表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

縛られた世界 2/3

 多分、いくらか時間が経って意識が戻った私は、まず薄目を開けて自分の置かれた状況を確認した。

 私は背もたれが頭の辺りまである、木の椅子に座らされていた。腕は背もたれの後ろに回されて縄で縛られていた。縄と手首の間に布が噛ませてあるらしく、縄が肌に食い込んできてはいない。

 服もそのままだし、口に何も噛ませてない所を考えると、私を捕まえたヤツは割と良心的らしい。眼帯は外されていたけど眼鏡がかけられていたおかげで、吐き気には襲われずにすんだ。

 裏側の手首に仕込んであったナイフを探ったけど、すでに取りあげられていた。

 逃げられないと察した私はひとまず、うつむいた頭を上げずに周囲の様子を覗ってみる。

 少し離れた所にバーカウンターが見えて、その後ろの壁に紙切れが貼り付けてあるホワイトボードがあった。どうやら、ここは少なくともバーでは無いらしい。

 カウンターの内側に、私を気絶させたワイシャツを着ている痩せた男がいた。

 そいつは奥にある機械でコーヒーを淹れていて、その手前の椅子に二人の人間が座っていた。

「ほれ出来たぞ」

 マシンが止まるとワイシャツは、カップを私から見て右側に座る、ジャージ姿の細身な若い男の前に置いた。

 その右隣には、グレーのパーカーを着た、細くて背のちっさい女の子が座っていた

 うっすら同業者っぽい雰囲気をもつジャージとは違って、そのちっさい女の子からは全くそんな感じはしない。

 時計を見ると、時刻は午前8時過ぎを指していた。どうやら私は、9時間も呑気に寝てたらしい。それはここ数年で最長の睡眠時間だった。

 何とか、ここはどこなのかを知ろうと、視線をあちこちに向けていると、

「お、コナか」

 コーヒーを一口飲んだジャージ男が、ワイシャツの男を見つつ感嘆の声を上げた。

「おう、良いのが手に入ってな。……ってお前よく分かったな?」

「ここのは、酸味とコクが他と段違いだからな」

 ワイシャツの方にジャージの方が、そう自慢げに言った直後、不意に振り返って私の方を見た。

 特技の縄抜けをしようと、手を微かに動かしていた私はかなりヒヤリとした。

 だけど、そのまま視線を前に戻したので、運良く気付かれなかったと思ったが、

「そこの厨二病っぽい人、缶コーヒーでも飲むか?」

 そんなに甘くは無いようで、ジャージの方が私にそう言って、缶コーヒーを放り投げてきた。

 それを見て頭を上げた私は、ほぼ解けていた縄から手を引っこ抜いて、放物線を描いて飛んできた缶を受け取った。

「投げるんじゃねえよ! 危ねえだろこの野郎!」

「悪かった」

 ジャージ男の暴挙に私がぶち切れると、そいつは表情を変えずに頭だけ下げた。

 謝る気ねえだろテメエ。

 ちなみに、縄抜けの技が身についたのは、認めたくないけどもアレの趣味のおかげだ。ヤツ曰く、「必死に逃れようとする様が良い」そうな。

 そのせいで私の手首には、大分酷い傷痕が残っている。

「ところで気分はどうだ、芙蓉帆花さんよ」

 営業スマイルを貼り付けたワイシャツの方が、こっちに来てそう訊いてきた。

 なんで私のフルネーム知ってんだ。  

 そんなうさんくさいワイシャツの方を(にら)みつけた私は、

「うっせえ! 最悪に決まってんだろバーカ!」

 そう言ってから、投げつけられた無糖と書いてある缶を開けた。

 目の高さを合わせてきていたそいつの顔に、私はコーヒーを口に含んで毒霧よろしく吹きかけた。

 うわ、苦っ。ブラックかよ。

「ぐわああああ! 目がああああ!」

 ワイシャツの方はどっかの悪役っぽく叫んで、目を押さえながら勢いよくのけぞった。

 大方、持ってきたそれには、自白剤でも入れてあったんだろう。

 こちとら慣れてんだよ、ざまあみろ。

「くっそ、なんで俺ばっかり……」

 顔をこすったワイシャツの方は、コーヒーが染みこんだ服を見てため息を吐いた。


「で、私をどうするつもりだ、そこの変態」

 ティーシャツに着替えてきた若い男を指さして、椅子にどかっと座ってそう言い放つ。 私の手は安全のためにと、両方とも椅子の脚に手錠で繋がれている。

「初対面で変態呼ばわりされるとは……」

 ヤツは大袈裟に肩を落とす仕草をして、ため息を吐いた。

「ネットでセーラー服を買い集めるような男だからな」

 ジャージ男は間違っては無い、と付け加えて、からかうように人の悪い笑みを浮かべた。

「あれって新品じゃないのね」

 女の子はからかってとかじゃなく、普通にドン引いていた。

「やめろー! 誤解されるだろうがー!」

 ティーシャツの方は、何でいつもこんな扱いなんだー、と半泣きで嘆いた。

「何か慰めるとかしろよ……」

 だけど、放置プレイを食らったヤツは、深いため息を吐いてから咳払いをした。

 そのあと、おのおのが自己紹介をしてから、やっと私の質問に答え始めた。

「君自身をどうこうするつもりは無いんだ」

 『情報屋』と名乗ったティーシャツは、カウンターの内側に座ってそう言ってきた。

 手足を拘束しといて何言ってやがる。

「事の発端は、オークションサイトの管理人が、『同じ人物から毎日使用済み下着が出品されて、犯罪臭がするから調べてくれ』と言ってきた事でな」

 あの野郎ふざけんな! だからいつまで経っても下着がきれいなままだったのか!

 私はそうとう怖い顔をしていたのだろう、杉崎鈴と名乗った少女は、怯えた表情でビクッと動いた。

 ……その反応は、私でもちょっと傷つく。

「なんで売れるんだそんなもん」

「そういう趣味のヤツがいるんだよ」

「ふーん」

 不愉快そうな顔をして、大森享一と名乗ったジャージはコーヒーを(すす)った。

 説明されないと分からないのか……。まあ普通の感覚じゃ分からないか。

「その反応を見ると、よほどさんざんな目にあったらしいな」

「普通の女なら廃人になるレベルでな」

 あー、思い出したら頭痛くなってきた。また白髪が増えるわ。

「……」

 私の言葉を聞いた大森は、呆れた顔をしてカップをあおった。

「それ出品してたのが君のボスだと分かって、ついでに周辺を洗ってみたんだよ。そしたらそいつがウチの殺し屋二人に、目を付けたっていうのが分かってな」

 聞くところによると、私が狙撃しようとした女の殺し屋は、そいつの妹を釣る為のエサにするつもりだったようだ。道理で殺すなとか注文付けてきた訳だ。

「で、腹が立ったから、そいつお気に入りの君を捕まえて、おびき出そうと考えた訳だ」

 『情報屋』は、壊れた盗聴器をつまんで見せてきた。

あの野郎どこに盗聴器仕込んでやがった……。

「やってること一緒じゃねえか」

「たりめーよ。意趣返しだ、意趣返し」

 相当腹に据えかねたのか『情報屋』から、静かな怒りがにじんでいた。

「おっと、おいでなすった」

 『情報屋』はリモコンを操作すると、酒瓶が置いてある棚の上に置かれたTVの画面に、裏口付近から入ってくるアレが映し出された。

「うわ、いかにもアレだな」

 ソレを見た大森は呆れた様にそう言って立ち上がり、隣にいる杉崎の目を塞いだ。

「……っ!?」

 その瞬間、彼女は慌てふためいて、顔を真っ赤にしていた。でも、別に嫌がってるような様子は無い。むしろ嬉しそうでもあった。

 ……こいつも私と同じ口か?

「ほんじゃ大森、その辺にでも鈴ちゃんとそいつ隠しとけ」

 テレビを消した『情報屋』が、部屋の右手前の囲いを指してそう命令する。

 大森は、了解、と答えると、杉崎の手を優しく引いて応接スペースに入れた。

 でも私は荷物みたいに運ばれて、杉崎から離れた位置に雑な感じで置かれた。

 長い方のソファーに座った大森は、傍らの杉崎の頭を撫でる。

「大丈夫だ」

 と心配そうな顔をしている彼女に言ってから、大森は仕切りの外に出て行った。

 杉崎はその場から動こうとはしないけど、落ち着かない様子で膝の上で指を祈る様に組んでいた。

 その様子をしばらく見ていた私は、退屈しのぎに話しかけてみることにした。

「なあ、ちょっと良いか」

「ひ、ひゃい!」

 杉崎はビクッとして、緊張した様子でこちらを見た。さっき大森達と話していたときの落ち着いた印象は、怯える小動物を思わせるものに変わっていた。

 私、そんなに怖いのか……?

「お前、あの男のイロか何かなのか?」

「……?」

 意味を知らなかった様なので、情婦って意味だ、と教えてやると、

「ち、違、う……!」

 彼女は瞬時に顔を真っ赤にして、身振り手振りも交えて必死に否定した。

 てことは、この子も同業者なのか……。見かけによらないもんだな。

「き、享一、とっ、私は、そ、ん――」

 発言の途中で下品なノックが鳴り響き、杉崎は慌てて自分の口を両手で塞いだ。

「やあ初めまして天谷さん。いきなりだが、私の帆花くんを返して貰おうか」

 アレがやかましくドアを開けて、言い放った第一声がこれだ。

 はぁ? 誰がお前のだって? あと名前で呼ぶな。気持ち悪い。

「断る。というかお前のもんじゃねえだろ」

 『情報屋』が私を代弁する様に即答すると、アレはカチンと来たのか声を荒げて、

「ならば力ずくだ。おい、入ってこい!」

 と、外にいるらしい誰かに声をかけた。

 ドアが開く音がして、ドンパチが始まるかと思ったけど、誰も入ってくる気配が無い。

「おい! 何しているんだ! って、うわああああ!」

 何か重い物がいくつか倒れる音がして、それを見たらしいアレが悲鳴を上げた。

 後で確認聞いた話だと、自分の存在感を操れる『体質』を持つ、大森が全員仕留めたそうだ。

「おい、テメエ。よくも俺のお(・)()に(・)()り(・)に手を出そうとしやがったな」

 『情報屋』の口調は静かだけど、かなり低いので相当怒っているのを感じる。

「わ、悪かった、金は出すから命だけは助けてくれ。帆花くんも付けるぞ! アレはいい身体して――、いたっ!」

 どうやらアレは不意打ちをしようとして阻止されたらしく、拳銃が勢いよく床に落ちる音がした。

 金だけじゃなく、私まで売って命乞いするとか無いわー。というかプロに素人の不意打ちが通用するわけないだろ。

「ふざけるのも大概にしやがれ。このクズが」

 『情報屋』は吐き捨てる様にそう言って、

「大森くん、サクッと殺っちまってどうぞ」

 至極どうでも良さそうに、軽い調子で大森にそう命令した。

「あいよ」

 いよいよ殺されると分かったらしいアレは、白々しくこう叫んだ。

「帆花くん! 私を助けろー!」

「やだね! 誰が助けるか!」

 囲いの向こうに聞こえるように、私はそう即答した。

 さっき売ったヤツに助けを求めるか普通? 

「ごっ……」

 短くて低い断末魔を上げたっきり、アレは呻き声すらも発しなくなった。

 どうやらあの世に行ったらしい。ざまあみろ。

「哀れなヤツだ」

 その言葉とは反対に大森は、一切同情してなさそうな調子でそう言った。

「おい大森、あいつの手錠外してこい」

 『情報屋』にそう命令された大森が囲いの中に入ってきて、私に付けられた手錠を外した。

 その後、手錠をその辺に放り投げた大森は、自分を見て安心した様子の杉崎の元へと向かった。

 まもなく『情報屋』に呼ばれた私は、それを横目に囲いの外へと出た。すると、目の前に仰向けで元『主人』が転がっていた。

 今まで、散々いたぶられて辱められてきたソレを、睨みつけるように見下ろした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ