそこでどうも揉めているようで、なかなか入ってこようとしなかった。
早く入ってこいよ……。
散々澱んだ空気を吸わされて、イライラして来たところでやっと中に入ってきた。
「あっ!」
「いない……」
「なんで……?」
そいつらはどうも中学校上りたてぐらいのガキで、特に確認もせずに全員が部屋の中に入ってきた。
「おいこらガキ共。こんなとこに連れ込む前にまず相手の確認をしろバカ」
私は銃と懐中電灯を構えて、間の抜けたガキ共大中小の3人へ半ギレでそう言った。
「――ッ」
「動くなよ。流石にお前が掴みかかるより撃った方が早えぞ」
一番デカいヤツが振り返ろうとしたが、そう言って制してからゆっくりこっちを向く様に言う。
大は女で頭1つずつ小さい中小が男という組み合わせで、全員が似たような灰色一色の囚人服みたいなのを着ていた。
大中の方が泣きそうな顔をしていて、小の方が私を睨み付けてくるとは予想外だった。
「言っとくが、私に正当防衛以外でお前らを殺す理由なんかねえからな?」
「えっ」
「バカっ! あっさり信じるな!」
お? 思いのほか分かってんじゃねえか。
「『上の畑』のヤツだったらどうすんだ!」
「『上の畑』? テメエら人造『体質』持ちか?」
いくら拉致られたっていっても、殺意もねえガキを殺すのはな、とか思っていたら意外な名前が小さい方のガキから出てきた。
「なんで知ってるんだっ」
「知ってるも何も、裏の人間には結構有名な連中だぜ? 当然悪い意味でな」
どうも本当にそうだったのと奥の手だったらしく、小さい方も明らかに動揺した様に見えた。
『上の畑』は確か、遺伝子操作で人工的に『体質』持ちを生み出す裏組織で、いつだったか『先駈』と組んで潰したところと同業だ。
「あんなのの仲間扱いとか勘弁願うぜ?」
「信じて良いんですか……?」
「まあ、信じねえならしゃあなしだ。テメーらまとめてあの世送りにするしかねえな」
「……!」
「へいへい、お前ら誰か睡眠ガスでも吐けるヤツいんだろ? この位置なら寝る前に全員頭ぶち抜けるからやめとけよ」
「は、ハッタリだッ」
「じゃあ試してみっか? いつでも良いんだぜこちとら」
声を低くして思い切り威圧してみると、全員が面白い様に萎縮して完全に抵抗の意思が無くなっているように見えた。まあハッタリなのは半分正解だが。
しかし、妙だな……。
大概その手の組織の連中は、個性も感情も全く無い戦闘マシーンにするもんだが、コイツらには全部備わってるときたもんだ。
騙すために演技が出来るのかと思ったが、まあ、スイッチが入ったら私なんざいつでも瞬殺されるし、警戒したところで死因が変わるだけだから気にしても仕方ねえ。
「ま、そっちが何もしねえならこっちも何もしねえ。とりあえず事情だけでも聞かせろ」
場合によっちゃ手助けでもしてやんよ、と言うと、ガキ共は顔を見合わせて意思の確認を取りはじめる。




